砦奪還
小説家になろう。発投稿作品です。
アルファポリス様でも複数の作品を投稿しています。
かつてゲール大陸は平和な大陸であった。
しかし酋暦389年、レイーゼ帝国が突如、隣国に進軍を開始した。
圧倒的武力を誇った帝国は瞬く間に、隣国を占領下に置いて行き、ゲール大陸に存在した数十もの国々が十数年の間で半分以下にまで減り、侵略されていった。
世界統一も夢ではないと思われたが突如戦王と謳われた皇帝が急死。
先導者を失った帝国は一瞬にして瓦解した。
家臣の裏切り、他国からの侵略。密告や裏切りの連続により帝国全土は疑心暗鬼に陥った。
酋暦689年。
とある酒場にて俺はカウンター席に座りながら今日稼いだお金で酒を堪能していた。
俺の名前はジン。ただのジン。先に言っておくが俺は転生者だ。
そんな俺がどうして酒を堪能しているかと言うとだな、俺は現在傭兵として生きているからだ。
それは俺が生まれ育った所に原因がある。
俺が転生したのは貴族でもなければ村人でもない。ましてや王族なんて天地がひっくり返ってもありえない。俺が転生した場所はいわゆる民族である。それもただの民族ではなく辺境に住む戦闘民族。それだけでも転生者の格差社会と思い知らされるのに。どうして俺はよりにもよって戦闘民族なんかに転生したんだよ! これはあれか。誰かの陰謀なのか、好き嫌いなのか、好みなのか、気まぐれなのか!
ま、それは置いとくとしてもだ。戦闘民族はないだろ。やることといえば自給自足のサバイバル。狩を行い、他の民族と出くわせば話し合いなくして殺し合いとか。マジで勘弁して欲しいわ。
そんな暮らしが15年続いた。しかし、その間はなんの違和感も無くそれが当たり前だと思っていた。が、15歳になると同時に身体を雷が駆け巡るような感覚と共に前世の記憶を取り戻した訳だ。で、どんな巡り会わせなのか前世での名前も尋。鬼瓦仁だった。いや、マジで名前とか同じじゃなくていいからもっとまともな場所に転生させて欲しかったと心から思う。
で、前世の記憶を全て取り戻した俺は即座に決意したわけだ。こんな場所からは今すぐにでも出て、前世からの夢であった邪魔されず、指図されず、自由に生きると。
しかし面倒な事にどこの村や国にもあるのが掟。ま、国だと法律だが、その掟で外の世界で行きたければ戦って手に入れろといわれたわけだ。ま、そこらへんが戦闘民族らしいが。でも最悪なのが、俺の戦う相手が15年間育ててくれた父親、前世からあわせれば二人目の親父だった。ほんと最初はふざけるな。と思ったが前世での家庭環境とこの戦闘民族で育ったせいかすぐに切り替え、戦った。それに前世に比べればまだましだと言えるしな。
その後は大森林を出て、生きていくために何が出来るかと考えた結果。傭兵という答えに行き着いた。
もちろん他にも色々な職を考えた。前世の記憶のある俺は新たな物を商会なんかに持っていけばすぐにでも発案者として多額の金と職員として雇ってくれるだろう。だが、現在この世界は戦乱の真っ只中にある。そんな世界で新しい商品を開発したところで儲かるとも思えなかった。そこで一回の仕事で頑張れば多額の金が貰える傭兵として生きることにしたのだ。結局俺は前世でも来世でも戦う以外の道はなさそうだ。ま、戦うのは嫌いじゃないからいいが。
普通前世で普通の暮らしをしていた奴らにいきなり戦場に立つのは無理だが、俺は15年間戦闘民族として戦っていたため、そこらへんの感覚が麻痺しているし、前世でも変わりはないが。
これが現世での成り立ちなわけで、俺は親父を殺して外の世界に出た訳だ。
で、現在外の世界に出て1年が経過し、16歳になった俺だが、正直俺の前世からの欲求は未だになされたいない。確かに前世に比べれば欲求を叶え易い世界ではある。それでもだ。俺の欲求を満たす程の存在に会えていない。まったくこれも前世で運を使い果たしたせいか?
