欲望の陰
「まぁ、こんなものか」
静かになった森の中で、私は呟いた。
私の周りにはゴブリンの死体が転がっている。
この前の戦い以来、魔物と戦うことに忌避感を感じなくなっている。しかしこの世界では、躊躇すれば私が魔物の餌になってしまうのだから、このぐらいが良いのかもしれない。そうやって自分を納得させながら私はゴブリンから魔石を取り出す。
大体の魔物は心臓のすぐ近くに魔石があるらしい。体を動かすための心臓と、魔力を使うための魔石がほぼ同じ位置にあるというのは何か意味があるのだろう。
そして、魔物は心臓を破壊されれば息絶えてしまうが、そうすると魔石も破壊されてしまう。なので、魔石狙いの場合は頭か首を狙うのがセオリーらしい、と王宮図書館で見た本に書いてあった。
そして、私がここで魔物と戦っていたのも王宮図書館の本で見た魔法を試すためだった。今、ゴブリンたちを倒したのもそのうちの一つ、『カッター』系の魔法だ。
これは一応上級魔法に分類されるらしく、刃のイメージを上手く出来ないとバレット系とほとんど変わらない威力しか出ない。しかし上手くイメージ出来た場合、剣と同じような斬撃を遠距離から放つことができる、かなり有効な攻撃魔法だ。私はそれを3度ほどの戦闘でマスターすることが出来た。
以前エルさんに言われた、これからどうしたいのか、どこまで魔法を使えるようになりたいのかを考えた末、私は独学で魔法をもう少し勉強しようと思ったのだ。全属性を満遍なく使えるというだけで目立ちすぎてしまうと考えた結果だ。
「さて、」
私はゴブリンから取り出した魔石を、生活魔法の水で洗ってからしっかりとイメージする。すると手の中にあった魔石はフッと消えてしまう。これが魔法の本を読んでて一番ワクワクした魔法だ。
『魔法倉庫』、通称「魔法庫」。
名前はシンプルで分かりやすすぎるが、慣れればとても便利な魔法だ。別の空間をイメージしてそこに物を仕舞うことが出来る。
そして、現実とは違う空間なので時の流れが無い。この別の空間をイメージすることが難しい上に、どういう人が使えるかが全くわかってないので、使える人はかなり少ないらしい。
しかし私は、あの女神と会った不思議な空間をイメージしたらすぐに出来た。なので、後は容量を増やすことが当面の目標だ。容量は魔力の量によって変わると言われているので、魔力量を増やすべく日々魔法を使うようにしている。
「よし、もう少し戦ってみるか」
ゴブリンを地面に埋めた後、私は周りの気配を感じとり、少し強めの気配を感じた方に歩いていく。足音は立てない、自分の気配も出さない。大分、森での戦いに適応してきたようだ。
標的までおそらく数百メートルぐらいだろうか。ゴブリンの声が聞こえてくる。
「これは?」
周りにはゴブリンは見当たらない。ということは……。
「聴覚も森での戦いに適応してきたか……」
声の聞こえる方向に進んでいくと、やはりゴブリン達がいた。数百メートルも先の声が聞こえるようになったのか。しかも視覚も日本にいた時よりも大分良くなっている。
「なんか、人間やめてる気がするなぁ」
そんなことを言いながら近づいていくと、5匹の集団の中で1匹だけやたら大きいゴブリンがいた。
「あれが強めの気配の正体か。たしか……」
図書館でみた本の記憶を辿る。確かゴブリンジェネラルか。魔力を多く取り込んだゴブリンが進化したもので、ゴブリンの上のゴブリンウォーリアのさらに上だったか。武器を持っていて、その武器は魔力によって変質していて普通のより強くなっている。
でも、ゴブリンだからそんなには強くなかったはず。
よし。
私はさらに気配を消し、ゴブリン達の死角へと移動していく。そして十五メートルぐらいまで近づき、
「ウインドカッター」
魔法を放つ。魔法は狙い通りゴブリンジェネラルの首をはねる。突然のことに呆然としているほかのゴブリンにも続けて魔法を放つ。あっという間にゴブリンの殲滅は終わった。
ゴブリンとゴブリンジェネラルから魔石を取り出し、そしてゴブリンジェネラルの持っていた武器を調べてみる。
「ショートソードか?」
それは真っ黒な刃渡り30センチぐらいの剣だった。魔力は宿っているようだが、属性は無いみたいだ。まあ、今持っているのが借り物の魔石を取り出すためのナイフだけだから丁度いいか。
と、そこで気がつく。考えたら魔物が出る場所でろくに武器や防具を持たずによく戦ってたな。
騎士団の新入団員たちと討伐に行った時のノリで、同じような格好でこの森に来ていたが、少し考えたほうがいいかもしれない。
不安になった私は、すぐに王宮へ帰ることにした。
ちなみに黒いショートソードは魔法庫のなかへとしまっておいた。
王宮へと戻ると、国王様と大臣が何やら話をしているのが見える。んー、話の内容からどうやら私を探しているみたいだ。王宮でも百メートル以上離れている会話が聞こえるというのは不思議な感じだ。まぁ、とりあえず行ってみよう。
近づいていくと、二人がこちらに気がついて声をかけてきた。
「おお、お主どこへ行っておったんじゃ?」
「え?ええと、この前の森の近くへ魔法の練習をしに行ってきたところです」
「そうか、確かに魔法の素質はあるようじゃが、あまり無理はせんようにな。何かあればエリーゼが悲しむわい」
「わかりました、あまり無理はしないようにします」
まぁ、大分無理をした後なんだけどね。ほぼ丸腰で魔物の森へ行ってきた訳だし。
「ほう、ヨシキ様は魔法の素質があるのですか?」
ヤバイ、大臣が食いついてきた。
「いえ、それ程では。まだ基礎魔法を練習しているところですよ。未だに慌てると上手くいきませんから」
「でも、はぐれオーガを一撃で倒した噂をきいたのですが?」
うん、分かっていたがこの人はしつこい。
「それは王子が致命傷を与えてくれていたから倒せたのであって、私だけでしたら魔法を弾かれてすぐにやられていましたよ」
「またまた、そんなに謙遜しなくてもいいのでは?」
「いえいえ」
とりあえず話を逸らそう。
「ところでお二人はどうしたのですか?何かお話しされていたみたいでしたけど?」
「そうじゃ、お主に金を渡さねばならなかったのじゃ」
そう言って国王様は大臣の持っていた少し大きな皮袋を渡してきた。
ズシッ!
