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はぐれ神童の異世界戦記  作者: 月見酒
第一章 『  』の歯車は動き始める
3/3

幽霊屋敷(?)購入

 商業区まで来たのは良いのだが、王都に来たことの無い俺は何処の商会が良いのかさっぱり分からない。


「ヴォルフにでも聞いておけばよかった」

 商業区には沢山の商会が立ち並んでいる。あらゆるものを営む商会から専門的な商会まで多種多様であった。

 現在の全財産は金貨二百四十枚。これは褒賞金と貴族になったため年間で国から金貨四十枚が支払われるのだ。いわば血税である。

 しかし、屋敷を買うのに金貨二百四十枚は心もとない。銀貨や銅貨もあるが、あまり意味がないだろう。

 そこで商業区で三番目に大きな商会にすることにした。理由はお金が少ないため1番大きなところにすればその分金が掛かると思ったからだ。完全に打算である。知識があってもこの世界の商会の情報が少ないためあまり頼りにならないな。


「ま、当たって砕けよだ」

 たぶんだが物理的に当たったら相手のほうが吹き飛ぶと思うが、今は関係ないので受付へと向かう。


「ようこそ、ゲルト商会へ」

 ここはゲルト商会と言うらしい。


「初めての来店ですよね」

「そうだが」

 何故分かった? いや、受付嬢としてのスキルなのかもしれないな。


「それで、今回はどのような物をお探しでしょうか?」

「屋敷を買いたくてな」

「もしかして貴族の方でしょうか?」

「先日なったばかりだがな」

「もしかして、砦奪還と都市防衛の際に活躍し、準男爵の位を与えられたという」

 おいおい昨日の事だぞ。どうして知ってるんだ。いや、商人にとって情報は金と同等という話だからな。


「よく知ってるな。俺の名はジン・トイフェル。一応準男爵になった身だ。実感が無いがな」

「これは大変失礼しました!」

 受付嬢は慌てて謝罪してくる。


「いや、気にしなくて良い。それより屋敷を探している。良いのはあるか?」

「それでは、こちらの応接室へ」

 受付嬢に案内された個室。どうやら貴族は個室で対応するらしい。

 それから数分後、入ってきたのは先ほどの受付嬢ではなく髭を生やしたダンディーな男性だった。


「初めましてトイフェル準男爵。私はこのゲルト商会会頭のルーク・エフェスと申します。それで今回は屋敷をお探しとの事ですが」

「ああ、出来れば風呂がついている屋敷だと有難い」

「当商会で扱っている貴族様方専用の屋敷には全てお風呂は設備しております」

「そうか。なら出来るだけ安い屋敷で頼む。生憎と貴族になったばかりでな。領地も持たない下級貴族だ。金銭に関して期待しないで貰いたい」

 こう言った事は最初に言っておかないと高い屋敷を買わされる可能性があるからな。だからといってボロ屋敷を買わされる心配はしていない。この商会の大きさやホールの客の数から考えて品の信頼度は高いはずだ。


「分かりました。それでは他に希望するものはありますか?」

「そうだな。土地が広ければ屋敷が古くても、小さくても構わない。増設するなり改築するなり出来るからな」

「畏まりました。それでしたら、これなんてどうでしょうか?」

 出された羊紙には土地の広さ、屋敷の中と外の絵、それから値段が書かれていた。


「見たところ見た目は古そうだが、しっかりしているな。だが、どうしてこれでこの値段なんだ?」

 値段のとこには金貨百四十枚と書かれていた。


「それは勿論新貴族となられたトイフェル様への贈り物だと思っていただければ」

 ほんの僅かだが声のトーンが上がったな。経験を積んだ商人なら分かるかもしれないが普通の者なら分かるまい。だが、俺は傭兵。それに前世でもそれなりに経験を積んでいる。これは何かあるな。