「はぁ……」
「どうしたんだ、ため息なんて。こないだの戦いでは稼げなかったのか?」
「いや、稼いだよ。この通りな」
「ほう、これは凄い。見たところ凄腕の傭兵には見えたが対したもんだ」
「それはありがとよ」
俺は店主の褒め言葉など気に留める事無く酒を飲む。先に言っておくがこの国での法律は15歳から飲酒が許されているから大丈夫だ。
「それにしても随分とデカイ剣だな」
「ああ、先月の戦いでの戦利品だ」
「そうなのか。俺には到底振れそうにないが、お前さんは振れるのか?」
「ああ、この通りな」
俺は刃渡り2メートルを超える大剣を片手で持ち上げる。と言っても襲撃した砦の武器庫で埃を被っていた、ただデカイ剣に過ぎないけどな。
「こいつは凄げぇな」
「そうでもねぇよ。俺には少し軽いぐらいだ」
「これが……軽い。どんな馬鹿力だよ」
店主は目を丸くして呟くが、ま、無理もないな。最初、俺もそう感じたからな。前世と違い俺はの身体は筋骨隆々とまでいかないが大きな体格をしている。別に大きすぎる訳でもないが引き締まった筋肉はどう見ても、ある漫画の主人公のような体型をしていた。前世では考えられない体型だからな。俺だって驚いてる。身長195センチ、体重88キロ、完全に戦闘特化した身体となっているからな。ま、これがあのクソ女神から貰った加護のせいなんだろうが。
話は変わるが俺は転生するにあたってクソ女神から3つの加護を貰った。
一つ目は、無限強化。人は何時しか限界を迎える。しかし俺はその限界がない。つまり訓練をすれば、戦場で戦い続ければ、それだけ強くなれるというものだ。ま、獲られる経験値はその人の才能にもよるようだが。俺は平均的だと思う。
二つ目は、叡智の書。前の世界の知識が集約された本。と言っても持ち歩いている訳ではなく、脳内にあるのだ。知りたいことがあれば脳内に検索画面が表示され、検索欄に知りたい事を記入すれば検索したい内容と関連のあるものが出てくる仕組みだ。
で、三つ目だが、何故か思い出せないでいる。どうしてだが解らないが、思い出そうとしても思い出せない。まるで霧がかったように何かが邪魔をするのだ。で、いつの日か面倒になって思い出すのを止めた。そのうち思い出すだろう。
「で、お前さんこれからどうするんだ?」
「また、別の戦場に向かうだけだ」
「ま、傭兵ってそんなもんか。だが、命は大切にしろよ」
「解っている」
前世みたいな事は御免だからな。
「ま、そんなお前さんに良い事教えてやる」
「なんだ?」
「ここから南西に進んだ場所でどうやらそれなりに大きな戦が始まるらしい。今から行けば雇って貰えるかもしれないぞ」
「そうか。それは良い情報を貰ったな」
「なに、もう少し酒を頼んでくれれば良いってだけよ」
「商売上手だな」
「ハハハッ、ま、これでもこの酒場の店主だからな」
豪快に笑う店主にもう2杯分の酒代を渡して酒を頼む。
酒場を後にした俺はさっそく次の戦場に向かうべく、南西へと旅立った。
しかし、馬もない俺が進める距離などたかが分かりきっている俺は日がくれる前に野宿することにした。
木に凭れかかって瞼を閉じる。
俺は久々にあの時の事を思い出していた。
「ここは何処だ?」
俺はなぜか真っ白な場所に居た。
ここが何処なのか分からない。ましてや、部屋なのか世界なのかも不明だ。
大抵の人間は不安に陥るだろうが、俺は違う。こういう時の対処方法はただ一つ!
「寝るか」
俺はその場に寝そべり昼寝を開始する。
『いや、ちょっと待ってよ!』
「ん? 居たのか?」
『居たのかって、最初っからたよね』
「さあな」
『ま、いっか。それより今の状況分かってる?」
そこに居るのは分かっているが見た目までは分からない。まるで影と話しているようなそんな気分だがまあいいか。それよりも奴が言った意味ならなんとなくだが理解している。
「ああ。死んだんだろ」
『話が早くて助かる』
ま、薄らとだが覚えてる。
確か、俺は宝くじが当たってそれが嬉しくて気がついたら車が目の前まで迫っていたところまでは覚えているからな。ん? 宝くじ?
