国王と昔話
「なんだか、順調だなぁ……」
私がこの世界に落ちてきて3週間程たっただろうか?私は、不思議な感覚を感じていた。
今までの人生が上手く行かなすぎていたからか、順調に生活できていることが、不思議に感じてしまう。まぁ、国王様に優遇されているってのもあるんだろうけど。
だけど、それでは申し訳ないので、最近は料理を手伝わせてもらったり、地球の料理を教えたり、逆にこの世界の料理を教えてもらったりしている。
そして毎週末の7の日は、私がスイーツを作る日になった。最初のミルクレープが好評で、他のスイーツも食べてみたいと要望があったからだ。その後に作ったカスタードプリンやカスタードシューも好評だった。
特にカスタードシューは、エリーゼ姫の為に小さい一口サイズに作ったところ、小さくて食べやすく、見た目も可愛いとの事で、来賓の方々にお出しするのに丁度いいと、料理長に食いつかれてしまった。
確かに身分の高い人やご婦人方は、大口を開けて物を食べたりしないから来賓用にはいいかもしれない。なので、中に一緒にジャムを入れても美味しいとアドバイスをしたら、本気で喜んでくれた。
この世界にカスタードクリームが広まるのも、そう遠くない日かもしれない。
そんなある日のこと、突然国王様から
「少し時間はあるかな?」
と聞かれた。なんだろう、何かやらかしてしまったのだろうか?こういう時、すぐに不安に駆られてしまうのは、今までの人生で良くないことが多かったからだろうか。
しかし、断る理由がなかった、と言うかお世話になっている以上断れなかったので、
「はい、大丈夫です」
と答えた。最近は料理をしているか、魔法の練習をしているか、もしくは王宮図書館(王様から許可をもらった)で本を読んでいるか、なので時間はある。
王様についていくと、不思議な部屋に入っていった。何か不思議な感じがする。これは魔力だろうか?その魔力が部屋の中で動き回ってる気がする。
私が戸惑っていると、
「ほう、気づいたかな?この部屋は魔力を操って盗聴や遠隔視の魔法を防ぐようになっておる」
「……ッ!」
つまり、これから話す内容は他人に聞かれてはいけないものだということか。
ゴクッ
自分の唾を飲み込む音がやけに大きく感じる。
国王様にうながされ、部屋の中央にあるテーブルに国王様に対面する形で座る。
しばしの沈黙……。
やがて、
「その……最近エリーゼはどうかの?」
「……はっ?」
思わず聞き返してしまった。
「いや、その、最近は週末の7の日以外は会って話す機会が無くての……。スイーツを食べてる時は明るくて笑顔なんじゃが、それ以外の時はどうじゃろうか?落ち込んだり寂しがったりしてないじゃろうか?」
………………
はっ!思わず思考が止まってしまった。
えーと、つまりアレか。エリーゼ姫の最近の様子が知りたいから、私を呼んだと。
「えーと、最近は元気ですよ。会った当初は少しオドオドしていて不安そうな顔をしてましたし、少し寂しそうな表情をすることもありましたけど、今は元気ですよ。笑顔になることも増えましたし」
「そうか……」
私がエリーゼ姫の最近の様子を話すと、国王様は微妙な表情を浮かべた。何かマズいことを言ってしまっただろうか?私が不安な表情をすると、
「いや、すまんな。別にお主が悪いわけではない。エリーゼが笑顔になっているのは嬉しいんじゃが、ワシがそれに関われていないのが少し寂しくてな……」
あぁ、なるほど。娘が笑顔になったのが嬉しい反面、親として何も出来ていないのが心苦しいのか。
「で、最近はエリーゼは何をしておるのじゃ?」
「えーと、先週は生活魔法を一緒に練習していましたね。基本的な水を出す、火をつける、風を起こすことは出来るようになりましたね。土を出すのは苦手みたいですが……」
「なるほど、うちの家系は代々風属性が強いから、その影響かもしれんな」
「今週は、私が基本的な戦闘魔法を使えるようになったので、結界魔法で的を作ってくれたり、防御系の魔法のコツを教えてくれたりしました」