「え?これは?」
「ほら、前に言ってたじゃありませんか?ヨシキ様の作ったカスタードクリームを広めたいと」
あぁ、なんかそんな話をした気がする。その時は話の流れでOKしたような……。
「それで、そのカスタードクリームの使用料が入ってきたのですよ」
「は?使用料?」
「なんじゃ、知らんのか?新しい料理のレシピは商業ギルドで売ることが出来る。そしてそのレシピの売り上げがこのお金じゃよ」
「まぁ、商業ギルドに手数料は取られてしまいますが」
なんか、似たような話を聞いたことがあるな。
「確か、開発した魔法を売ることができる話は聞いたことがありますが、料理のレシピも売れるんですね?」
「はい、その通りです。今回は最初ですからあまり売り上げはありませんが、人気が出てくればもっと入って来ますよ」
「ちなみにいくらで売れたんですか?」
「価格ですか?今回は王宮からレシピを出した形にしましたので、金貨20枚ですね。売り上げは合計で金貨100枚です」
「き、金貨100枚!」
ということは、100万円ぐらいの価値ということか。いきなりこんな大金を貰ってもどうしていいかわからない。なので、
「あの、この王宮でかなりお世話になっているので、宿代がわりっていうのも変ですが国王様の方で使ってもらえませんか?」
今までタダで生活させてもらっていたんだから、このぐらいは当然だよな。しかし、国王様は困った顔をして、
「む、しかし天落者のかたをもてなすのは我らの責務のようなものでもあるし……」
結局、私は半分の金貨50枚を貰うことになった。そして残りの50枚はお世話になっているお礼に国王様に渡すことにした。
というか、国王様のお金ということは国のお金ということであり、国民の税金だという訳だ。ということは、私は今までこの国の国民の税金で生活していた訳か。
なんだかすごい罪悪感が……。
とりあえず、これからのレシピの使用料も半分だけ受け取ることになった。でも、こういうのはすぐ真似をする人が現れるから、売り上げはすぐに下がるだろう。そう思ってたら、
「いえ、そこまでは下がりませんよ。確かに最終的には下がりますが、キチンとしたお店は商業ギルドからレシピを買っていることがステータスになりますから」
なんでも、商業ギルドからキチンとレシピを買っていることが信用に繋がるらしく、特に高級店ほどその傾向が強いらしい。また、商業ギルドからの信用があると、いざという時、お金や食材を融通して貰いやすくなるため、よほどお金がない店じゃない限りレシピを買っていくそうだ。
「ところで、ヨシキ様はいつかお店を持とうと考えているそうですね?もしよければ、私の元でやってみませんか?」
突然、大臣の気配が変わりこちらに話しかけて来た。
「ほう、そうなのか?」
国王様も興味を持ったみたいだ。しかし、どこでその話を?いや、その話をしたのはこの世界の料理を教わっている時だけだった筈だから、おそらく料理人の誰かから漏れたのだろう。
国の大臣のバックアップがあるのは普通なら喜ぶところだが、この大臣はなにか嫌な予感がする。
「ええ、いつかは。ですが、今は旅をしたいと思っています。私はまだこの世界のことを全然知りませんし、様々な土地に行き、様々な食材や料理を見てみたいと思っていますので。だから魔法の練習をしている訳で、店を持つとしてもその後でしょうか?」
さて、上手く躱せたか?まぁ、旅をしたいというのは嘘では無いし、世界の食材や料理をを見て回りたいというのも本心だ。だから大人しくこのまま引き下がってくれたら嬉しいのだが……。ところが、
「そうなのか。じゃがそうするとエリーゼが寂しがるのぉ……」
まさか国王様から横槍が入るとは。そこはなんとなく察して欲しいところだが……。いや、この人は裏表が無いからそういうのは無理なのか。まあ、そこがこの人の良いところなのだけれど。
「でもいつかは戻って来ますし、可能ならこの王都にお店を出したいと思っていますよ」
「そうか、ならその日を楽しみにしておくかの」
国王様が上手く話を切ってくれた。大臣を見るとなにか言いたげだが、話がまとまってしまったので何を言っていいかわからないようだ。
「では、私は部屋に戻りますね。お金ありがとうございました」
「え、ええ、何かありましたら遠慮なく言ってくださいね」
力無さげに大臣が言ってくる。これで諦めてくれてれば良いのだが、一応用心しておいたほうがいいだろうか。そう考えながら、私は自室へと戻った。