「あああああああああああああああぁぁぁ!」
『び、ビックリした! どうしたの急に大声なんかだして』
「どうしたもこうしたもねぇよ! 俺の……俺の……――が……頼む! 俺を元の世界に返してくれ!」
『それは無理』
「何でだよ! お前神様だろ! 何とかしてくれよ! 俺の――が!」
『言っとくけど僕は神様じゃないよ』
「え、違うのか?」
『うん』
「終わった……」
俺の夢が……複数あるうちの一つの夢が……。
『大丈夫?』
「大丈夫に見えるか? 俺の――が儚くも砂と化した所なんだぞ」
『そ、そうなんだ……』
十分後
『そろそろ良いかな?』
「ああ。で、俺に何のようだ?」
『お願いがあるんだ』
「お願い?」
『うん。実はね君は異世界に転生することになったんだ』
「なるほど。で?」
『驚かないんだね』
「まあな。こんな場所に居る時点で何かあるとは思っていたしな」
それにラノベや漫画の異世界転生は今となってはテンプレだしな。
「それで、お願いってのは?」
『うん。実はね君が転生する世界って僕が元居た世界なんだ』
「元ってことはお前も死んだのか?」
『不甲斐無い事にそうなんだ。でね、悪いんだけど君の体を譲って欲しいんだ』
「は?」
『理解できなかったかな? 僕にはねまだ遣り残したことがたくさんあるんだ。だから君の体を譲って欲しいんだ。良いよね?』
「お前馬鹿にしてるのかそんなの良いわけねぇだろ。なんで俺がお前に体をやらなきゃいけねぇんだ。馬鹿なのか? アホなのか? 脳みそ腐ってるのか?」
『さすがにそこまで言われると辛いな。でも、僕にはまだ遣らないといけない事があるんだ。だから無理やりにでもその体を譲って貰うよ』
「ほう、とうとう問答無用で奪うってか。面白れぇ」
表情は分からないが影が戦闘態勢に入ったのだけは分かるな。それに凄い殺気だな。俺の世界でこれほどの殺気を放てる人間を俺は3人しか知らねぇぞ。
『行くよ!』
影はもの凄いスピードで接近してくる。速い。確かに速い。だが、
「遅せぇよ」
懐に入り込もうとした瞬間、逆にカウロイで仕留める。確かに速いかった。だが、俺にとってはスローモーションにしか見えなかったがな。
影はその場に倒れこむ。
「弱っ!」
あまりの弱さに俺は声に出してしまう。が、影は次の瞬間粒子となって消えていった。
「いったいなんだったんだ」
『良い物を見せて貰ったわ』
「今度は誰だよ」
姿は見えず、スピーカーから聞こえてくる透き通った女の声が耳に届く。
『私は神様よ』
「ようやく神様の登場ってわけか。で、さっきのはなんだったんだ」
『あの坊やが話していたでしょ』
「死んだらしいな」
『そうよ。でもね、あの子はカインと言うの。それなりに周りから慕われていたんだけど、仲間を庇って戦死しちゃったのよ。しかしねぇ、それはあまりにも可哀想じゃない~。ふだから戻れるチャンスとして君の体を譲って貰うか奪うかすれば、元の世界に蘇らしてあげるって言ってあげたの』
「つまりはお前のせいで俺はとばっちりを食らったわけだな」
『もぉ~そう怒らないで。お詫びに君には三つも加護を与えてあげる。普通は一つだけなのよぉ~、感謝して欲しいわ』
「加護ね。で、それはどんな加護なんだ?」
『それは転生してからの、お・た・の・し・み♪』
「ったくどいつもこいつも腹黒いことだな」
『もう失礼ね。ま、事実だけどね。それじゃ頑張ってね~』
「ああ、今度は長生きするさ」
そう返答すると同時に視界が翳み、意識が遠のいていく。
そんな時、ふと、声が聞こえた。
『僕の代わりにみんなを………エレンを助けて欲しい』
