訓練の見学
「戦闘訓練に参加しませんか?」
いきなり大臣に、そんなことをいわれた。
「いきなりなんですか?」
「いえ、たいしたことではありません。ただ、この世界には魔物と言われるものが存在します。ですので、戦い方を知っていて損はないと思うんです。いかがですか?」
大臣はいつものごとく、ニヤニヤしながら揉み手をしている。何か企んでいるんだろうな。
さて、どうしたものか。さっきの勉強会が終わってから特に何もすることがなかったんだけど、あからさまに怪しいんだよな。けど、戦闘訓練は興味ない訳じゃないし…。
「あの、今まで戦闘というものをしたことがないので、とりあえず見学だけでも大丈夫ですか?」
「ええ、構いませんよ。そろそろ始まってる頃ですから、ご一緒に向かいましょう」
俺は大臣と一緒に訓練場に向かうことになった。
「ちなみに、どのような訓練をしているんですか?」
「そうですね、主に一対一や多対一の実践型の訓練ですね。もちろん、模擬戦用の武器をつかいますが」
まあ確かに実践に勝るものはないって言うし、その方が実際戦闘になった時に動けるんだろうな。
「あとは魔法も、スピードはそのままで威力だけ落ちる模擬戦用の杖を使ってやりますね」
そうこうしてるうちに、訓練場に着いた。そこに居たのは、
「遅え!」
「ぐはっ!」
「オラ、次!」
傷だらけの茶色い軽鎧に身を包み大剣を振り回している、スキンヘッドの大男と、その大男に吹き飛ばされているその他の男たちが居た。
「ええと、彼らは?」
「彼らは私が雇っている傭兵達です。あの一番体格のいい男がリーダーのガンボです。」
戦闘訓練って言うから騎士団とかの訓練かと思ったら、まさかの傭兵団だったとは。
うん、これは無理だ。ああいうオラオラ系は苦手なんだよな。それ以前に戦うのとか苦手で、前に合気道をちょっとやってみたけどすぐ辞めちゃったし。
実際に見るまでは興味あったけど、見たらすぐわかった。やっぱり俺は、食い物系の商売をやっていた方が生きていけそうだな。
と、大臣が嬉しそうに話しかけて来た。
「どうですか?強いでしょう、彼は。他の人たちもなかなか強いんですか、ガンボは別格ですね」
「あの何故、傭兵をやとっているんですか?」
「実は私は元々商人で、この街の一等地に家があるんですが、強盗が入ったことがありましてね。あとは大臣という立場上、狙われることもありますから。だから護衛で雇っているのですよ。まあ、昼間は王城にいるので騎士団が守ってくれていますが」
確かにいくら大臣と言えども、王城に住むわけにはいかないもんな。
「それにガンボとは旧知の仲ですから、安心して任せられるんですよ」
「なるほど」
確かに裏切る可能性がある人は雇えないか。
そうやって大臣と話してるうちに、今度は多対一の訓練が始まった。この訓練から魔法使いも参加するようだ。
しかしあのガンボとかいう人、普通じゃないな。模擬戦用とはいえ、あの大きな剣をありえないスピードで振り回している。矢も魔法も大剣で叩き斬り、一人ずつ確実に前衛役を吹き飛ばしている。
そして前衛役がいなくなったら、後衛の魔導師や弓士を倒している。つーか、後衛が逃げるより早く迫っている。一応後衛役には手加減をしてるみたいだけど。
ガンボ以外が全員倒れたところで、訓練は終了のようだ。
治癒師の男が倒れた人に治癒魔法をかけている。
ガンボは無傷だったようで……何故かこちらに向かって来た。
「よう、ソロンの旦那」
「いや、相変わらず強いですね、無敵ですね」
ガンボは大臣に話しかけ、大臣も嬉しそうに応じている。強い男がすきなのか?まさか、そっち方面か?
「で、そっちのひ弱そうな男は誰なんだ?まさか、うちに入団させるとか言わないよな?」
ガンボが威圧してくる。雰囲気というかオーラというか、なんかとても攻撃的だ。
「いえ、俺は大臣に誘われて見学に来ただけで……」
「だよなぁ!お前みたいなひ弱なやつに、傭兵は無理だよなぁ」
「ええ、俺は只の料理人ですから」
ちょっとビビったけど、これで訓練に参加するというフラグは折れた筈だ。
大臣は残念そうな顔をしているが、知ったこっちゃない。もしかしたら俺の能力が、戦闘で発揮されるか知りたかったのかも知れないけど、あんな中に放り込まれたら死んでしまう。
「では大臣、本日はお誘いありがとございました」
俺は訓練の見学を切り上げにかかる。
「そうですね、それでは戻りましょうか」
気落ちした声で大臣は答える。
「ではガンボ、帰りの護衛もよろしくお願いしますね」
「おう、任せとけ!」
そうして俺たちは、訓練場を後にした。