 それに前世でこういった場合よくあるのが………一芝居討ってみるか。


「それは有難いな。だが、やはり実物を見ないと心もとないな。屋敷を見ることは可能なのか?」

「ええ、勿論」

 また上がった。やはり何かあるな。


「実はここに来る前噂を聞いてな」

「噂ですか?」

「ああ、貴族街には悪霊が憑りついている屋敷があるらしくてな。偶然にも噂の場所がこの羊紙に書かれているあたりなんだ。凄い偶然だな」

「え、ええ。それは偶然ですね」

「もしも俺が買おうとしている屋敷がその噂の屋敷だった場合どうなるんだろうな。ましてや貴族相手にとなると……」

 沈黙のひと時。互いに視線を逸らす事無く相手が折れるのを待つ。

 パチパチ。

 先に折れたのはルークの方だった。しかしその顔には悔しげな表情は無く、何処か嬉しそうにも見えた。


「お見事です」

「やはり幽霊屋敷だったか」

「その通りです。昔没落した貴族の夫人があの屋敷で自殺してから怪奇現象起こるようになりました」

「なるほどな。どおりで誰も買わないわけだ」

「そうなのです。それにしても傭兵だったと聞いたいましたが商人としても優秀な方のようですね」

「いや、こういった商談は初めてだ。ただ似たような話を昔聞いたことがあってな。ちょっと鎌をかけただけだ」

「まさか噂を聞いたって言うのは?」

「勿論嘘だ。商人は物事を天秤にかける生き物だ。だからどれだけ可能性が低かろうと、こう考えてしまう。もしもそうだったら、とな。それが拭い切れない限りどれだけ好条件でも手を出したりはしない。ま、普通は事前に調べたり、次回に持ち越してその間に調べたりするものだが、今回はそれが出来なかった。だから手を引くことに賭けたのさ」

「そこまでお考えだったとは。もしかしたら私たちは最高の客にめぐり合ったのかも知れませんな」

「最悪じゃないのか?」

「いえ、それだけ頭が回り、戦闘力もずば抜けていると将来大貴族になるかもしれませんから」

「随分と過大評価だな」

「いえ、これは私の経験で得た勘です。こういった時の勘は外れたことがありませんから」

「そうか」

「それでは別の屋敷を――」

「いや、この屋敷を買う」

「しかし、この屋敷は」

「別に平気だ。その代わり三人ほどメイドを雇いたいんだが」

「畏まりました。紹介料は半額とさせて頂きます」

「話が早くて助かる」

 こうして俺は屋敷とメイドの紹介料を合わせて金貨百四十三枚で手に入れた。それじゃ、さっそく屋敷へと向かうとするか。メイドは明日には来るそうだし、幽霊退治でもしておくか。

 俺がこれから住む屋敷は貴族街の東門付近にある。

 貴族の中でも爵位が高いほど中央の王城に近い。そのため男爵である俺は東門付近というわけだ。ま、前世、現世ともに平民育ちの俺からしてみれば平民たちに近いほうが何かと便利なのでありがたい。

