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マッチ売りの少女がマッチに火を灯して全力で幸せになる!

作者: 柊 紅葉

とあるマッチ売りの女の子のお話です。


「マッチ~、マッチ~、マッチはいりませんか~?」



マッチの入ったかごを片手に寒空の下声を張り上げる。だが本日はクリスマスイブ、仕事を切り上げ、いそいそ帰路をたどる者たちへは哀れな少女の声など届かないのだろう。イエス・キリスト誕生の前夜祭なのだからちょっとぐらい貧しい女の子に優しくしてくれたっていいじゃないかケチ。


はぁーと凍える手に息を吹きかけ空を仰ぎみる。ああ、母さん、世知辛い世の中ですね。


私の名前はアンナ、まあよくいるただの町むすめで父が失業し呑んだくれになったためマッチを売って生計を立てています。母は去年病気でなくなりました。貧しく可哀想な薄幸の少女です。同情した人はマッチを買ってください。


手を温めながら周りを見ると辺りの家々が暖炉に火を入れクリスマスだからとごちそうを用意している。うらやましい、あの1割でいいから幸せを分けて欲しい。というかリアルにあのパンのひとかけらが欲しいです。昨日から水しか飲んでないんだよ。ああ、ひもじい。せっかく母さんに似て美人に生まれたと言うのに栄養たりなくてこの美貌が失われたらどうしよう。世界の損失じゃないですか。


マッチを持ってよたよたと町中を歩きまわる。足元がおぼつかないのはおなかが空いたからだけでなく、はきなれた靴じゃないからだ。これは母さんが形見として残してくれたもので嫁入りの際にはいてきたというとても大切なものだ。私が嫁入りのときはぜひはいていってほしいと最後に母さんはいっていた。ではなんでそんな大切な靴をはいているのかというと幼なじみであるジョンに『アンナの靴はいただいたぜ!べ、べつにアンナのものだからほしいとかそういうわけじゃないんだからな!』といって靴を取られたからだ。ツンデレ乙。男の子は好きな女の子のことはいじめたいというしそのことだけ考えるとほほえましいのだが靴は本気で返していただきたい。この雪が積もり緑が見えなくなる時期に靴がないのは軽く死ねる。足が真っ赤になるどころか凍傷になって動かなくなりそうだ。でもジョンは意地を張っているのか中々返してくれない。ちくしょう。


そういうわけで他にはく物がないため母さんの形見の靴をはいている。お嫁にはまだいかないけどきっと母さんも許してくれることだろう。そうじゃないと昇天しちゃいそうなんです。


母さんの真っ白な靴をはいて雪を踏みしめて歩く。マッチを売らなければ今日のパンも買えない。私は声をふりしぼった。



「へーい、らっしゃいらっしゃい!マッチはいかがですかー!新鮮ピチピチ赤ぼうしのマッチですよー!」



だがマッチはまったく売れない。ふむ、やはりピチピチは死語だったか。ここはもぎたて新鮮☆のフレーズの方がいいのかもしれない。よし、もう一度だ。


そうして再び客引きを始めたのだがやっぱりマッチは売れなかった。このクリスマス前のこの時期にマッチを切らしている家はないのかもしれない。ならばマッチが売れないことも仕方ないことだろう。けして私の客引きが下手とかそういうわけではない。


ならもう普通のマッチでは売ることはできない。なんらかの付加価値をつけるべきだろう。幸せのマッチとかどうだろう?今日はクリスマスイブという重要な行事だ。この日に幸せになりたいとみんな思うだろうからこのネーミングはいいかもしれない。それに買ってもらえると(私が)幸せになれるのであながち嘘でもない。


うん、これはいいアイディアだ。幸せのマッチ!なんかこう聞くといいことが起こる気がする。


私は早速幸せのマッチ(という名の在庫品)を持って近くの男性のところへ行く。その男性は深くぼうしをかぶっており安物のコートの襟に顔を埋めている。私は早速声をかけた。




