偽装と約束
朝、日が昇ってから街が動き出す前に、私は王城を出る。正門ではなく使用人などが使っている出入り口だ。そこから一番近いこの街の出入り口へ向かう。
ちなみに今日は、前回の反省から皮の胸当てと長めのナイフを借りて身につけている。
「この段階では、まだ大丈夫か……」
今通っている道は、王城と貴族街の間にあるかなり広い道だ。そこをまっすぐ進み街の出入り口につくと、私は門を守っている兵士に挨拶をして、身分証を見せる。
すると大きな門の横にあるドアを開けてくれる。最近の朝のお決まりのやり取りだ。
街の外に出たら、そのままいつもの森へと向かう。
「さて、そろそろ来ても良い頃だ……」
気配を探してみると、門から見えづらい林の木の上にあった。
「あれが恐らく……」
恐らくガンボが言っていた、ザールという奴なのだろう。木の上を、音をほとんど出さずについて来ている。察するに斥候役だろうか?
私は一時間ほど歩き、いつもの森を少し逸れ、岩山の麓にたどり着いた。魔法の練習と言ってあるので、森の中よりも視界のある岩山の方がそれっぽく見えるだろう。
私は手頃な岩に向かって、魔法の練習を開始する。
使用する魔法は、水と風属性だけで、それも基礎魔法だけだ。威力は控えめ、たまに的を外すことも忘れない。
そうやって時折休憩を挟みながら一時間ほど……。
確かエルさんに聞いたところ、魔法の練習は一時間以上はしない、とのこと。魔力の枯渇で意識を失うことがあるからだ。というか、過去に一回やっている……。
そんなわけで、その後少し休憩して、私は街に帰ろうとし、すぐに岩陰に身を隠した。
「ストーンオーガ……」
名前の通り、地属性を持つオーガだ。普通のオーガが森に住むのに対し、ストーンオーガは岩山や洞窟に住み、体が岩のように硬い。魔石は地属性だ。そのストーンオーガが3匹、岩山にやってきた。
「なんてこった……」
私は小声でぼやく。監視がいなければ、地属性の、魔石をゲットできるチャンスだったのに……。
仕方なくその場をやり過ごし、私は帰路についた。
そんな生活を5日ほどしたところ、動きがあった。
王城に戻った後は、私の方が大臣たちを監視していたのだが……
「それじゃあ大したことなかったってことですか?」
「ええ、そうなんですよ、ソロン様」
斥候のザールは落ち着いた口調で大臣に話している。
「5日ほど見張ってましたが、使ってたのは水と風の基礎魔法だけでしたね。それも一時間ぐらいです」
「なんだぁ?んじゃ普通の魔法使いとかわんねぇじゃねぇか。ちょっとだけ期待してたんだがなぁ」
ガンボは残念そうだ。まぁ、こっちは期待されても困るのだが……。
「まぁ、命中率は普通に比べて高めでしたけど、動かない的でしたからねぇ」
「そ、そうですか。ではやはり、戦闘系の能力では無いのですかねぇ……。ガンボの話を聞いて、私ももしかしたらと思ってたのですが。」
「まぁ、しょうがねぇんじゃねぇの?どうせ仲間に取り込むことに変わりはないんだろ?」
「ええ、そうですね。せっかく目の前に生きた伝説が居るのですから、諦めるわけにはいかないでしょう」
「変わんねぇな、旦那は。口調は丁寧なんだが、中身がなぁ……」
「貴方ほどではないですよ、ガンボ。フフフ」
なんか嫌な予感がする。旅に出るという話、早めにした方がいいかもしれない。
私は旅の予定を考える為、自分の部屋へと戻った。しかし、まさか、こんなことが起こるとは全く予想できなかった……。
「………………」
「あ、あの、エリーゼ姫?」
「………………」
「あの、エルさん、これは……」
「姫様はここ数日、午後の空いている時間にヨシキ様をずっと探していらしたんですよ?」
目の前には、ふくれっ面のエリーゼ姫と、真顔のエルさんが居る。
「ええと、実は最近魔法の練習をしていまして……」
「聞いてます。でも練習場には居ませんでした」
「それは、この前の森の近くの岩場で練習してたので……」
