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ここで時間軸はいったん敦実家を後にした時点に遡る。
アパートを背にして三人は無言で歩き続けた。普段あれだけ賑やかな三人が揃って黙ると必要以上に場が重たく感じた。もっとも、まことの内心も同じくらいに重たかったので、あまり苦にはならなかったが。
ふと吉本を見ると、難しい表情をしていた。何も考えていないときも同じような表情をするので、意外と今日の夕飯について思いを馳せているのかもしれなかったが。
心を読むとかいう話はにわかには信じられなかったが、金髪母の語るエピソードからは決して嘘とかそういうものの入り込む余地のない匂いがした。その部分だけ切り取っておいて、思い出すたびに刃物で切りつけているような記憶のカケラ。きっとそのカケラの近くには、他にも耳を覆いたくなるような、目を伏せたくなるような記憶のカケラもあるのだろうと思う。
そう思わせるだけのキズを、あの人に感じた。だからといってあの言動は許せるものではなかったが。
「ところで、女」
「何よキノコ」
「さっき言いかけていたのはなんだったんだ?」
「ああ、あのことな。オレも気になっていたぞ。ほら、貴一んち行く前に意味ありげに言ってたヤツだ。帰りに教えるとか」
「あー、あれね。うーんと、前にも言ったと思うけど、うちってお母さんが看護師やってるのね。それで噂で聞いたみたいなんだけど……。
敦実家では虐待が行われているらしい。
っていう噂が、流れてるみたいなの」
「虐待か。まぁあの勢いだとフツーに暴力振われそうな感じでもあるが。……ただ、あいつが虐待なんか受けて生きていられるのであろうかという謎が残る」
「うむ。オレもそう思うぞ。でも、噂なんだろ? 真相は違ったりするだろう。それこそヤツに聞いてみたりしない限り分からないのではないのか? そもそも、定期的に病院には行ってるんだろう? 虐待をする親というのは子供がなんかあっても病院には行かせないとかじゃないのか? それと、なんかそれらしき痕跡があったら病院の方からそういう筋の所に連絡とかしなきゃいけないんじゃないか?」
「まぁ、そうなんだけどね。通報も特にされていない。だから、噂で留まってるの。単なる噂、なんだけど……」
「何か気になる事でもあるのか?」
「気になる事っていうか、さっきちょっと部屋の中が見えたんだけど、……お皿が割れて床に落ちてて、コップとかも落ちてて、椅子が逆さになってた」
「なんと」
実はチラッと見えたとかではなく、スキを狙って家の中を覗いたというのが正しいところだった。金髪母が寝る場所だけは確保して、割れたものを周りにテキトーに避けただけという乱雑さだった。片付けようという意志が、そこには見当たらなかった。
更に言うなら、他には布団が敷かれているだけでテレビなどの家具はなかったように見えた。眠るには雨風をしのぐ必要があるからという理由だけで存在してる家みたいな雰囲気だった。
吉本が、気持ちを切り替えるようにして口を開いた。
「さて、肝心の貴一はいったいどこにいるのであろうか」
「そうだ。そしてあの無風女もだ」
「だからどうしてその二人がセットなのだ?」
「勘だ!!!」
言いつつも、三人は特に当てもなく歩いていた。
まことは二人の話を聞き流しながら周りを見ていた。ここら辺はアパートが密集していて方向感覚が掴みづらいので、迷わないように用心をしているつもりで見ていると、暗い色のアパートの間に緑が見えた気がした。
「あ、ちょっと向こう行ってみない?」
「ん? 何かあるのか?」
キノコがまことの視線の先を追うようにする。近眼なのか、目を糸のように細めている。
「公園っぽい感じだな」
「うん。ちょっとあっち行ってみよう」
アパートの間をすり抜けるようにして通ると、やはり公園があった。暗い雰囲気の壁ばかり見ていたので、緑がやけに明るく目に飛び込んできた。
「おおおおおお!!!!!! あれは!!!!」
キノコが興奮したように叫ぶ。
公園にはベンチがあり、あの後ろ姿は間違いなく、
「やはりあいつらは二人でサボっていやがった!!!」
(本当に二人一緒だった)
まことは、あの二人と合流したときにどんな事を言えばいいのか必死に考えていたが、まったく思いつかなかった。