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「あそこか。んじゃ、突撃するぞ!!! オレ様が一番乗りだあああああ!!」

 先ほどまでは、どうやら伊吹のテンションについていきかねて大人しくしていたらしいキノコが、やっと自分を取り戻したかのように雄叫びをあげた。


「ちょっと待って。私ちょっとそこの薬局行ってくるから」

「なんだとおおお!!! そういうのはもっと早く済ませとけ!!!!」

「ちょい待ってて。すぐ戻るから」

 早足で、ドラッグストアに向かった。

 キノコがテンション上げてる間くらいから貴一に聴取したところ、熱もあるけど頭が痛いのが一番辛いらしい。とにかく痛くて、と言っていた。おでこ触ったら、ほんとにすごく熱かった。

 普段なら急に必要になるかもしれない薬は携帯してるのだが、今回に限りはほとんど薬の類は持ってないとのことだったのでドラッグストアで購入することになった。

 一番怖いのは飲み合わせだが、前にあの研修医に話を聞いたところ、解熱鎮痛剤の類であれば問題ないと言っていた。吐き気もあると言ってたのと、研修医が、解熱鎮痛剤を買う時は必ずセットで胃薬も買って飲ませるようにと言っていたので、吐き気を抑えるような薬を選んでもらって購入した。

 ほんとなら、熱がどのくらいあるかを一応測っておきたいところだが、本人が拒否した。

「熱はちゃんとあるから測らなくていいよ」とのことだった。ちゃんとって……。まぁかなり熱かったので間違いはないが……。


 水と薬を買って、貴一に飲ませる。ポカリも買ったので、それは彼に持たせた。水分補給は大事だ。

「よし。終わった。じゃ、行こうか」


 キノコが先頭を切ってセンパイ(仮)の家まで突進していった。


 そのとき、実はまことの機嫌はすこぶる悪かった。


 伊吹は、何を考えているのだろうか。


 貴一が具合が悪そうなのは一目瞭然なのに、彼が一緒に探してくれてることに対してはなんとも思わないのだろうか。

 大丈夫?とか、具合悪いなら無理しなくていいよ、とかなんかそういう言葉があってしかるべきじゃないだろうかと思うのだ。人間として。

 それなのに彼女は、さっき薬を買ってくるとか飲ませてる時とかにチラッとこっちに視線を向けるだけでなんの言葉も発さなかった。

 その割には、自分の事に対しては涙ながらに訴えたりして。


 まことの中では、彼女は「何考えてるのか分からなくて取っつきづらい人」から「人の事を思いやれない自己中女」に格下げになっていた。それにしても、なぜ貴一はこんな女と一緒にいるのか。病身を押してまで探しているのか。それもそれで大変な謎だ。謎というより、不可解で苛つく。この集団全体が、不協和音を奏でてるようだった。ひりひりする。


 ☆ ☆


 やっと玄関先に到着。伊吹が家族の人に説明して、部屋に上げてもらうことができた。まだセンパイ(仮)からは連絡もないらしい。


 部屋に入ろうとしたら………

「なんだこりゃあああああああ!!! お一人様しかご案内できませんってかああ??」

 というわけで、部屋の実際の広さは分からないが、あまりにごちゃごちゃと物が散乱しているので一人入ったら二人目はベッドの上あたりに座らないと駄目で、それ以上の人数は収容不可能なハコだった。


 ちなみに一人の座るスペースは決まっているらしく、

「うおおおおおお!!!! オレ様の技を見るがいい!!!!!」

 若干うるさくなりすぎな感じなキノコの言ってるように、テレビゲームの前に座布団が敷いてあって、ここだけがきちんと座る場所になっていた。恐らくそのセンパイ(仮)の一日の多い割合をゲームの前で過ごしているのだろう。

「ちょっとー! ゲームするために来たんじゃないんだからやめてよ、もう。それに、それは人様のでしょ? もしセーブとかあったら台無しにしちゃったらどうすんの」

「そういう系統のゲームではないから大丈夫だ!!!! お前らは大人しく手がかりとやらを探していろ!! もしかしたら、ゲームの中にヒントがあるのかもしれないだろう?(にやり)」

「いや、ないんじゃないかと思うぞ」


 とりあえず、キノコは座布団の上に座り、あとは仕方がないのでベッドの上には男子二人が座ることになった。まことと伊吹は、申し訳ないがちょっと物を少し避けさせてもらって、座れはしないが立てるだけの場所をキープした。

「貴一。お前はちょっと横になっていろ」

 吉本の言葉に、貴一はごろりと布団の上に横たわった。さっきから重たそうな瞼の上下をくっつけて、壁側を見るように身体を回転させた。

 キノコの座ってる横にタオルケットがあったらしく、キノコがそれを吉本に放り投げ、受け取った吉本は貴一にかけた。まだだいぶ寒そうだった。


 さて、ここから何かヒントらしきものを見つけることはできるのだろうか。

 まことは辺りを見回した。

 本が多い。

 壁の三方が本棚で埋め尽くされていた。本……なのだが……

「なあ、この百合とかはなんなのだ?」

 吉本が当然疑問に思うであろうことを問いかけた。

 何しろ、本棚にある本のほとんどに、「百合」とか「ゆり」とかの文字が躍っているのだから……。


「…………」


(そうなんだ………)


