07
「夢を見たよ、ボクは」
いったい何がこんなに哀しいというのか。涙があふれて止まらない。
「夢を見たんだよ」
丸めたボクの背中を、ヒメルは優しくさすってくれていた。
ボクは顔を覆い、膝に突っ伏す。
「わかってる……夢じゃ、ないんだよね」
ヒメルはそれには答えず、ボクの肩にて空いた手を乗せる。そのぬくもりと重さに、ほんの少し慰められる気がする。
「ボクは……」
「もう言葉遣いを戻してもいいんじゃない」
「そうか。全部バレバレなんだね。……そう、ボクは……私は逃げ出したんだ、ね」
無理に嗤った目許が、頬が痛かった。
なんだかな、我ながら情けなかった。嫌になった現実から眼を、心を逸らし逃げだしてきたんだ。
そして逃げた先が、この『ガーデン』なのだ。
「やっと思い出したんだな」
頭上からヒソカの声が降ってくる――と、彼女が(そう、彼女なのだ)木々の葉を散らしながら降ってきた。
降り立った彼女は、手に持つ果実の最後のひと口を口に放ると、果汁に汚れた指に舌を這わせる。
「そっか。ヒソカも知ってるんだ」
「当然だろ」
「だね」
はは、と私は渇いた笑いを零す。
「じゃあ、もう次にすべきこともわかってんだよな」
「えっ? だって私……」
「ば~か。だったらここになんて来ないって。もっと別の処に行ってるよ」
ヒソカの言葉に、そうかもしれないと納得する。だが、その前に言いたいことがある。
「『ばか』て言うなよな」
拗ねた抗議をヒソカは笑って受け流し、ぽんと私の頭に手を乗せる。
「その前に、顔を洗ってきなさいな。せっかくの旅立ちですもの、少しでもすっきりとしていたほうが様になるでしょう」
ぽんと肩を叩かれ、ヒメルは私の手を取り小川へと誘った。
※
川岸の手頃な石に腰を下ろし、ヒメルは語りだす。
「わたしとヒソカ、最初はヒソカのほうが見かけは年上だったわ。でも、いつの間にかわたしのほうがどんどん追い越してしまっていた。これからも、そう。ずっとぞう。ヒソカを取り残していく」
ヒメルは、ふとヒソカを見た。その眼差しを受けて、ヒソカが笑う。小さく、ひっそりと。それは大人びた――いや、彼女の内面に相応の笑みなのかもしれない。
「昨日はごめんね」
正確にあれが昨日なのか、時間感覚はつかめないのだけれども。
私は自分の『分身』たちの首にしがみつく。
「やっと帰る決心がついたかえ」
「ツネさん」
木立から浮かびあがった濃い影は、小柄な老婆の姿をかたどった。
「ええ、まぁ……」
煮え切らない私の返答に、老婆は軽く鼻を鳴らした。
タオルを差し出しながらヒメルは言った。
「まぁ、覚悟しておくことね」
「えっ!?」
「それだけのことを起こしてしまったのだもの、当たり前でしょう」
うへぇ~、と私は顎を出す。
「その前に、ホマレとヨミシに会ってゆくか?」
思いがけない提案に、三人は弾けたようにツネさんを見た。その瞬間、彼女が眉間に皺を寄せたような、そんな気配がした。
「いいの?」
「ツネ!?」
「ツネさま!?」
三様の声をあげる私たちを無視して、ツネさんはローブを翻すと、
「ついてくるがいい」
とやはり後ろを振り向くことなく歩き出す。私たちは慌ててその後を追った。