「うむ、結界師は攻撃系の魔法が苦手じゃからな。その逆で防御系の魔法はピカイチじゃ」
なるほど、ジョブによって得手不得手があるのか。
「いや、ありがとう。エリーゼが元気にやっておるようで安心した」
国王様は笑顔で頷いている。
「あの、もう少し会って話をする時間を作れないのですか?」
失礼かもしれないが、私は思ったことを口にした。どうも不自然な距離感を感じたからだ。すると、
「……あの子は正妻の、王妃の子供ではないからのぉ」
寂しそうな表情で、国王様はポツリと話し出した。
「あれはワシがまだ王位につく前のことじゃった……」
なんでも、国王様は随分ヤンチャな王子だったらしく、王宮を抜け出して冒険者の真似をしたり、強大な魔獣が出た時は王国軍を率いて王子自ら討伐に出向いたり、かなり無茶をしていたそうだ。
そんなヤンチャだった国王様も25年前に結婚。三男二女の5人の子供をもうけ、幸せな生活を送っていた。
しかし王妃は病で帰らぬ人となり、国王様は失意の底に落ちたそうだ。
「あやつとの生活は10年程じゃったか。ワシはかなり落ち込んでおったのじゃが、しかしそれでも王子としての務めは果たさねばならぬ。ワシはその時現れた魔獣の討伐の為に兵を率いておった。そんな折にワシの身の安全を心配した先王が雇ったのが、優秀な結界師として名を馳せていたエリーゼの母、リンゼじゃった。」
国王様は討伐戦で結界を貼り続け、落ち込んでいた自分を叱咤激励し奮い立たせてくれたそうだ。兵を、そしていずれは国を引っ張っていく人がそれでどうするのかと。そして、戦いの中で命を預けあう状況で惹かれていったそうだ。
「リンゼはワシの気持ちを受け止めてくれた。しかし、王妃という立場は自分の柄ではない、そして亡くなった王妃とその子供たちに失礼だからと身を引いてくれてな。それでもワシは諦めきれなくて、リンゼの元によく通ったのじゃ。そして出来たのがエリーゼじゃ」
「……」
どうしよう、国王様とエリーゼ姫のお母さんとの馴れ初め話が始まってしまった……。国王様はとても嬉しそうに、そして懐かしそうに話している。
あぁ、これがノロケ話というやつか、そしてこれが『リア充爆発しろ』という感情か。
しかし、ここで話を遮るわけにはいかず、結局最後まで話を聞くことになった。
「リンゼのやつは妊娠した後、生まれた村で静かに暮らすと言ってたので、何かあったらすぐに連絡するように言っておいたのじゃが、5年ほど前にその村が魔物のスタンピードに会ってしまってな。事前に兆候があったので村人は避難できたのじゃが、その討伐に参加していたリンゼが重傷を負ってしまって、ワシが到着した時にはもう風前の灯火でな。それで、ワシがエリーゼを引き取ることにしたのじゃ」
そうか、エリーゼ姫が寂しそうにしていた理由がわかった気がする。母親を亡くし、突然国王様が父親だと知らされ、しかも父親である国王様とは余り関わることができない。いきなり知らない場所で孤立すれば誰でも不安になる。
「その時は既に国王に即位していたので、勝手に討伐に出かけた挙句、エリーゼを娘として連れて帰ったので、ワシもかなり大変じゃった」
それは自業自得でしょう、という言葉が喉まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。なんか、元凶が全てこの人な気がしてきた。
とりあえず、エリーゼ姫の現状はわかった。
「なので申し訳ないが、エリーゼの力になってもらえんじゃろうか?悔しいが、あの子はお主には心を開いているようじゃし頼めんか?」
もうこれは、答えは決まってる。
「はい、わかりました。出来る範囲で、ということでよろしければ出来る限り力にならせて頂きます」
「そうか、ありがとう」
そう言って国王様は頭を下げた。
そうか、この人は国王である前に一人の親なんだな。そう思ったら、とてもこの人に親近感が湧いてきた。そして、私が落ちた場所かこの国で良かった、本当にそう思ったのだった。