「こんばんは!マッチはいかがですか?」



「あ?マッチだぁ?」




男は不機嫌そうに襟から顔を出す。おっと、これは明らかに嫌がられていますね。出だしから幸先わるいことだがそんなことはいちいち気にしてられない。


今日マッチが1個も売れなかったらどこかの家の軒先で体を丸めながらお母さん、私もつれてって、と眠りにつくことになりかねない。まだお母さんのもとにいけるほど人生満喫しておりませんから。私は老衰で死ぬと決めてます。


そのためにも私はこんなところでくじけません!だが、このままだと逃げられそうだ。ならば今こそさっきできたばかりの幸せのマッチを使うのだ!



「そうマッチですよ!ただしただのマッチではありません!これは幸せのマッチなんです!」



「幸せのマッチ?なんだそれは?」



男は怪訝なものを見る目で私を見てくる。あやしい奴だなとでも思っているのだろうが足を止めたってことは興味があるということだ。ならばこの隙にたたきこめ!私のマッチ売りでつちかった販売スキルをみせてやる!



「そうです!そうなんです!このマッチは幸せのマッチなんです!いっけんただのマッチにみえますがこのマッチをすりますとボッと炎が燃え上がりありとあらゆるものに火をつけられるようになります!暖炉にだってろうそうにだって簡単に火をつけられるですよ?お買い得でしょう!さらにこのマッチによりつけられた炎にあたると心もからだも暖まりとても幸せな気持ちになります!幸せになりたいでしょ?幸せになりましょう!」



「お、おう」



私の熱烈トークにひるんだのか男がたじたじになる。ふふふ、我ながら素晴らしいトーク術だ。なんか客観的にみるとどこかの宗教勧誘文句みたいになっているのだがまあいいや。動揺しているようだし今がチャンスだろう。ここで押しきってしまおう!



「この幸せのマッチをこの度はあなた様だけに!今日偶然神様のご縁でお会いできたあなた様だけに!特別にお譲りいたします!ごらんください、これが幸せのマッチです!」



そういって手元のかごからひとつマッチを取りだし男の目の前ですってみせる。実際に品物をみせることで購買力をあおろうという戦略だ。品物をひとつ使わせたのだから買ってくださるよね?という罪悪感につけこむ作戦でもある。よく食商品売り場で行われている試食と同じ戦略だ。もっともあの場合は試食売り場を何周もし夕食とする強敵もさもいるわけだから採算が取れるとは言いがたいが。私も試食は大好きです。ただ飯うめえ。


まあマッチ売りでもこっちがすったマッチなんか歯牙にもかけないような奴がいることだろうが、こんな小さい女の子を無下にはしないでしょう。それにもしダメなら、ああ、貴重なマッチをすってしまったなんて、お父様になんていいわけしましょう、と泣き落とします。


そうしてにっこり笑いながら火のついたマッチを男の前に差し出した。その瞬間だった。マッチからまばゆい光が溢れだし何かの光景がうつしだされた。・・・え?


ぼうぜんとしながら私はその不思議現象をみていた。男のほうも驚きながらもその光を凝視している。


光の中にうつし出されていたのはひとりの女性と小さな女の子だった。2人は楽しそうに手を取り合って笑っている。え、なにこれ。


しばらくみているとそこにひとりの男性が加わった。よくみるとそれは今マッチを売り付けようとしている男だった。


驚いて顔をあげ男をみると男は目を見開いて涙を浮かべていた。やっぱりこの光にうつしだされているのはこの男らしい。


そして光の中で女の子が男性に飛び付き男性が女性と女の子を抱きしめた瞬間映像がとぎれた。なんで、と思ってみると私の手の中には黒い煙をあげるマッチの燃えかすがあった。どうやら火が消えたら終わりのようだ。


今の不思議な光景はなんだったのだろうなーと思って頭をかいているとガッといきなり肩をつかまれた。ビクッと体をふるわせ顔をあげるとそこには泣き顔の男がいた。



「お嬢ちゃん、今のはなんだったんだ?」



そういう男は涙声だった。えっと、どうしよう。ぶっちゃ私もなんで今のできごとが起こったのかまったくわからないけどどうみても私のマッチのせいだよな。とにかく何かいわないと。