 で、数分掛けて購入した屋敷へとやって来たわけだが、


「本当に幽霊屋敷だな」

 敷地内の殆どは雑草が生い茂り、屋敷というよりも館か? には蔦が巻きついており、屋根や壁の一部は腐敗し崩れている。


「これは思った以上に金が要るかもな」

 これからの予定を考えると頭が痛くなる。まったくどれだけ恐れられていたんだ。

 軋む音をたてながら扉を開く。

 窓は締め切られカーテンの隙間からほんの僅かだけ差し込む程度だ。それに埃が充満していて咳き込みそうだ。

 それでも一つ分かった事がある。


「噂は所詮噂だな」

 薄っすらと差し込む日差しが床を照らす。

 床一面が埃が覆う。その中に複数の足跡が残っている。


「大きさからして子供だな」

 好奇心を刺激された子供たちが探検したか、もしくはそのまま秘密基地にしたかだろうな。それにしたって埃塗れとはいえ、この屋敷が秘密基地ってどんだけ贅沢なんだよ。


「それよりも、まずは探さないとな」

 もしかしたらまだ子供たちがいるかもしれない。そうなれば後々面倒だ。


「足跡からして一階奥だな」

 足跡を辿り俺は突き当たりにある部屋の扉を開く。


「書斎か」

 まるで泥棒か、闇金連中が来たのでは。と想像してしまうほど何も無かった。あるのは備え付けられた本棚とオフィスデスクとオフィスチェアのみ。


「さて、本棚に本が一冊も無いとなると」

 俺はオフィスデスクに近づき調べる。


「これだな」

 オフィスデスク側面に描かれた絵。

 牙を剥く二頭の狼が睨みあっている。しかしどう見ても不自然だ。

 確かに睨みあっている。だが、身体は背中を向け合った状態。普通なら互いに敵から背中を守るように外側に顔を向けるはずだ。

 指先で軽く触る。


「やはりな」

 忍者が使用した、どんでん返しのように顔の向きが変わる。

 二頭の狼の顔の向きを変えると、ガタンと止め具が外れるような音が聞こえる。

 備え付けられていた本棚の一部が前に出て来る。


「ここか」

 出てきた本棚を引くとそこには地下へと続く階段があった。


「暗いな」

 通気口はあるだろうが、光が差し込むような穴はない。

 数段下りると壁に油が染込んだ松明が置かれていた。

 バレる恐れを考えてそのままにしていたんだろうが、逆に使わせて貰うぞ。

 火打石で着火させる。これでなんとかなりそうだな。

 数メートル先すら何も見えない地下へと続く階段を終えると何処まで続いているの不安に感じさせる一直線であろう通路が続いていた。まったく面倒なしかけだな。


「ここは……下水道か?」

 数分歩くと水が流れている場所に出た。しかし鼻腔を襲うような異臭はしない。たぶんだが、帝都の近くに流れている河の水の帝都の地下を流れるようになっているのだろう。


「脱出ようだろうな」

 昔は帝国内が疑心暗鬼に陥る程の危機的状況だったと誰かに教わったが、その時に使われたものだろう。密会や夜襲の際の脱出するために。


「それにしても何処まで続いてるんだ?」

 未だに出口すら見えない通路に嘆息が洩れる。

 ――カラッ

 誰か居る。音が反響して距離は分からないがそれなりに近い。

 俺は気配を殺し聞こえてきた方向へとゆっくりと距離を詰める。

 近づくつれ油の臭いが強くなる。近い。

 正確な時間は分からないが体内時計で約五分ほど歩くと複数の気配をうっすらとだが感じ取った。

 地下通路だけあって視界は真っ暗だが気配で分かる。それにそれなりに気配を消せるようだが完全ではない。俺からしてみればド素人だ。

 腰から短剣を抜いた俺は気配が密集する通路へ踏み込んだ。


「やあああぁぁ!」

「チッ!」

 相手の姿を確認した俺は思わず舌打ちをする。それもその筈で襲い掛かってきたのは十歳そこそこの男の子だったからだ。

 ナイフを持つ少年の手を手刀で払い落とし、そのまま胸倉掴み体落としで少年を無力化する。後方にも二人の気配を感じるが二人からは敵意を感じないので放置。それより今は。


「は、放せ! 何しやがる!」

「それはこっちの台詞だ。危うく殺す所だっただろうが」

 暴れるガキを地面に押さえつける。まったく元気なのは良いが人に刃物を向けるなよな。


「放せよ!」