その一言を最後に俺の意識は完全に闇の中へと消えていった。
本当に懐かしいな。が、エレンって誰だよ。ま、俺には関係ないな。俺は欲求を満たすために生きるって決めたからな。
仮眠をとった俺は朝日が昇ると同時に南西で始まる戦場へと向かう。
20日掛けて到着した戦場は前線だった。ま、地形から考えてもそうだと思っていたからあんまり驚きはしないが、それなりに集まってるな。総勢六千といったところか。
隊列をなして、開戦の狼煙を待つ軍隊、それに比べ呑気に駄弁る傭兵団。ま、当たり前といえば当たり前か。傭兵団に規律なんてものは殆どない。戦が始まるまではおしゃべりでもして時間つぶしするのが当たり前だからな。だが、強い傭兵団は個々の戦闘能力が高かったり、戦場においては屈指の統率力があったりするからな。雰囲気だけでわかるのは個々の戦闘能力ぐらいだ。
「おい、そこのお前!」
適当に隊の数が少ないところにでも入ろうかと思ったが、彼岸花と同じ紅色の髪を靡かせる女騎士に呼び止められてしまう。面倒ごとにならないと良いが。
「なんだ?」
「……私はこの部隊の指揮官だ。お前は何処の傭兵団の者だ」
俺の態度が気に入らなかったのか女指揮官は蔑む視線を向けてきたが直ぐに内容を口にする。
「俺は一人だ」
「一人だと……まあ、良い。歩兵隊の数が足りないのだ。今すぐ向かえ」
「分かった」
俺は女指揮官が指差した歩兵隊の場所に向かう。
「待て」
「まだ、何か? 女指揮官殿」
「……お前、名前は?」
「ジン」
「そうか。部下に言って名簿に記入しておく。行って良いぞ」
「それはどうも」
舐めきった態度が気に入らなかったのか女指揮官の鋭い視線を背中に浴びながら俺は歩兵隊に組み込まれた。ま、どちらにせよ。稼ぎ場にこれたんだ。どうにかなるだろ。
時間が来たのか、指揮官の命令で俺たちは戦場へと向かう。つまりここは応募した傭兵団や軍を集合させる後方拠点の一つなのだろう。
それから最前線の戦場へ向けて援護部隊として進軍を開始した。
最前線はここから西にある敵の砦の一つを奪還することである。元々は自国の砦だったらしいが敵の攻撃力の高さに奪われたらしい。まったく面倒なことだ。ま、雇われている身としては言えた義理じゃないが。
砦までは西に四日行った所にある。
敵は攻めに特化したタイプの指揮官らしくもう少しで奪還出来そうな所まで来ているらしいが、何せ兵力が足りないらしく、後一歩が届かないでいるらしい。それに加え、敵は援軍を呼びつけたらしい。しかし砦まで距離があるらしく、まだ到着はしていない。そこで俺たちが先に到着し速やかに奪還するのが今回の仕事らいし。それにしても向こうも向こうで攻めに特化した指揮官に砦の死守をまかせるなよな。アホだろ。それとも人手不足なのか? ま、どちらにしてもさっさと終わらせて酒が飲めればそれで良い。
進軍を開始して四日目。俺たちは援軍部隊は日暮れとともに最前線に到着した。で、いよいよ明日が出陣なわけだが、ほんと空気が違うよな。後方拠点に居たときとは違い。傭兵も軍も真剣な面持ちで明日の戦に備えていた。ま、俺には関係ないな。戦場があれば向かい。開戦すれば目の前の敵を斬り殺す。終われば次の戦場に向かう。それだけだ。ん? これって怠け者のすることか? どうも傭兵として生きてきたせいか怠け者としての錬度が下がっているらしい。でもま、自由に生きていることは確かだからな。ま良いか。
刃渡り2メートルある大剣を研いだ俺はそれを抱える形で明日に備えて眠る。幾ら稼げるかな……。
次の日、日の出と共に砦奪還作戦が開始された。
