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2030年。5月30日。
『その日』は、僕の6歳の誕生日だった。
ーピピピと騒がしい音を立てるデジタル時計の存在に気が付くと、僕は横になりながら左手を伸ばし、半ば強引にそれを掴み取り、スイッチを切る。
そして、まだ眠たい目を無理矢理こすり、勢いよくベッドから飛び出すと、一目散に台所へと向かった。
ートントンと音を立てるまな板、コトコトとスープを煮込む鍋の香り。
それらが、僕のお腹を鳴らすのに、そう時間はかからなかった。
台所には朝食の支度をしている母がいた。
「おはよう。お母さん」
「おはよう護。1人で起きられるなんて珍しいわね」
母の皮肉は、僕を少し申し訳ない気持ちにした。
ー僕の名前は、椎名護。お父さんとお母さんが一生懸命考えて付けてくれた名前だ。
この前、お父さんが、弱い人をまもることが出来る、強い男になれるように付けたと、僕に話してくれた。
僕はこの名前がとっても好きだ。
「…うん。だってさ」
続きを話そうとする僕の言葉を遮り、母は話す。
「うんうん。今日は護の誕生日だものね。お誕生日おめでとう。護。…もう6歳か。また1つお兄ちゃんになったね」
僕は少し照れながら、話す。
「ありがとう、お母さん。…そうだ!お母さん。今日の誕生日パーティーの事なんだけど、まさと君も、まりちゃんも、たける君もお昼から来るからね」
「はいはい。ほら、朝ごはんの準備がもうすぐ出来るから、顔を洗って歯磨きしてらっしゃい」
「はーい」
いつもは、こんなに聞き分けなんて良くない僕だが、今日は待ちに待った『僕の誕生日』だ。
どんな母の無理難題だって、聞ける自信がある。
そのくらい今日の僕は、充足感と高揚感が、頭頂部から足の爪先まで支配していて、今なら空だって飛べる気がしていた。