だけれど何をいえばいいのかわからない。思考だけがぐるぐる周り気付けば私は口を開いていた。



「今のはあなたの幸せです」



自分でもなにをいっているかわからないが1度うごきだした口は止まらなかった。



「これは幸せのマッチであなたの幸せを教えてくれるんです」



そういってにっこり笑うと男はそうか、と呟いて涙をぬぐった。



「かみさんと娘が俺の幸せなのか。はは、あいつら帰ってこねぇかな」



ひとつくれと男はいうと私からマッチを一箱買い、去っていた。私はその背中を見送りかごの中のマッチに視線をおとす。


結局いまのはなんだったんだ?うつったのは男にとっての幸せだったらしい。本当に幸せのマッチになってしまったのだろうか?マジで?え、じゃあ私も幸せにしてください!


1本マッチを手にとって(もちろん使いかけの箱からだした)すってみる。私の幸せはなんだろうとわくわくしながら炎をみていたがゆらゆら揺れてやがて消えた。私の幸せは教えてくれないらしい。なにそれひどい。からだは寒いんだからせめてこころくらい満たしてくれてもいいじゃない。私にとっても幸せのマッチになってくれよ!


しくしくと嘆きながら私が無駄づかいしないようにわざとステキなものをマッチがうつしださないようにしてるのだと自分をなぐさめてみる。そうだ、そういえば今ひとつマッチが売れたんだった。みると手の中にはしっかり10ペンス硬貨が収まっている。10ペンス!10ペンスだと!?


こんな大金で売れたのか!?不思議現象の余韻でいくら払われたのかわかってなかったけどすごい値段だ。ちなみにマッチ1個の仕入れ値は1ペンスです。10倍の値段で売れました。ぼろ儲けですね、うへへ。一気に幸せになりました。マッチさんありがとう!


私はマッチの入っているかごを抱きしめる。もうすっごく幸せです!この調子で売っていって私もみんなも幸せになろう!私は手当たりしだい道行く人に声をかけマッチを売っていった。幸せのマッチはいかがですか?というとみんな疑いのまなざしでみてきたが実際に灯りをともしてみるとすぐに信じた。


ある人は自分の作品が評価されるところを、ある人は恋人と仲むつまじい姿を、ある人は子どもが産まれ家族に祝福されるところをマッチにうつしだされた。


そのたびにマッチは売れかごは軽くなっていく。だがその代わりにふところがどんどん重くなっていったので私はニヤニヤ笑う。


くふふ、これだけあったら暖炉に入れるための木炭が買えて温かいパンとスープを食べることができるぞ。ああ、そうだ。せっかくのクリスマスイブなんだから七面鳥も買っていこう。ごちそうがあれば父さんの機嫌もよくなって前みたいにちょっとは笑ってくれるかもしれない。


まだマッチは残っていたが早くしないと店がしまってしまう。十分稼いだしここらで引き上げておいしいものを買いにいこう!


ふふん、と鼻唄を歌いながら軽い足取りで道を歩いていくとふと見知った顔が視界にうつった。あれは花売りのミリーじゃないのか?ミリーは病気のお母さんと二人暮らしをしていて、お母さんの薬代のために花を売って働いている女の子だ。境遇が似ているからか互いに親近感を覚え私たちはとても仲がいい。まあ私の方は父さんの酒代になるのだけれど。


にしてもこんな時間にどこにいくのだろうか?もう夜なってきた。花が売れる時間帯でもないだろう。


不思議に思い首をかしげているとミリーの隣に男の人がいることに気が付いた。黒いコートを着てミリーになにやら話しかけている。その顔にはニヤニヤと下品な笑みが浮かんでいる。