「喚くな、静かにしろ。大人しくするなら解放してやる」

「……本当だな?」

「ああ、約束する」

 疑念の視線を向けてくるが数秒すると大人しくなった。俺は力を緩め開放してやると、飛び上がりすぐさま後ろに居た子供たちを庇うようにして敵意を向けてくる。


「で、お前たちはこんな所で何してるんだ? 遊ぶにしてもこんな場所で遊ぶことも無いだろ」

「お前には関係ないだろ」

「確かにな」

 全ての人間を恨んでいるような瞳。まさか――


「ロイ帰ってきたの?」

 突如置くから弱弱しい声音と共に姿を現したのは少年と同い年ぐらいの少女。だが、


「サキ! 無理するなよ!」

 慌てて駆け寄る少年。やはりか。


「お前らここに住んでいるのか?」

「お前には関係ないだろ!」

「確かにな。ただ俺は伝えに来ただけだ」

「何をだよ」

「お前らが地上に出る際に使用していた屋敷だがな。今日から俺が住む」

「おい、嘘だろ」

 一瞬にして絶望しきった表情になるロイと他の子供だち。


「事実だ」

「そ、そんな……」 

 少女はその場にへたり込んでしまう。


「さて、ガキ共。ここからが本題だ」

 俺の言葉に全員の視線が集まる。


「お前らも知ってのとおりあの屋敷は廃墟だ。だが、改築すれば住める。そこでお前ら俺に雇われないか?」

 あら、一瞬にして全員から警戒が強くなったぞ。


「安心しろ。お前らを奴隷商に売り飛ばしたりはしない。それにお前らを売り飛ばしたところで高が知れてる。それよりもお前らを雇ったほうが遥かに安上がりだからな」

「俺たちに何をさせる気だ」

「なに、家事をさせるだけだ。掃除に洗濯、巻き割り、あとは庭の草むしりぐらいだな。ま、最初は屋敷の掃除からだがな。もしも引き受けるなら全員屋敷に住まわせてやる。勿論食事にお風呂も着いてくる。ま、その分一人当たりの報酬は一月銅貨30枚。がんばり次第では給料アップもある。どうだやるか?」

「少し考えさせてくれ」

「そんなに時間は与えられない。今すぐ戻って部屋の掃除もしないといけないからな」

「10分くれ」

「良いだろう」

 悪い話ではない。それどころか好条件の筈だ。で、俺にメリットがあるかと言えば格安の給料で人材確保ができ、尚且つ勝手に下水道をうろちょろされることもない。まさに一石二鳥だ。おっと忘れていた。


「言っておくが病人を雇うつもりは無いからな」

「それってサキはここに置いて行けって言うのかよ!」

 少年の怒声が下水道内に響き渡る。


「病人を雇って何の価値がある。働けもしない人間を雇えるほど俺の懐は温かくないんでね」

「外道が……」

「何とでも言え」

 俺が求めているものはそれなりに頭の回る奴だ。感情に流されやすいだけではこの先生きてはいけないからな。


「あ、あのお願いがあります」

「名前は?」

「ネネと言います」

「それでネネ。お願いってのは?」

「ネネやめろ! こんなクソヤロウに頭を下げる必要はねえよ!」

 ここのリーダーなんだろうが、感情的だな。


「どうかサキ姉ちゃんの病気を治して貰えませんか。給料は返し終わるまでいりませんので」

 この子、頭良いな。


「良いぞ」

「本当ですか!」

「ああ。ってか元々そのつもりでいた。ただ、お前たちの口からその言葉を聞きたかっただけだからな」

「ありがとう御座います」

「なら、身支度を済ませろ」

「はい!」

 笑みを浮かべてネネたちは身支度を始める。


「ロイとか言ったな」

「なんだよ」

「お前はもう少し冷静になったほうがいい。ただ感情任せに相手に敵意を向けるだけが取引じゃないからな」

「チッ」

 準備が整いサキを背負った俺はガキ共を連れて屋敷へと戻るのであった。


「さて、ネネお前は俺と一緒にサキを医者に見せに行くぞ。ロイたちは部屋の掃除。特にサキを寝かせるベッドの準備をしてろ」

「医者に見せるなら俺が付いて行く!」

「駄目だ。お前がこの中で一番年上だろう。だったら力仕事はお前に遣らせるのが良いんだよ。それともネネに遣らせるのか?」

「分かったよ!」

「なら、行ってくる」

「ロイ、レト、行ってくるね」

 手を振るネネとサキと共に医者の下へと向かうのであった。

 さて、ここで問題が発生する。

 医者の場所なんて知らないのだ!