と言っても後方部隊の俺はいまだに待機していた。どうみても兵力が足りないだろ。せめて俺たちの歩兵部隊だけでも突撃させないとあの門は開かねぇぞ。ま、どうせ貴族どもの名誉や誇りがあるせいだろうけどな。まったく持ってくだらないな。そんな物で飯が食えるなら楽でいいよな。
それにしても、戦いが始まる前のこのピリピリとした緊張感は堪らないな。最高だぜ。
「我々も出陣する! 総員準備しろ!」
数日前の女指揮官が歩兵部隊の前で騎馬に乗って命令する。ようやくか。
女指揮官の言葉で部隊に緊張が走る。すでに抜刀している。が、俺はしていない。俺の剣は大きい分、こういった見方が密集した場所で抜くわけにはいかない。それにまだ敵が目の前に居るわけでもないのに剣を持って走るなんか疲れるだけだ。
「総員突撃!」
女指揮官は剣を砦に向けて命令する。それと同時に歩兵部隊、騎馬隊が耳鳴りするほどの咆哮を上げながら砦に向かって突撃した。俺も続く形で砦へと駆ける。
敵とぶつかるのにさほど時間が掛かることはなく、直ぐに敵の騎馬兵が俺を殺そうと槍を構える。が、殺られるかよ。
背中に担いでいた大剣を抜くと同時に敵に向かって振り下ろす。大剣は馬ごと敵を一刀両断しそのまま地面に減り込む。その光景に敵味方関係なく恐怖の表情を浮かべる。
「アホ面さらしてると殺られるぜ!」
次の敵に向かって突っ込み薙ぎ払う。敵兵の上半身が血飛沫と共に宙を舞う。
その光景に敵を怯み、見方は奮起する。が、俺は関係なく目の前の敵を斬り殺し、砦へと向かう。
砂が舞い上がり、血と汗の臭いが漂い、爆音と甲高い音と咆哮が轟き、空から矢の雨が降り注ぐ。これが戦場である。
銃が存在しない戦場。
あるのは大砲と投石器、剣と盾、戦術と力。これだけである。
まったくもって解り易い場所だ。生きたければ敵を殺し、強くなれ。人間の弱肉強食を身を持って知ることができる最高の場所。
正義など存在しない。正義は後からついて来る。
勝者にして強者が正義であり、敗者にして弱者が悪である。
それがこの世界の戦場だ。
「前世より解りやすくてほんと助かるよ!」
二人の敵兵を斬り殺す。さて、何処まで進んだ。
俺はその場で砦を見上げる。
「目の前だな」
距離にして30メートル。完全に独断専行だが、まあ大丈夫だろ。それに他の部隊の奴らもちらほら居るしな。
「それにしても、まだ開けられないのか」
破城槌で門をこじ開けようとしているが、開く気配がない。ま、当たり前に考えて上から油や弓が降り注いでいたらそれどころじゃないのは分かるが遅すぎるだろ。
降り注ぐ弓に刺され倒れた兵に代わって次の兵が破城槌を門に向かって激突させる。それの繰り返しをしているばかりでいつまで続けるつもりだ。このままだと敵の援軍が来るぞ。
「隙あり!」
「ねぇよ」
大声で叫びながら殺そうとしたって殺せるわけがねぇだろ。
立ち止まっていたせいか数人に囲まれてしまったが、何の問題もない。
「この程度いつもの事だからな!」
近づいて攻撃してくる敵に対して大剣で薙ぎ払う。ほんと毎回の事ながら一瞬だよな。
腸を出して倒れている死体を眺めながら呟く。
「さて、次は誰だ」
だからと言って気を抜く俺じゃないぜ。全方位に神経を張り巡らせて襲ってくる敵を待つ。
しかし、襲ってくることは無く、それどころか怯えた声で何か呟いているな。
「あんな化け物倒せるわけねぇだろ!」
「なんであんな大剣でそんなに早く振り回せるんだよ!」
ま、確かに怯えるのも無理ないか。俺にとってはこの大剣も少し軽い。つまり普通の人間が使う剣を持っている感覚なわけで、前世での剣術を使うのに支障はない。でも端から見れば大剣で剣術を使うとかホラーだよな、普通に。きっと前世だった頃の俺が見たって同じ反応するだろう。