 まことは一応一般教養(?)として百合の意味を知っていた。センパイ(仮)が友達、というところで貴一が微妙な顔をしていたことを思い出し、納得した。

(友達っていうよりそっちなのかな)

 ふと見ると、伊吹がすでに下を向いていて気のせいか赤くなっていた。

 伊吹に関してはちょっと悪い印象しか持てなくなっていたまことは、伊吹の口から答えさせたかったが、そこまでやるのは性格が悪すぎるかな、とも思い、ちょっとずれた答えを返した。

「百合っていうのは花の名前でしょ? 百合が好きな人が書いてる小説とか漫画とかじゃないの?」

 なるほど、と吉本は本を一冊手に取る(ベッドの枕元にも本が積まれている)。


「うひゃああ!!!!!!!」


 伊吹があり得ない声を出してその本を奪い取った。ものすごい速さだった。


 誰もが硬直し、貴一が上体を起こして目を丸くしていた。そこにいるすべての人が、同じ表情で伊吹を見ていた。キノコはゲームのコントローラーを取り落としていた。

 誰か知らない人がいたのかと思ったら、やっぱり本人だった。誰もが、信じられないけど事実だからと飲み込もうと努力していたが、人間できる事とできない事がある。

 むしろ今の出来事は消去したほうがいいのではないだろうか。彼女もきっとそう願っている。

 天使が通りかかって、驚きに立ち止まり、また去っていったような時間が経ったあとに、

「ああああ!!!! 負けてる!!! いつの間にか負けてるじゃないかあああ!!」

 とキノコが一番先に我に返って叫んだ。

 それを皮切りに、またみんなが動き出した。貴一はタオルケットをかけなおしてまた同じ姿勢に戻った。

 伊吹はさっきよりももっと赤い顔をしていた。さっきのショックによるキズが癒えるにはかなりの時間がかかりそうだった。おそらく誰よりもキズは深いだろう。

 まことは周りを見渡した。

 しかし、テレビゲームと本ばっかりの部屋だった。パソコンもあって、本来ならパソコンの中が一番何かありそうなのでそちらを捜索すべきだが、警察でもないのにそこまでのプライベートを侵害していいとは思えない。

 ちゃぶ台らしき机があるが、ちゃぶ台の上とか下とかには食べ物を食べた形跡がそのまま残っていた。

 せめてゴミくらいは捨てたらどうなんだろう、このままにしておくと虫とか沸くんじゃないだろうか、とか思ったが、人ごとなのでどうでもいい。


 つまり、何ひとつ手がかりが見当たらない。

 これは非常に困ったことだった。

 でも手がかりがないということは、もうこれ以上は付き合わなくてもいいということじゃないだろうか。

 あとはもう帰ってくるのを待つか、捜索願でも出してもらうかしかない。


 それを伊吹に伝えると、まただんまりで下を向いた。

(そこで黙られるとすっごく困るんだけどなぁ)

 伊吹の評価が下がっただけに、その一つひとつの仕草に苛立ちを覚える。ここでちゃんと解散して、貴一を病院に連れていこうとかそういうことは考えないんだろうか。

 イライラゲージがどんどん溜まっていった。


「なぁ、この写真……」

 貴一が、写真立てに飾られてる写真を手に取っていた。枕元にあったのか? 珍しそうにしげしげと見つめていた。

 みんなが近くに寄ったので、写真立てを吉本に渡した。

「「あ!」」

 そこには、ひとりの女性が男性と仲良く身体を寄せて映っていた。

「これってセンパイさんじゃないの?」

 伊吹が頷いた。

 センパイ(仮)は百合だ。それは間違いない。それが男性とこんなに親しげに写真をとってるというのはどういうことなのか。もしかして両刀か? いや、この本のラインナップからして、根っからの百合族だろう。

「家族……じゃないわよね。お兄さんとかだったら普通はこんなに密着して映らないだろうし」

「センパイ……一人っ子なの」

 低い声で、伊吹は言った。

 写真立てを吉本から受け取って、じっとそれを見つめていた。

(あれ?)

 百合の相手が伊吹だったとしたら、きっと伊吹はもっと慌てているだろう。ショックで動けなくなるとか、そういうこともあるかもしれない。

 が、彼女の表情は、凪いだ海を思わせるものだった。静謐な表情。

「村山さん、この男性知ってる?」

 まことが促すと、伊吹は首を縦に振った。

「知ってる。ネットで知り合ったって言ってた。家が近くてびっくりしたって。……もしかしたら、その人の所にいるのかも」


 表情通りに落ち着いた声音だった。今まで見たどんな表情とも違う。

 凪いだ海、その下のもっと下。深い海の底を思わせる。どこまでも深く身体は沈んでいき、彼女もそれに任せてどんどん沈んでいく。手を伸ばしても誰もいない。

 彼女はどこかで諦めていたのかもしれなかった。


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