表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

「どこ行こう……」

 敦実貴一は古い階段をゆっくりと降りながら、溜息を大きくついた。


 結局母親が起きたあとのコンディションは最悪で、「出て行け!」「化物が!!」を筆頭としたありとあらゆる暴言と暴力を一身に受けたため、それ以上の被害を防ぐべく母親の安定剤を分かりやすい場所に置いてさっさと家を出た。

 こういう時は、どんなに言葉を尽くしても落ち着かない。とにかく、自分が彼女の視界から消えるのが一番の薬だということは身にしみて分かっている。


 階段を降りる途中で力が尽きて座り込んで手すりにもたれかかった。激しい動悸に目眩。胸を宥めるように手をあてた。冷や汗が背中にべったりと張り付いている。


 暴言はともかく、睡眠不足と栄養不足で体力が弱ってる時に暴力を受けたらたまったものではない。彼女の手が届く場所にあるものすべてを投げつけ、最後には椅子を振り回していたのだ。歩けなくなるほどの怪我はしなかったようで、それだけは助かったと思っている。


(困ったなぁ)


 歩けない。立ち上がれない。酸素が圧倒的に足りず、必死に呼吸を繰り替えしているがどうにもならない。苦しい。


 ―――と、ふと視界を何かが横切った。頼みもしないのに頭が勝手に、横切ったものを人だと分析し、個体名を脳裏に浮かび上がらせた。こんなことに酸素を使ってしまったらもったいないじゃないかと本来なら思わないといけなかったが、今だけはその偶然に感謝した。

 何せ今は本来なら学校にいる時間。同じクラスの。隣にいる少女だった。正確には、百合少女。


 鉛のように重たい身体をゆっくりと持ち上げて、手すりを命綱のように掴みながら、心拍数を上げないようにゆっくりと階段を降りた。


「村山さん」


 追いつかないかと思ったが、百合少女がきょろきょろと辺りを見回しながらゆっくりと歩いていたのでなんとか追いついた。

 肩で荒い呼吸を繰り返しているのは、決して自分が走って追いついてきたからではない。

「何、してるの?」

 話をするというのは存外酸素を消費するらしいく、体感的には立っていられてるのが不思議なくらいだ。少しでも気を抜いたら失神しそうだった。


「…………」


 答えてくれず、いつものように俯くだけだった。そしてやっぱり彼女の心の声は聞こえてこない。

 今のコンディションで彼女の次の言葉をこのまま待つのは不可能だったため、目の前が真っ暗になりそうになったタイミングでしゃがみ込んだ。風が喉に当たるのか、何度か咳もでた。


「…………………………………………走って………きたの?」

「………まぁ、そんな、とこ」

 心情的には、と内心で付け足した。

「血………」

「え?」

「血が出てる。顔」

「マジ?」

「こっち」


 言って、彼女は貴一の腕を引いてゆっくりと歩き出す。歩けるかは不安だったが、流れに身を任せた。それなりに涼しい天気だったのが幸いだった。


 ☆ ☆


「裏切り者には制裁を下すべし! 一度ならず二度までも女を連れて学校サボりやがってえええええ!!!!!!」


 キノコは腕を上に突き上げて叫んだ。周りの生徒はみな、慣れてるせいかこちらを見ようともしない。触らぬ神に祟りなし、ということらしい。まったくもって賢いことで。まことは小さな溜息をついた。巻き込まれるのはもう慣れてしまった。

「しかし、この賢いはずのキノコがなぜこんなに馬鹿なんだろう」

「なんか言ったかああああああああああ!!!!!!」

「いや」

「でも、ほんとにどうしたんだろう。二人とも」

「どうしてまこともキノコも二人が別件で休んでるとは思わないのかが不思議なのだが。貴一は昨日盛大にぶっ倒れてたではないか。むしろ来てたら追い返すつもりでいたのだぞ」

「まぁ……、そうなんだけど」

 

 女の勘、とか言ったら格好いいかもしれないけど、そういうわけではない。


(実は見ちゃったのよねぇ)


 昨日の帰り、まことと吉本が貴一を送っていったのだが、その際、まことは忘れ物をして1回教室に戻っていた。

 その時に、いつもは帰る時間になったらすぐに帰宅している村山がなぜかまだ学校にいて、窓を開けて外を見ていた。いつもなら先ほどの吉本の言ではないが、時が止まっているかのようにぴたりとすべての動きが静止しているかのように見える彼女だったが、その瞬間ばかりは外からの風が彼女の横髪をさらりとさらっていき、ちらりと見えた横顔が、なんだか笑っているように見えたのだ。

 楽しげに見える視線の先にいたものは、貴一と吉本の二人組だった。ふと見たら、吉本が貴一をおぶろうとしていたが断固断ってたシーンだ。どちらを見て笑っているのか、それともこちらからはそう見えるだけで、他に何か面白いものがあるのか。

 彼女の瞳が映しているものがなんなのか、無性に気になったのを覚えている。


 彼女がこんなにも人間らしく・・・・・見えたのはこれが初めてだったから。


(らしく、なんて失礼か。正真正銘の人間なんだもんね)


 そしてそれと今日の二人の欠席はまったく関係ないものなのかもしれなかったが。関係あるという可能性もある。だとしたら、どんな関係なのか。


(ん?)

 昨日から、伊吹に対してことあるごとに変な気分になっている自分に気づいた。どちらかというと苦手なタイプだったのに。


「よし! とりあえず貴一の家に殴り込みにいくぞ!!!!! ものどもよ! ついてこおい!!!!!」

「………もしほんとに具合悪いんだったらすっごく申し訳ない気がするのだがいいのだろうか……」

 吉本の発したごく真っ当な意見は、どうやら切り込み隊長には聞こえなかったらしい。


 キノコは義憤(?)に駆られ、吉本はもしもの時の謝罪の台詞を考えながら、そしてまことは二人の言ってる事はあまり頭に入らないままに微妙な気分でつま先を見つめながら歩いていると、背中に強い風がぶつかって三人の髪の毛を真上にさらっていった。

「なんだ今の風は」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