「さて、どうしたものか?」

「どうか………されましたか?」

「いや、なんでもない」

 怪訝に思ったのかサキが弱弱しい声音で問いかけてくる。声に出ていたか。

 仕方が無い。ここはルークにでも聞いてみるか。

 再びゲルト商会へと遣って来た俺。

 怯えるサキとネネ。

 好奇心から視線を向けてくる客たち。


「あのどうかされましたか?」

 声を掛けて来たのは、屋敷を買う際に案内してくれた受付嬢だった。


「すまないが、ルークは居るか?」

「はい。応接室でお待ちください」

「分かった」

 応接室にて出された紅茶とお茶請けを堪能していると、


「私たちは売られるのでしょうか?」

 ネネが恐る恐る尋ねてくる。


「怖がらせて悪かったな。別にそんなつもりでここに来た訳じゃない」

「では?」

「屋敷を買ったのがこの商会なんだが、俺は新貴族でな。この街のことは全然知らないんだ。だからここの者に医者の場所を教えて貰おうと思っただけだ。だから心配するな」

 怯えるネネの頭を撫でてやる。ザラザラしているな女の子がこれではいけないな。帰ったらさっそく風呂にでも入れてやろう。


「お待たせしました」

 ようやくルーク遣って来た。なんだそのニヤニヤした表情は。言っておくが俺はロリコンではけしてない。どちらかと言えば年上の女性の方が俺の好みだ。


「それで、二度目の来訪ですがどうかしましたか?」

「ああ、実はな。屋敷に行ったらこの子達が住み着いていたんだよ」

 俺の言葉にこの場に居る誰もが目を見開ける。

 だが、その意味は異なるものだろう。


「それは申し訳ありません。私の管理不足でした」

「いや、その事については平気だ。それより悪いが凄腕の医者を紹介してもらいたい」

「医者ですか?」

「ああ。この子が病気でな。早急に見てもらいたいんだ」

「畏まりました。少々お待ちください」

 ルークは一礼すると応接室を後にした。が、その足取りはどこか慌てているように見えた。


「どうして嘘を?」

「嘘は言っていない。お前たちが住んでいたのが地下であろうと。俺の家の中を移動していたことには変わりないからな」

 そう。ちょっと違うだけで。そんな大差はないのだ。

 それから紅茶を二杯飲み干した所でルークが再び遣って来た。


「お待たせしました。私が知る限り名医と呼ばれる医者をお連れいたしました」

 別にそこまでしなくても良かったんだが。

 応接室に入ってきた一人の老人は軽く会釈をすると。


「さっそく患者を見せてくれるかの?」

「分かった」

 俺とネネは席と立ち、老人にサキを見てもらう。


「ふむ……」

 診断中に一瞬険しい表情になる。その事にネネも気がついたのか不安が増していく。

 それから診断を終えると、


「これは魔力結晶症じゃの」

「魔力結晶症……私ですら聞かない病気ですね」

 ルークは顎に手を当てる。いったいどんな病気なんだ?


「生物には血液とは別に魔力が流れておる。その流れは生き物によって様々じゃ。人間同士でも同じ者は居らんと言われておる。その流れの一部が何らかの形で塞き止められ一箇所に集まった魔力が結晶化し体内に出来上がる。そうなれば臓器が圧迫され機能そのものが停止する場合もある病気じゃ」

「先生、治す方法はあるのでしょうか?」

「普通は手術して取り出すが、この子の場合その場所が心臓と肺の間に出来て居るからの今の医術では難しいのう」

「そんな……」

 医者の言葉に絶望しその場に座り込むネネ。


「安心せよ。他にも方法はある」

「本当ですか!」

「本当じゃ。まず魔法を発動し魔力量を減らし、空に近い状態にする。そして再び魔法を発動させる。そうすると魔力欠乏症を恐れて結晶が自動的に魔力の代わりになってくれるのじゃ。言わば体内に作られた結晶型のポーションだと思ってもらえば良い」