流石に、大臣達の監視をしていた、とは言えないので、その時間に魔法の練習をしに行っていたことにした。恐らく、よほどのことがない限りバレないだろう。しかし、
「なんでそんなところにいってたんですか?それよりなんで誘ってくれなかったのですか?」
「いや、さすがにエリーゼ姫を街の外に連れ出すわけには……」
と、そこでエリーゼ姫の目に涙が溜まっているのに気がついた。
「もしかして、寂しかったですか?」
…………しばらくして、エリーゼ姫はコクンと頷いた。
「今まで一緒にお話ししたり勉強したりしてたのに、突然見えなくなったから……」
「……ゴメン、エリーゼ姫。悪気があったわけじゃ無いんです。ただ、私は魔法というものが無い世界にいたから、魔法というものが楽しくて、つい」
「でも、まえから使ってましたよね?」
まだ、ふくれっ面で言う。
「ええ。でも教えてもらいながら魔法を使うのでは無く、自分で独学で勉強して、魔法を使うのが楽しかったのです。そのせいでエリーゼ姫に寂しい思いをさせてゴメン」
なんだろう、この感じは。まるで、『父親に置いていかれて拗ねている娘』って言う感じだろうか。
さて、どうしたらこの娘は許してくれるだろうか?
「そうだ、良ければ今度、街へ買い物に行きませんか?この前、レシピの使用料で少しお金が手に入ったので」
「えっ、いいのですか?」
「街の外は無理でも、街の中ならきっと許可をもらえると思うのですか……」
チラッとエルさんを見る。
「そうですね、街中でしたら国王様も許可をしていただけると思うのですが」
と、そこへ
コンコン
とドアを叩く音がした。
「はい」
ドアを開けると国王様がたっていた。
「あの、どうしたのですか?」
「うむ、今週のレシピの使用料が来たのでな、休憩がてら持ってきたのじゃ。ほれ、金貨100枚じゃ」
「え、あの使用料は半分って言う話じゃなかったでしたっけ?」
「うむ、そうじゃ。だから今週の使用料200枚の半分の100枚じゃよ」
あぁ〜そうか、使用料が毎週同じわけじゃ無いのか。そりゃそうか、買われた分だけ入ってくるわけだし。
私が金貨100枚の重さを手で感じていると、
「お父様、お願いがあります」
「なんじゃ、エリーゼも居たのか」
「今度、ヨシキ様と街へお買い物に行ってもよろしいですか?」
「ム、なんじゃと」
何故か国王様ににらまれた。
「えーと、」
私は説明した。最近魔法にハマってしまって、エリーゼ姫と話をしていなかったこと。エリーゼ姫が寂しかったこと。使用料が入りお金が出来たので買い物にさそったこと。すると国王様は、
「しかし、街は危険じゃからなぁ」
いや、前の魔物の討伐の方が危険でしょ!というか、一緒に行くのが自分じゃないから拗ねてるでしょ?そんなことを思っていると、エリーゼ姫が両手を祈るように胸の前で合わせて、
「お父様、おねがいします」
と涙目で訴えた。
「む……」
たじろぐ国王様。そしてしばらくして、
「わかった……」
ため息混じりに声を出した。エリーゼ姫は満面の笑みで、
「ありがとうございます、お父様」
とお礼を言う。しかし、
「じゃが、護衛はつけるからな」
「えっ?ヨシキ様と二人じゃダメですか?」
再び姫の涙目攻撃。クリティカル!っと言う感じだろうか。国王様がまたたじろぐ。
今度はどうしていいのかわからず、助けを求めてエルさんに視線を送る。
「そうですね、それでしたら少し離れたところから護衛するというのはどうでしょうか?陰ながら見守ると言う感じで。それでしたら二人で買い物をしている感じも出せますし、いざという時はすぐ駆けつけることができますから」
「なるほど、それならば良いが、どうじゃエリーゼ?それでも良いか?」
「はい、ありがとうこざいます、お父様。ヨシキ様、お買い物すごく楽しみにしていますね」
「ええ、私も楽しみにしていますね」
こうして、私はエリーゼ姫と買い物に行くことになったのだった。