男がひとことふたこと話すとミリーが暗い顔で頷いた。男がミリーの腰に手をやる。そのしぐさにピンときた。



「そこの陰険黒コート!私のミリーになにをするんだー!」



「なんだお前?っ、ぎゃああああっ!??」



私はふたりの元へかけよると黒コートの股間をけりとばした。黒コートのそまつなものが使い物にならなくなっちまえ!と念をこめた私のけりはかなりの威力を発したらしい。聖なる夜に不埒なことをたくらんだ天誅である。その場にうずくまり身体をふるわせる黒コートに背をむけ私はミリーの手を引いてかけだした。


ぶかぶかの靴をはいていたため速くは走れなかったが黒コートに追い付かれることはなかった。よほどダメージを受けたらしい。ふはは、ざまー。


しばらく走り完全に黒コートが見えない場所までくると私は足を止めミリーを見る。ミリーは青ざめうつむいていた。



「ミリー、あんなことしたらダメだよ。ミリーが売っていい花は野はらで摘んだきれいな花だけだよ」



そういってミリーの頭をポンポンとたたく。ミリーが売ろうとしていたのはミリーがたったひとつしか持っていない花だ。どんなに貧しくてもそれだけは捧げてはいけない。あげていいのは好きな人だけだ。


ミリーはそういうとわっと声をあげて泣き出した。ミリーは目を手でおおったけれどもその間から涙がこぼれていく。



「お金がひつようだったの。お母さんがもうなんにちも高熱でうなされていて今日がとうげかもしれないって、」



「カルアさんが?」



ミリーがこくりとうなずく。カルアさんはミリーのお母さんで病にかかっていると聞いていた。だけれどもそんなに具合がわるくなっているとは知らなかった。



「そっか。お医者さまはよんだの?」



「うん。だけれどもなおすにはお金がいるんだって。35ペンス、そんなお金どこもないよ」



そういってミリーはすすり泣く。35ペンスは大金だ。花売りであるミリーは花束をひとつ1ペンスか2ペンスで売る。毎日売り上げがあるわけではないし売れたとしてもほとんどが食べ物と薬代で消えていることだろう。とてもじゃないがそんなお金は蓄えていない。


ミリーは涙をぬぐい嗚咽をおさえながら言葉をつむいだ。



「さ、さっきの男の人がいったの。一晩自分のものになればお母さんの薬代はだすって。わ、私いまからでもあの人に、」



「ミリー、」



ふらふらと元きた道を戻ろうとするミリーの体を押さえる。ミリーをあんな男の元へやるわけにもいかないしそもそもあの黒コートは私があれを潰したせいでミリーの相手をできないだろう。どちらにしろダメだ。


泣いているミリーの頭を撫でてあげる。ミリーのはり裂けそうな胸のうちは私にもわかった。私も去年母さんを病で失った。同じ思いをミリーにしてほしくない。


私にはひとつこの状況をなんとかする手立てがあった。ふところに硬貨の重みがある。いつもの私ならミリーを抱きしめることしかできなかっただろう。だけれども今日は、今日だけは、私はミリーを助けてあげられるのだ。


頭の中で七面鳥がパタパタと飛んでいく。仕方がない、ミリーは友達なのだ。私がお腹がすいてどうしようもないとき食べれる草や花を教えてくれたのだ。あのときの花のみつの味は一生忘れない。花粉がついててちょっと粉っぽかったけど。


私は胸のところにいれていた灰色の薄汚れた袋を取りだしミリーの手に握らせる。じゃらりと音をたてたそれをミリーは驚いた顔で見つめた。



「アンナ、これ、」



「実はさっきこれを拾ったんだ。だからきっとこれは神様からミリーへのプレゼントだよ」



そういってヘラりと笑う。ミリーは信じられないものを見たというような顔をしたあとふるふると首を横に動かす。そして持っていた袋を私に突き返した。



「受けとれないわアンナ。こんな大金が落ちているわけがないもの。これはあなたの稼いだお金でしょ?もらうわけにはいかないわ」



「いいんだミリー。本当に落ちてたんだよ。今日はクリスマスイブなんだし神様からの贈り物があったっておかしくないだろ?もらってよ」



そういって薄汚れた袋を押し付ける。ミリーはしばらく私と袋を交互にみたあとやがて泣きながら『ありがとう』といって袋を受けとった。


さあ、早くお医者さまを呼びなよといっていつまでも泣いているミリーを追い払う。ミリーはなんどもありがとう、といって小走りに去っていた。ミリーのお母さんは助かるといいなー。