 なるほどそういうことか。


「じゃがこれには一つ問題がある」

「問題ですか?」

「そうじゃ。魔力が無くなり魔力結晶が代わりの媒体となってくれる。そこまではかまわんのじゃが、魔力結晶を完全に消すと……」

「魔力欠乏症になってしまうということか」

「その通りじゃ」

 つまり停電し、非常電源に切り替わったとしても必ず限界があり、いつかは終わるということだ。


「すまぬが魔力ポーションはあるのかの。まさか魔力結晶症とは思わんでな。持ってきておらんのじゃ」

「なら、私が用意しましょう」

 ルークが手を挙げる。


「良いのか?」

「ええ、今回私の管理不足でこのような事態となっていますので」

「すまないな」

「それではお持ちします」

 ルークが応接室を後にするのを視線のみで見送ったのち。


「さて、嬢ちゃん」

「はい……」

「魔法の使い方は分かるか?」

「アクアバレットなら使えます」

「ほう、その年でアクアバレットをな。それは凄いのう。さて、それならここでは無理じゃな。ルークが魔力ポーションを持ってきたら場所を移動するとしようかのう」

 数分もしないうちに魔力ポーションを持って戻ってきたルークたちと共に商会の裏にある空き倉庫へと遣って来た。


「ここは来週から使用予定の倉庫ですので今は大丈夫です。ですので存分に魔法を放ってください」

 流石は大商会。四百人なら余裕で入るほどの大きな倉庫を平然と建てるんだからよ。


「それじゃ、始めるとするかのう」

 この爺さんは爺さんで図太いな。


「サキ、出来るか?」

「はい、やれます」

 栄養不足で弱弱しい足取りで立ち上がるサキだが、その声音には明確な強い意志が感じられた。


「始めます。……我は求む、時に生命に力を与え、時には生命を奪う、水の神よ。我にその力を行使することを許したまえ! 水弾!」

 呪文を唱え、放たれた直径30センチの水弾は倉庫内に向かって放たれた。飛距離こそ無いにしろ、威力はそこそこありまともに受ければ骨折はするだろう。至近距離で食らえば間違いなく即死だろう。