「だからって手加減はしなねぇぞ!」
俺は敵に接近し振り下ろす。バターのように綺麗に真っ二つになった敵はその場で倒れるが、俺は門へ向かうため大剣を振るう。近づく敵は血飛沫の華を咲かせながら倒れていく。
「な、なんなんだよアイツは!」
「あんな奴に殺せるわけねぇだろ!」
俺の戦いを見て戦意喪失した連中が敵前逃亡をしようとする。
「ふんっ!」
しかし、敵兵二人は薙ぎ払われた大槌によって吹き飛ばされる。吹き飛んだ敵兵の一人に視線を向けると身体半分が粉々に粉砕しており、見るにも耐えない無残に死んでいた。
「腰抜け共が。敵前逃亡は死罪だ。」
馬上から吐かれる野太い声。右手一本で担がれるその手には血塗れの大槌。なるほどこの髭面の男がやったのか。それなりに強そうだな。
「どうやら今回の戦場は当りだな」
それが稼ぎ場としてなのか、強者と戦える事へなのかは俺自身定かではない。だが、きっとその両方なのだろう。
俺の手は既に真っ黒になるまで血で染まっている。ま、それは前世でも変わりが無いが、それでも力こそが全ての戦場において弱者は採取され、淘汰されるのみ。そんな場所に1年も居れば俺自身馴染んでいても可笑しくはないな。ま、それでもずっと戦場にたつつもりは毛頭ないがな。俺は傭兵であって武人ではないからな。
「お前、なかなやるな」
「見たところアンタもな」
「ふんっ、どうやら礼儀を知らんようだな。」
いや、知っているが。戦場で敵に敬語を使うバカはいないだろ。
「まあ良い。お前、俺の部下にならんか」
「は?」
「傭兵とはいえ、お前には見込みがある。いや、傭兵しておくには勿体無い強さだ」
おいおい、こいつ本気か。戦場のど真ん中で敵を勧誘とかただの馬鹿じゃないよな。
「それに俺はゴルム王国で伯爵の爵位を持つゴーラン家の当主にして、十本の指に入るほどの騎士! 『大槌使いのゴーラン』とは俺の事だ!」
いや、知らねぇよ。ま、どちらにせよ、
「お前のような髭面男の下につくのは御免だ」
俺の言葉に眉間に皺がよる。
「調子に乗るなよ傭兵風情が! 俺を侮辱するとは罪万死に値する。貴様はここで死んで貰う!」
「殺ってみな!」
馬の腹を蹴り、大槌を振り上げ、突撃してくる。それに対して俺も下段の構えで迎え撃つ。
「フンッ!」「オラッ!」
二人の声が重なると同時に大槌は振り下ろされ、大剣は振り上げられた。
「……あ…りえぬ……」
ゴーランの大槌が届くより先に俺の大剣が奴の身体を斬りながら、血飛沫と共に空中に舞い上がり、そして地面に叩きつけられる。何が十本の指に入る強さだ。いや、所詮は十本なのかもな。
しかし、俺が知らないだけでゴーランはそれなりに有名な騎士だったらしく、敵兵はどよめき、味方は雄たけびをあげた。
「お前、良くやった」
背後から声をかけて来たのは数度あった女指揮官だった。おいおい、司令官がこんなところに居ていいのかよ。
「こんな前に居ても良いのか?」
「構わない。お前のおかげでこの戦いは貰ったも当然だ」
「どういうことだ?」
「お前が今、倒した男こそ、この砦の指揮官だからだ」
「本当か?」
「本当だ」
マジか。てか、指揮官が砦の外に居ても良いのか。普通砦の中で兵たちに指示を出すはずだろ。いや、確か今回この砦を奪った指揮官は攻撃が得意だった筈。だが、それにしたって砦の外に出てくるとか馬鹿の極みだろ。どんだけ攻めに自信があったんだ。
「指揮官を失った兵はただの群れに過ぎない。それにお前が奴を倒したおかげで相手の士気は下がり、逆にこちらの士気は上がっている」
「確かにな。だが」
キィン!