肺にあった空気をはきだすようにはぁーと息をはく。夜もふけてきたからか辺りには誰もいない。街灯の灯りだけが暗やみを照らしている。


手持ちは軽くなったかごにはいっているマッチだけだ。結局お金も稼げなかったわけだしこんなんじゃ家に帰れない。私はとぼとぼとひとり夜道を歩く。あー、寒いなーと思って身体をふるわせるとちろちろと視界に白いものが入った。どうやら雪が降り始めたらしい。


ホワイトクリスマスか。どっかのリア充たちはさぞ盛り上がっていることだろう。ひとり身はつらいことだ。


かじかんだ手足がだんだんと動かなくなっていく。私はポケットから宣伝用に使っていたマッチを取り出した。これならもう商品にならないし使っちゃってもいいだろう。


箱の中から1本のマッチを取りだし側面にこすり付け火を起こす。マッチの火は小さくゆらゆら揺れている。やっぱりこのマッチは私には幸せを見せてくれないらしい。ひねくれた奴だな。だれに似たのか。


小さくきらめくマッチをじっとみる。小さな灯りなのに見ているだけでこころが穏やかになる。


もう私には行くところもないしなくなるまでこのマッチの灯りを眺めていようか。そう思った瞬間だった。



「フフフーン。ん?うおおおおっ!!そこのガキどけえーー!!」



「え?うぎゃあああああっ!!!」



野太いおっさんの叫びにふりむくと私のほうに向かって馬車が突っ込んできたのだ。悲鳴をあげながら慌てて飛びのきなんとか轢かれずにすんだのだが雪の上をスライディングしたため服はでろでろになり、かごから投げ出されたマッチ箱があっちこっちに散らばった。雪の上に投げ出されたマッチ箱はしっけてしまいもう使い物にならないだろう。ふざけんな!なんでこんなことになるんだよ!せめてマッチの火で暖まりたいというささやかな願いすら叶えてくれないのかよ!神様鬼畜すぎないか?私がなにをしたというのだ!


うわーんと、泣きべそをかきながら絶望にうちひしがれていると私を轢こうとした馬車が止まり御者がちらりとこちらを見てきた。



「ちっ、あぶねえだろがガキ。ちゃんと注意して歩けよ」



そうぶつくさいうと御者は前を向きなおった。え、これなんで私が怒られるの?鼻唄歌ってたしあきらかにあいつの前方不注意だろ。私はわるくない。


泣きっ面にはちとはまさしくこのことだ。どうしてこんな目に、せいぜいマッチの値段ぼったくったくらいじゃないかといじけているとガチャリと馬車のドアが開いて身なりのいい男の子が出てきた。わお、イケメン。



「御者、何をしているのだ?」



「へ、へい、お坊ちゃま。なんというかこのガキが前から飛び出してきましてね、」



そういって御者は手を揉みしだく。おいこら。私は飛び出してなんかいないぞ。こいつ自分の失敗を私に押し付けるつもりだな。そんなことは許さないぞ!自分の尻くらい自分でふけよ!



「ちがう!私は飛びだしてなんかいないよ!そっちが勝手に突っ込んできたんだ!」



「な!このガキっ!」



御者がぎろりとにらんでくる。私がおとなしくしていなかったのが気に食わないのだろう。ふふーん、怖くなんかないよーだ。いっとくが今の私には失うものなんかないんだからな。かかってこいや!


