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夫の愛情は不要な妻6

 学校は在籍している令嬢たちと訪問者を装った学生以外の令嬢たちが、夜会ではその両方が色仕掛け込みでやってくる。自室ですら、20歳を過ぎているにもかかわらず離婚してきた女性が忍び込んでくる。

 アルバートの心の休まる時は男子学生だけの授業だけになってしまっていた。


 アルバートも歳相応の欲望を持っている。しかし、一度手を付ければ強引に正妃や側妃の座に収まろうとする女たちであることがわかっているので、手は出せない。正妃や側妃はアルバートの好き嫌いの感情で決めるものではなく、令嬢たちの家が役に立つかどうかで決められるものだから。

 それにアルバートが最も欲しい彼女は自分の正妃や側妃にはならないのだから、誰であろうと変わらない。役に立ちさえすればいい。

 結果、どうしても隙ができてしまう就寝時は別の場所に避難することにした。


 そうして選んだのは、先頃事件が起きたハルスタッド一族の女たちの離宮。ここには出入りできる者が限られており、先頃の事件で処罰が実際に行われたこともあって、そこに許しの人間を入れることもない。

 それにアルバートの側妃であるリーンリアナの寝室までは流石に入り込むような女もいない。いたところで、妻の寝室に本人を追い出して居座るような非常識な女を正妃なり側妃なりにしたというのは聞いたことがない。


 安心して眠れるのはこの女の隣だけか。


 その皮肉にアルバートは笑いがこみ上げてきそうだった。

 アルバートに言い寄って来る女たちは髪すらリーンセーラと同じ色ではない。あの色はハルスタッド一族以外にはほとんど持たない色だ。似ているところはあったとしても、髪の色が違うとアルバートにはどうしてもリーンセーラとは思えないのだ。

 しかし、リーンリアナはリーンセーラの妹で同じ色の髪と目を持っている。それでいて、アルバートが手を出してもいいと公式に認められている関係である。

 リーンセーラだと思えば抱けないこともない。


 そう結論が出てしまえば、アルバートは何の躊躇いもなく夫の権利を行使した。

 それはアルバートが次の学年に上がる少し前だった。


 正妃の問題は政治的に都合の良い人物に決まり、それとバランスをとれるような側妃も宛がわれ、アルバートは学校を卒業したと同時に正妃を娶った。


 本当にリーンセーラを抱いているような気持ちを味わえるリーンリアナにようやく子どもができたのはアルバートが19歳。リーンリアナが20歳の時だった。

 アルバートはハルスタッド一族の女を母親とする姉妹たちが母の一族の特徴を持っていることから、リーンセーラと同じ特徴を持つ子どもの誕生をそれはそれは待ち望んだ。

 他の妃たちは早々と子どもを産んだが全員王女だったので、リーンリアナが王子を産めば自分の次の王になるのは決定付けられている。


 リーンセーラによく似た自分の息子が王位に就く。


 それを考えただけでアルバートは感動がこみ上げてくる。


 アルバートにとって、リーンリアナは愛する彼女の代わりに王子を産む胎にすぎなかった。







 毒を盛られた事件から数週間後、離宮の人事は目まぐるしく変わった。今まで側にいた侍女たちが全員いなくなるところはどうにか阻止できたものの、細々とした雑用をしてくれていた侍女たちの顔ぶれが変わってしまったのだ。掃除をしているところに行き会った際、笑顔を浮かべて小さく頭を下げていた少女ももういない。

 ただ、侍女たちが離宮に戻ってきたということは、それまで慣れない仕事をしていた女騎士たちも本来の仕事に戻るということ。リーンリアナは親しくなった女騎士たちと扉越しでしか話せなくなる現実が寂しかった。


 せっかく、知り合えたのに・・・。


 リーンリアナは離宮の中庭と入り口の棟を隔てる門の扉越しに女騎士たちと話をするようになった。


 王太子の正妃になる筈だった公爵令嬢が父親と共に病死したこと。

 そのせいで王太子の正妃の座が空いたこと。

 その座を巡って、水面下の駆け引きだけでなく、王太子に直接自分を売り込もうとする令嬢たちのこと。

 嫁き遅れの年齢に達している既婚夫人ですら離婚して、王太子を追いかけまわしてみっともないと思われていること。

 果てには離婚までしてみっともないと言われたくないと、夫を殺させる事件まで起きたとか。

 アルバートの正妃の座を巡る女たちが引き起こす珍騒動はリーンリアナの心を楽しませてくれた。

 王太子が正妃になる筈だった令嬢の喪に服している半年の間はそれだけだった。


 それが喪が明けて、夜会に参加するようになれば、それまでとは比べものにならないほど激化していった。

 同じ日の夜会でアルバートと二回以上踊ってみせてようとする令嬢たちやアルバートと既成事実を作ろうとあの手この手を使う女たちの話に、形ばかりの妻でいることを受け入れてしまっているリーンリアナは自分の不甲斐なさを感じさせるくらいだった。