「油断は禁物だぜ。指揮官殿」
大剣を振り上げ、飛んで来る矢を防いぐ。
「そうだな」
へえ、何気に素直なんだな。大抵はプライドだけ高い貴族連中は素直に返答したりはしない。これは好印象だな。
「それよりも、ようやく門を破った。報酬が欲しければさっさと働け!」
「分かりましたよ指揮官殿」
仕返しのつもりなのか、叱られてしまった。ま、さっさと倒して金だけもらえれば、それでいいや。
俺は砦の中に入り込み、残りの残党兵を斬り殺していく。
3時間も経たないうちに砦奪還作戦は終わった。
その後は門の修復や敵の増援部隊の対策など色々していたが、傭兵である俺には関係ないからな。適当にぶらつくとしよう。
「や、やめて!」
「うるせぇ! へへ、存分に楽しませて貰うぜ」
どうやら、空き家で誰かが高ぶった興奮を抑えるために女を犯そうとしているようだな。ま、それは強者の特権といえば特権だし、勝者への副賞みたいなものだ。だが……。
ドンッ!
俺は空き家のドアを蹴り破っていた。
「誰だ!」
「ただの傭兵だ」
突然の事に男は驚きながらも右手には剣を握り締めていた。どうせその剣で女を脅してただけだろうけどな。
「なんだ傭兵か。どうだ、一緒に犯らねぇか。最初は譲ってやるからよ」
「お、お願い……助け…て……」
「お前は黙ってろ!」
「きゃっ!」
叩かれる女の口からは血が垂れ落ちる。
「どうだ?」
「悪くないかもな」
「っ!」
俺の返答に女はさらに怯え、男は頬を緩める。
「だが、生憎と俺の指揮官殿は強姦を禁止しているからな。悪いが命令違反は即死罪だ。悪く思うな」
「なっ!」
男に返答すら与える事なく、大剣が振り下ろされる。これが前世での殺人現場なら壮絶だな。ま、ここは戦乱の世だから珍しくもないが。
「おい、大丈夫か」
「ありがとう御座います」
「気にするな。それよりこれでも羽織ってろ」
俺は部屋にあった布を女に放り投げる。
さて、どうしたものか。このまま放置すれば、他の奴らに襲われる危険性もあるからな。だからと言って女指揮官の許に連れて行ったら誤解されそうだしな。
「お前、これからどうする」
「私には家族が居ませんので……」
こんな時代だ。家族が殺されたりして独り身なんて大勢居るからな。
「そうじゃない。このままここにいても仕方が無い。俺の上司の許まで案内する。それで良いか?」
「あ、ありがとうございます。でも……」
「安心しろ。俺の上司は女だ。悪いようにはされないだろう。その変わり、ちゃんと女指揮官に説明してくれよ。俺が強姦したって誤解されたくないからな」
「解りました」
俺は襲われそうになった女をつれて女指揮官の許に向かった。ま、面倒ごとはさっさと済ませたほうが楽だからな。
俺は女指揮官の許に連れて行くなり、予想通り最初は疑われたが女が精一杯理由を話し、空き家で真っ二つになった死体を確認することで誤解は解けた。ふう、これで面倒事からはおさらばだ。
俺はこの場から離れようとしたのだが、
「おい、待て」
「なんだ?」
「最初のときも思ったが礼儀を弁えたらどうだ」
「俺は傭兵だ。そんな事言われても困る」
「まあいい。それよりも、助けてくれたな」
「知り合いなのか?」
「いや、違う。だが、非戦闘の女を強姦するなどあってはならない事だ。それが傭兵だろうとな。ましてや奴は私の隊の者だ。迷惑をかけた」
「別に良い。俺は指揮官の命令に従ったまでだ」
「それなら敬語を使え」
「断る」
俺は吐き捨てると、叱られないためにその場から逃げる。ああいったタイプの指揮官の説教はネチッこくて長いからな。
さて、報酬を貰うまで適当に時間を潰すとするか。
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