私と御者がにらみ合い火花を散らしているとそれまで静観していた貴族の男の子が馬車を降り私のところまできた。そして雪でずぶぬれになっている私に向かって手をさし出してきた。



「どういう理由があろうがお前がこの子をひきかけたのは事実だろ?大丈夫かい?僕の乗っている馬車が君にひどいことをしてしまった。すまない」



「ぼっちゃま、こんな下町の子どもにあなた様がお手をさし出す必要なんて、」



「はい。大丈夫です」



私は貴族の男の子の手を取り立ち上がる。その際御者が悔しそうにしていたからざまあみろと心の中で舌を出す。それが伝わったのか御者はこっちをにらみつけてきた。へへん。


にしてもこのイケメン、顔だけでなく中身までイケメンである。貴族様なのだからこの御者のいうように平民なんて捨て置いてもおかしくないのに庇ってくれて、手まで貸してくれた。貴族にもいい人がいるのね。ちょっと感動した。


世の中捨てたものじゃないなーと思っていると貴族の男の子はちらりと私の散らばってしまったマッチに視線を向けた。マッチがほしいのですか?残念ながら本日アンナの幸せのマッチは完売しました。また明日お求めください。



「どうやら君の持ち物を駄目にしてしまったようだね」



「はは、まあそうですね。でも体が無事でとりあえずよかったです」



「よかったら僕に弁償させてくれないか?いくらだい?言い値を払おう」



「マジですか!」



貴族の男の子の言葉に思わず素の自分がでてきてしまった。いやだってぶっちゃけ弁償してもらえると思ってなかったんだもん。貴族だぞ?我の通行を邪魔したこやつを罰せよ!とかいわれてもおかしくないんだよ?身分の差は絶対なんです。そんなところを気づかってもらえるもとは思わなかったわ。


え、これってふっかけてもいい?貴族様だしふっかけても大丈夫ですよね?35ペンスとかいっていい?やったー!これでパンが買えるよ!スープが飲めるよ!頭の中でくるくる七面鳥が踊ってます。


やっぱり神様はちゃんと日ごろの行いを見てくださっているのですね!神様ありがとう!


急にやってきた幸運に上機嫌になった私は小躍りでもできそうな気分だった。さすがに貴族様の前だしやめとくけど顔がにやけるのがとまらない。


これってなにかお礼をした方がいいんじゃないだろうか?転んだ私に手をかしてくれてダメになったマッチの代金まで払ってくれるというのだ。ぜひともお礼がしたい。私は握りしめていた手のひらを開く。手の中にあったこれだけは無事だった。



「貴族様、私のような平民を気にかけてくださりありがとうございます。お礼に幸せのマッチをさしあげます」



「幸せのマッチ?」



貴族の男の子は不思議そうに首を傾げた。私はうなずいて手のひらから握りしめていたため少し形の崩れたマッチ箱を取り出す。中を開けるとひとつだけマッチが残っていた。


私は笑顔でそのマッチをすった。マッチに小さな灯りが灯り辺りが明るくなる。私は今日何度も繰り返した文句を述べた。



「これがあなたの幸せです」



そうして光の中に映像が浮かび上がる。その中にはふたりの子どもの姿があった。


ひとりは目の前にいる貴族の男の子の姿だった。にこやかな笑みを浮かべて幸せそうだ。


もうひとりは女の子だった。金色の髪に青色の目を持ち赤いショールを巻いたかわいらしい女の子、って


・・・これ私じゃん。なんで私が貴族の子の幸せの中にうつしだされているの?


ぼうぜんと私は光の中にうつるものをみる。話はまだ続くようだ。


ふたりは笑いあい手をつなぐと仲よくどこかのお屋敷に駆けていく。


そしてその中でふたりの子どもはすくすくと育っていきやがて大人になり教会の鐘が鳴り響く中、結婚式を上げた。


光はそこで消え去った。私は見たものを信じることができずただ燃えかすとなったマッチ棒を見つめていた。しかし、しばらくするとうつしだされた物を思い返してハッと意識を取り戻す。


え、私だったよね?あれ私だったよね?鏡みた回数が少ないから若干自信がないんだけど赤いショール巻いてたし間違いなく私だったわ。


うん、なんで私があの光の中に出てくるの?この子の幸せに関わってくるってこと?いやいや、ないない。貴族と平民だぞ?こうやって対面していること自体おこがましいくらいなのに結婚?ありえない。


これどうやってごまかそう。平民ごときが貴族との結婚を夢見るだと!?この無礼者め!とか怒られてもおかしくないぞ。とりあえず逃げる準備はしておこう。


そんなわけで恐る恐る貴族の男の子の顔をのぞきこむと顔が真っ赤だった。やっぱりお怒りですか?



