状況へ適応
引き続き、グロいシーンがあります。
苦手な方はご注意下さい。
「あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ、なんとか……」
私はエリーゼ姫になんとか答える。しかし、エリーゼ姫はなんともないのだろうか?
「エリーゼ姫は大丈夫なんですか?」
「はい、一度経験していますから」
私が質問すると、エリーゼ姫は笑顔で答えてくれた。
なんでも、武術でも魔法でもある程度出来るようになったら、必ず実践を経験することになっているらしい。それによって、実際に襲われた際に生き残る確率を上げるらしい。
さすが異世界、そういう経験がなければ、いざという時に生き残れないということか……。
エリーゼ姫と話していると、エルさんが近づいて来た。
「大丈夫ですか?ヨシキ様」
「はい、すいません。今まで生き物を殺すという経験が少なかったものですから……」
「そういえば、魔物がいないのでしたね、ヨシキ様の世界は」
「そうです、せいぜい虫ぐらいですかね、私が殺した事があるのは」
「えっ!?」
「虫ですか?」
なんか二人に驚かれてしまった。なんだろう、この世界の虫とは何か違うのだろうか?
「あの、その虫というのはどのような虫なのですか?」
エルさんに聞かれたので、私は素直に答える。
「そうですね、色が茶色で動きがとても素早く、1匹見かけたら30匹はいると言われている虫です。大きさは大体、私の親指ぐらいの大きさでしょうか?」
「「…………」」
何故か二人とも黙ってしまった。
「あの、どうかしましたか?」
私が声をかけると、エリーゼ姫が
「いえ、あの、なんとも可愛らしい大きさだなと思いまして……」
えっ、可愛らしい?奴が?私が怪訝な顔をしていると、
「成る程、そのような小さな生き物しか相手にしたことがないのでしたら、実践はキツかったかもしれないですね」
エルさんの言ってる言葉の意味はわかるが、さっきの虫のくだりがわからない。すると、
「こちらの世界では虫は昆虫種とも呼ばれていて、小さいものでも私の膝から腰ぐらいの大きさがあるのですよ」
と、エリーゼ姫が教えてくれた。
「うげっ!」
っと、変なら声が出てしまった。もし、そんなサイズの虫が出てきたら耐えられないかもしれない。まだ、蝶とかカブトムシならいいけど、『G』と呼ばれる奴とか蜂とかムカデとか出てきたら無理だ。
私が一人で戦慄しているとエルさんが
「ヨシキ様、もう帰られますか?」
と、声をかけてくれた。……正直言って、グロいのは見たくはない。が、この世界で生きてくと決めた以上、先送りにしてはいられないだろう。もしかしたらそのせいで、私は死ぬことになるかもしれないのだから。
「いえ、大丈夫です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
わたしは覚悟を決めて、そう答えた。
そして、またゴブリンの群れに当たった時、不思議な事が起きた。
「ギギャー!」というゴブリンの断末魔、宙を舞う生首、吹き出す体液……。それは先程と同じだ。しかし、不思議と吐き気が起きない。なんだろう、先程の気持ち悪さを感じない。
「グギー!!」
こえのした方を見ると、ゴブリンがこちらに向かってきている。
「ウインドバレット!」
私の放った魔法が、ゴブリンの頭を吹き飛ばした。
破裂する頭部、舞い散る体液。でも、不快感は感じない。もう、ゴブリンとの戦いに慣れたのだろうか?
と、そこで思い出した。私が手に入れたスキル
『適応能力』
このスキルのおかげで、私は魔物と戦うということに適応したのだろうか?
もしそうだとしたら、とても便利なスキルだ。最初は気持ち悪くなったので、もしかしたら適応するのに時間がかかるのかもしれない。しかし、これから先いろんなことに適応出来れば、この世界で生きていくのにとてもやくに立つだろう。
そして同時に、恐ろしさも感じていた。もしこれから先、人と戦う事がありそれに適応した場合、私は人を殺す事に何も感じなくなるのだろうか?人を騙したり犯罪行為も平気で行う人間になってしまうのだろうか?