 彼女たちみたいに積極的に接していれば、アルバートの目に留まることぐらいはできたかもしれない。


 かといって、今更、リーンリアナはそんなことをする気もない。


 そのうち、アルバートの寝所にまで忍び込む者までいると聞くと、扉の内でも外でも笑い声が止まらなくなった。

 王太子の不憫さというか、正妃になる筈だった公爵令嬢がいなくなっただけで引き起こされる王太子の女難は、正妃の座とは無縁なリーンリアナや女騎士たちには笑いしか誘えなかったのだ。


 もう自分には関係ないこと。

 夫のことはこうして伝聞を楽しむもの。


 リーンリアナはそう思っていた。

 しかし、そう思っていた二か月後、安眠を求めてアルバートが訪れて共寝をするようになってしまった。それは毒を盛られた事件から八か月後のことだった。


 それから程なくして、アルバートは夫の権利を行使するようになった。

 リーンセーラの名で呼ばれ、その代わりに抱かれているという事実は、既に引き裂けるところなどないと思っていたリーンリアナの心を木っ端微塵にした。


 この男は私を見ることを拒絶しただけじゃなくて、私を抱くことすら拒絶して、お姉様だと思って抱いている。


 欲望を満たす為だけであろうが、義務を果たす為だけであろうが、それならまだリーンリアナの心を壊したりはしなかっただろう。

 リーンセーラとしてしか見られずに抱かれることなど、リーンセーラ自身ではないリーンリアナにとっては屈辱でしかなかった。


 恋い慕った相手に見てもらえない絶望を知ったリーンリアナは完全に壊れてしまった。

 今までと同じように見えていながら、アルバートへの恋心などすっかり失い、新しいリーンリアナになった。


 新しいリーンリアナは考えた。

 リーンセーラの身代わりにされているから屈辱を感じるのであって、自分からリーンセーラになりきって見れば違うのではないかと。


 試しに眠っているアルバートにリーンセーラが呼びかけるように「殿下」と呼びかければ、簡単にリーンセーラだと思い込んでくれた。

「侍女たちに気付かれないように夜のうちだけ妹と入れ替わった」と言えば、何の疑いも持とうともしない。

「侍女たちが起きる前に妹と入れ替わらなければいけない」と言えば、身支度を手伝ってくれて、別れを惜しんでくれた。


 なんて他愛もないの。


 手に届かない女を求める愚かな男の滑稽さを楽しむ為、リーンリアナは時折、リーンセーラのふりをするようになった。

 勝手に身代わりにされている時と自ら演技している時の違いが更にリーンリアナの笑いのツボを突く。


 アルバートの正妃が決まろうが、側妃が嫁いでこようが、正妃を娶ろうが、アルバートのことを笑わせてくれるお気に入りのおもちゃにしか思っていないリーンリアナにはどうでもよかった。

 別の妻がいれば、アルバートがそちらにも赴く義務ができて嬉しいくらいだった。

 入り浸ることができなくなったアルバートが訪れることがあれば、リーンセーラのふりをして「あなたと会えなくて寂しかった」と言えば、愚かな恋をした男は感極まって大喜びする。

 嫌になれば、「また毒を盛られたくない」とでも言えば、側妃や正妃のもとへ行って煩わせないでいてくれる。

 おかげで、身代わりにされる時が減り、リーンリアナは愚かな夫を翻弄できて満足した。



 ある日、姉たちとお茶を楽しんでいる時にリーンリアナは下の姉リーングレースから尋ねられた。


「リーンリアナ。あなた、別の妃にアルバートの子どもができても平気なの?」


 リーンリアナは笑顔で答えた。


「あれはおもちゃだもの。だから、私に王女しか産ますことができないことも教えるつもりはないわ」

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