「ももも、もうしわけありません!これはえっと、不良品みたいだったようで、」



「いや、いい。あれは僕の幸せを映し出しているのたろう?きっとそうだと思う」



そういって貴族の男の子は私の手を握りしめた。え、なにこの展開。



「実は馬車の窓から君を見たときから気になっていたんだ。なんて可愛らしい人なんだろうと。今、光に映し出されたものを見て僕は確信した。君は僕の妻になる人なんだ」



「えっと、でも私は平民で、」



「そんなことは関係ないよ。ねえ、君の名前を教えてよ」



うっとりと笑みを浮かべて貴族の男の子はそういった。なんでこんなことになったんだろう。このマッチ麻薬成分でもはいっているんじゃないか?貴族様がラリってしまったぞ。だけれどここで答えないという選択肢もない。だってむこうは貴族、私は従わなければならない。私はごくりとつばを飲み込みその問いに答えた。



「あ、アンナです」



「アンナか。いい名前だね。僕はアルフレッド・カーディウェル。これからよろしくねアンナ」



そういわれどうしていいかわからずとりあえず私はマッチの燃えかすをにぎりしめながらあぜんとしていた。



それから私はあの光の中にうつしたされたお屋敷、アルフレッド様の家に連れていかれ彼の婚約者だと紹介された。


当然みんな大反対だったのだがアルフレッド様の決意は固くどうせ子どものたわ言だろうと周りが折れ彼が大人になっても気持ちが変わらないならば許可するということになった。


それまで私は召使いとして屋敷に留まることが許され、いずれアルフレッド様も私のことなど忘れるだろうと安定した給金にうきうきしながら育っていったのだが、大人になっても気持ちの変わらなかったアルフレッド様が家名をついだとたん妻として迎えられることになった。人生なにが起こるかわかったものじゃないな。


アルフレッド様は綺麗な貴族のご令嬢より私の方がいいらしい。たぶん彼の目は曇っているのだろう。私は母さんの形見の白い靴を履いてアルフレッド様との結婚式に臨んだ。そして今に至る。


私はマッチを擦り、火をつけ、部屋のランプに灯りを入れていく。


明るくなった部屋で私は手の中にあるマッチの燃えかすをじっと見つめる。


今までに私の擦ったマッチは何度も色んな人の幸せを映したが結局今日まで1度も私の幸せは映し出さなかった。本当に頑固な奴だ。私の幸せだって見せてくれたっていいじゃないか。


そう文句を言ってやりたいところだが今日のところは勘弁してやろう。今の私があるのはこのマッチのおかげなのだから。


確かに幸せのマッチは私の幸せの映像を見せてくれなかった。だけれどもやっぱり私の幸せもこの光の中にある。マッチの火により明るく照らされたこの部屋をノックする音が聞こえた。


とうぞ、と返事をするとやや荒々しく扉が開き精悍な顔付きの男性が入ってきた。この十数年で彼はさらに素敵な人になった。



「アンナ、ただいま」



そして帰ってきた旦那様に私は満面の笑みで答えた。



「お帰りなさい、アルフレッド」



私の幸せはこの輝かしい光の中にある。



ーendー



冬の童話祭に出そうと思ったら参加表明してなかった。残念

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― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白かったです!!ファンになりました!!! 私も小説を書いていますがこんなに面白く書けま ん・・・。よく、つまらないと言われます・・・。 どうやったらこんなストーリー思いつくんですか?…
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