そんなことを考えてると、
「グガー!!」
と、またゴブリンの声が響いた。そうだ、戦闘中だった。私は不安を頭の中から消して魔法を放った。
「ウォーターランス!!」
水の槍がゴブリンの頭を貫通する。水でできた槍でもなかなか威力があるようだ。そうやって、自分が覚えた魔法を確認しながら、私はゴブリンを倒していった。
そして、群れを全滅させて再び森を探索している時、奇妙な感覚を覚えた。
「なんだ?この感じは……」
「どうかしましたか?」
エルさんが声をかけてくる。
「いえ、何か気配のようなものを感じるんですよ」
少しぼやけたような感じだが、おそらくなにかの気配だろうと思い、そう答えた。
「方向と数はわかるかな?」
今の会話を聞いていたのか、国王様が聞いてきた。
「え、ええ、ほぼ真上に3つくらい、左前方の少し遠い場所に強めの気配が一つ、右に弱めの気配が複数、恐らく10以上……」
私が言った方向へみんなが意識を向ける。
「あ、いました。恐らくウインドバードが3羽ですね」
上を見ていたエリーゼ姫が見つけて言った。
「おお、本当にいたな」
アレク王子も見つけたようだ。
「左前方は遠いからわからんな。右は恐らくゴブリンじゃろう。では、右に行くとするか」
国王様の一声で、右へ向かう。
新入団員達が先に向かい、私と国王様達がそれに続く。すると国王様が、小声で話しかけてきた。
「ヨシキ殿、お主気配察知なぞいつ出来るようになった?」
「恐らくついさっきです。多分私の『適応能力』のお陰かと……」
「なるほど、天落者の方々は素晴らしい能力を持っていると聞いていたが、凄まじいの。大臣が興奮する理由がわかったわい」
「いえ、私はそこまでの人間ではないですよ」
「今のところはな。だが、成長速度が普通ではないというのは、自分でも気づいているのではないか?」
見抜かれていたか。やっぱり国王というだけあって観察力がある。
「ええ、恐らく1回目の戦闘で生き物と戦う事に適応し、2回目の戦闘で森という場所で戦うという事に適応したのかと思います。まだ、憶測でしかありませんが……」
「なるほど、凄まじい能力じゃな」
「そして、恐ろしくもあります。平気で人を殺したり、犯罪を犯せるようになるかもしれませんから」
「不安そうな顔の原因はそれか」
「えっ?」
「なんじゃ、気づいてなかったのか?まあ、ヨシキ殿の世界ではどうだったのか知らんが、人が死ぬのはこの世界では普通に起こる事じゃ。ワシも昔は盗賊を斬り殺した事があるし、今でも死刑で人の命を奪っておる」
そうか、この世界ではそういう事が日常茶飯事なんだな。
「じゃが、そのおかげで助かる命もある。盗賊も生かしておけば新たな被害者が出るじゃろうし、犯罪者も同じじゃ。ワシは国王として国民の生活を守る義務があるからの。大切なのは、何のために行うのかという事じゃないかの?」
「……そうですね、ありがとうございます国王様」
「まぁ、焦らずじっくり考える事じゃ。焦って答えを出しても良くないからのぉ」
国王様はニコッと笑いかけてくれた。そうだな、まだ起きていないことをあれこれ考えてもしょうがないか。まだ、そうなると決まったわけじゃないんだから。
「ありがとうございます」
改めて国王様にお礼を言う。
「大丈夫です、そうなっても私はヨシキ様を嫌いになりませんから」
突然エリーゼ姫が話しかけてきた。あれ?聞かれていたのか?
「エリーゼはすぐ後ろにおったぞ」
全然気づかなかった……。でも、エリーゼ姫の優しさが、今はとても暖かかった。
「エリーゼ姫、ありがとうございます」
私が笑顔でお礼を言うと、エリーゼ姫も笑顔を返してくれた。そしてその笑顔を見ながら、誰かを守るためなら手を汚すことも必要なのかもしれないと思ったのだった。




