03
『ガーデン』には昼も夜もなかった。
目覚めたボクは、顔を洗いに小川へ向かう。
「ぷはっ」
濯ぐ手を止め、ボクは自分の顔に触れてみた。ふと気になったのだ。いったい自分はどんな顔をしているのかと。
目の前を流れる小川に手を入れ、掬ってみる。だが無駄だった。この小川の水は鏡の役割をしそうになかった。
「ま、いいか」
つい、独り言が出てしまう。そのことに苦笑を浮かべたとき――
「何がいいの?」
背後からかけられた声に、驚きでボクの肩が軽く跳ねた。
僅かに強張った心臓だが、その声が少女のものだと覚り肩の力が抜ける。
「ごめんなさい」
振り向いたボクに、ヒメルは謝る。
「いや、いや……ごめん」
慌てて手を振りボクも謝った。そんなボクの様子がおかしいのか、彼女は小さく笑うと抱えていたタオルを差し出す。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
差し出されたタオルを受け取り、ボクは顔から滴る水滴を拭った。
口許に拳をあて、ヒメルは小さく肩をすくめる。その仕草にボクは首を傾げた。
「頭痛、もう平気?」
空いている人差し指で自分のこめかみを指し、ヒメルは問う。
「……うん。けど、記憶のほうは相変わらずなんだ」
答えるボクの胸の裡は、すまない想いで一杯になる。
ヒメルはため息をつく。
「あ、勘違いしないでね。違うのよ。なかなか馴れてくれないなぁと思って」
「あ……」
「仕方ないわよね」
「ごめんなさい」
詫びるボクに、ヒメルはひらひらと手を振った。
「気にしないで。こんな状況で萎縮しないでというほうが難しいことだと思うもの」
「ありがとう」
「どういたしまして」
にっこり返された笑顔はこの時、どことなくヒソカに似ていた。思わずボクは吹きだし、それを受けて彼女は喉を震わせ笑った。