「ほう、その年でこれほどの魔法が使えるとは将来は優秀な魔法使いかのぉ」

 爺さんは爺さんで好き勝手に感想を述べてやがる。医者なら真面目に診断しろ。

 それからも震える足でなんとか立ち、何度も水弾を連発する。それは何度も何度も。同じ魔法使いなら感嘆の声を洩らすのではないかと思えるほど撃ち続ける。


「うっ……」

「サキ姉ちゃん!」

 精神的にも体力的にも限界なのか、サキの足から力が抜け倒れこむ。そんな彼女に慌てて駆け寄るネネ。


「どれ、見せてみぃ」

 爺さんが真剣な面持ちで近寄り診断を再開する。ようやくか。


「ふむ……体内の魔力は既に空のようじゃ。今は魔力結晶が補っているようじゃ。大分小さくなっておるから、これじゃとあと十回ほど行えば魔力結晶は消えるじゃろ」

「そんな! サキ姉ちゃんはもう限界です。それなのにまだ続けさせるんですか!」

「魔力結晶は言わば腫瘍と同じじゃ。完全に消さなければ再び再発し大きくなる」

「そんな………」

 ネネに抱きかかえられるサキの呼吸は荒く、過呼吸ではないかと勘違いしてしまうほどだ。

 それでも俺に出来ることはただ一つだけだ。


「サキ」 

「………はい……」

「まだ、やれるな」

「なっ! 見て分からないですか、サキ姉ちゃんはもう限界なんです! それなのに」

 俺の言葉にネネは声を荒立てる。


「やれます」

「サキ姉ちゃん!」

「ネネ……大丈夫よ……心配しないで……」

「サキ……姉ちゃん……」

 不安を隠せないネネの手を握り、ゆっくりと立ち上がる。


「それじゃ、始めます」

「待て」

 俺は再開しようとするサキに割り込む形で一時中断させた。


「あの何か?」

「これで大分楽になるだろう」

 俺はサキの背後に立ち、凭れさせる。これ以上酷くなるとネネに恨まれそうだったからな。


「すいません」

「そう思うならさっさと終わらせてくれ」

「はい」

 気のせいか、先ほどよりも声音に弾みを感じたのは。ま、それは跡で考えるとするか。今はなるべく早く治療を終えることが先だからな。

 それからサキはゆっくりとだが水弾を放ち続ける。一発、二発、三発と着実に。

 そしてようやくその時が来た。爺さんの予想より二発多かったが、水弾を放つと同時に足から力が無くなりへたり込む様に倒れるが、元々後ろで支えていたから問題はなかった。


「早く魔力ポーション飲ますのじゃ!」

「は、はい!」

 爺さんの急ぎようにルークは慌ててサキに魔力ポーションをゆっくりとだが飲ましていく。

 時間にしたら十分も経過していないだろう。だが、サキが目を覚ますまでの時間は緊迫した雰囲気のせいかもっと長く感じられた。

 そして――


「………ぅう……うぅん………あれ………ここは……?」

「サキ姉ちゃん!」

 俺の腕の中で眠っていたサキが目を覚ます。

 困惑しているのか記憶障害的な事になっているようだ。ま、あれだけ魔法を発動したんだ。最後のほうは意識もおぼろげだったし無理も無い。


「どうやら大丈夫のようじゃな。顔色も良くなっておる。もうこれで大丈夫のはずじゃ。だが、念のために一ヶ月間は周に数回、魔法を数発撃つようにするんじゃぞ」

「はい……分かりました」

「爺さん助かったよ」

「なに、将来有望な魔法師を救えたんじゃ、無理もするさ」

「なら」

「じゃが、代金はきっちり払って貰うからのう」

 ったくこの爺さん抜け目無いぜ。ま、これで飯食ってるんだから仕方が無い。少し痛い出費だが、こいつらと約束しちまったからな。


「その代金は私が支払いましょう」

 ルークが突如代金の支払いに名乗りを上げる。


「良いのか?」

「ええ、屋敷の管理不足が今回の原因です。我が商会管理している屋敷は他にもありますし、今回のことで改めて管理の大切さを思い知りました。二度とこのような事にならないようにするためにも」

「だが、それとこれとは話が別だろう」

「そうでもありません。ジン殿がこうして我が商会に訪れてくれなければ分からなかったことです。それに孤児の子供を背負って助けるなど人として貴方を信用することが出来ますからね」

「それはまた随分な過大評価だな」

「貴方は自分の事を過小評価すぎだと思いますよ」

「そうでもないさ」

 サキに抱きつくネネに「帰るぞ」と告げ、俺はサキを背負うと商会を後にした。



 その帰り道。


「あ、あの……ありがとうございました」 

「どうした唐突に?」

 ネネは申し訳なさそうにお礼を口にする。


「いえ、ジン様のお陰でサキ姉ちゃんは助かったんです。ですからそのお礼をと」

「別に俺は何もしていない。助けたのはあの爺さんとサキ自身だ。お礼を言われるような事はなにもしていない」

「そんな事は!」

「ネネ」

「何でしょうか?」

「腹はすいていないか?」

「………空きました」

「なら、何処かの店で食事にしよう。ロイたちの分の食事を買って帰らないといけないしな」

「はい……」

 納得がいかないのは漂う空気から分かる。だが、今は早く食料を買って屋敷に戻ることが最優先だとネネにも理解できたのか、了承するのだった。

 近くの屋台でブールラビットの串焼きを五十本程持ち帰り、近くの宿で十人分の弁当を至急作って貰った俺たちは屋敷へと戻るのだが、


「あ、あのう」

「どうした?」

「恥ずかしいので降ろして貰えませんか?」

 頬を微かに赤らめるサキ。


「もう大丈夫なのか?」

「はい。体力も回復しましたので。それに私はもう十四歳です。こんな大通りでいろんな人に見られるのは恥ずかしくて仕方がありませんので」

「そうか。なら」

 俺はその場でしゃがみサキを降ろす。


「大丈夫か?」

「はい。もうすっかり元気ですので。これで明日からジン様の屋敷で働けます」

「無理はしなくていいからな。それとそのジン様ってのはやめろ。背中がむず痒くなるからな」

「ですが、ジン様は貴族ですよね」

「一応な」

「一応なんですか?」

「最近なったばかりだからな。どうも実感がないんだ」

「なるほど。でもこれはけじめですので慣れてください」

「いや、しかし……」

「慣れてください」

「…………」

「慣れてください」

「分かった」

 年下の女の子にここまで言われては仕方が無い。それにここで断れば長引きそうだしな。


「それじゃ、帰るとするか」

「「はい」」

 気のせいか、どこか弾んでいたような気がしたのは。ま、いいか。

 俺たちはようやく屋敷へと戻る。まったく今日は無駄に疲れた。戦い以外で働きたくないのによ。

 屋敷へと戻った俺たちはせっせと働くロイたちの姿が目に付く。

 どうやら向こうも俺たちが帰ってきたことに気がついたのか、仕事を放り投げて駆け寄ってきた。掃除道具を放り投げるとは悪い子だな。よし、減給に……いや、今回だけは見逃してやるか。

 号泣しながらサキに抱きつくロイとレト。しかし、その表情には一切の曇り無く、笑みが浮かんでいた。


「サキお姉ちゃんを助けてくれてありがとうございました」

「気にするな。俺は何もしていない。頑張ったのはサキ自身だ」

 レトは随分と礼儀正しいな。


「レトやめろ。こんな奴に頭を下げる必要なんかねえよ」

「ロイ!」

「な、なんだよ……」

「ジン様が手を差し伸べて下さなければ、私は死んでいたのよ。なのにどうして貴方はそんな態度なの!」

「礼を言う必要なんて無いだろ! こいつは俺たちを雇う代わりにお前を医者の所に連れて行ったに過ぎないんだからよ! それにこいつだって言ってたじゃねえか。俺は何もしていないって!」

「どんな理由であれジン様は私を助けてくれたのよ。それに普通なら私たちは殺されていてもおかしくなかったのよ! それなのにジン様は私たちに働き口をくれたのよ。それどころか住む場所も用意していただいた。なのにどうしてロイはちゃんとお礼が言えないの!私そんなロイは嫌いよ! ネネ、レト行きましょう!」

 減給にしてやろうかと思ったがサキが叱ったのでやめておこう。

 それよりもあいつら大丈夫か? 喧嘩しちまったけどよ。ま、俺には関係ないがな。

 どちらが正しいかと言えばサキが正しいだろう。だが、この年頃の少年にはそれが分かっていてもプライドが邪魔をして正直になれないものだ。それにどうやらロイはサキの事が好きなんだろう。

 サキを救えなかった己の無力さと、サキが俺を支持するのが気に食わないんだろう。ほら、お前のせいだ。と言わんばかりに睨み付けて来た。


「なんだ?」

 何にも気づいていない振りをして問う。


「何でもねぇよ!」

「そうか。なら仕事に戻れ」

「煩せぇ!」

 罵倒を吐きながらも自分の持ち場に戻るロイである。まったく餓鬼だな。よく今まで殺されずに生きていられたな。

 頼むから面倒な方に転ばないことだけ祈って俺も自分の寝室となる部屋の掃除を開始する。

 日が落ちる頃に俺たちは露店で買った串焼きと弁当を食べる。流石は食事旺盛な子供だな。みるみる無くなっていく。ま、下水道で暮らして居た事もあって、まともな食事もしてなかったんだろうが。

 大人一人と子供四人で食べられる量を遥かに超えていたにも拘わらず、三十分も経たないうちに完食したのだった。

 風呂は準備出来なかったのでお湯を沸かして身体を拭いた俺たちは、まだ埃っぽい屋敷で眠りにつくのだった。

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