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七角柱の走馬燈は少々毀たれても止まらない  作者: 敗綱 喑嘩
   第二章 勇者達の二年後
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148節

148 綾戸彩子

 私は、首都にある大学の内の、所謂〝音大〟に通う学生だ。高校二年生の時に三ヶ月弱程度部活にもレッスンにも出られなかった時期があったので、実技、特にもともと苦手だったピアノ演奏に大きな不安を抱える状態で試験を受けることとなってしまったが、倍率低下に助けられてか何とか合格することが出来、今こうして在籍している。入ってみてから思い知ったが、漫画とかの中の、バイトとサークルと飲み会に明け暮れるスーパーモラトリアム学生、ありゃ、嘘っぱちと言うか、少なくともウチみたいな大学には関係のない話だね。レッスンも課題も物凄く厳しいし、おまけに進路もお先真っ暗と来たものだ。テレヴィとか実際に足を運んでとかでプロの演奏を聴くたびに、本当に凄いなと感銘を受けたものだが、こりゃ、当然だ。これだけ鍛えられて、しかもそこからの狭き門を突破した奏者達、そりゃ、とんでもなく秀でるに決まっている。

 自分のアパートの部屋の中、寝る前のシャワーを浴びた後にだらしない恰好でぼんやりしている私は、ふと、部屋の隅に転がしてあるトライアングル、幼い頃に買い与えられたそれに目を止めた。ああ、あれを見るたびに、ややこしいことに思いを巡らすことになるんだよなぁ。実家から出てくる時に、自戒のお守りみたいになるかなと思って一緒に持ってきた訳だが、まあ、不要だったね。これだけ厳しくされていれば、もう、更なる戒めなんて要らないよ。だからと言って捨てる訳にも行かないし、まあ、帰省することがあったらその時に持って帰ることにしようかな。

 しかし、帰省までは少なくとも数ヶ月はあるだろう、ならば今日のところは、ややこしい思い巡らしに敢えて身を投じてやることにするか。そう、あの、全く記憶にない三ヶ月弱、私は一体あそこで何をしたのだろう。あのトライアングル片手に会場へ赴いて、そして気が付けば、勝ち残りとしてヴィールス治療を受けつつ病床で寝ていた。私の意識に残る記憶はそんな感じなのだが、親も友人もその他知り合いも、私がその三ヶ月の前後で変わったと言うのだ。一見幼く馬鹿っぽいけど実は賢いという娘から、きちんと知性に相応しい挙止を身に付けた娘になった、との評であるが、正直まるで実感がない。殺したり殺されたりする生活の中で何かが身に付くとでも言うのだろうか。実際何かは身に付くだろうが、しかし、それは振るまいの洗煉に繋がるだろうか、全くそんな気などしないのだがな。では、何が私を変えたというのか、いやそもそも、私は本当に変わったのだろうか。私が変化を実感していないのではなくて、周囲の人間が、三ヶ月弱姿を消した私を、記憶の中で勝手に醜化したということはないだろうか。だって、私が何か変えられたというよりも、そっちの方が現実的ではないだろうか、私に全く実感がないことを鑑みれば。そう、代謝機構を知り尽くす医者よりも痛風患者の方がそれのもたらす痛みに敏感であるのと同じように、私の方が私の心に置ける変化に対して敏感な筈であるのだから。

 私はこうやって漫ろに考えてみるのであるが、しかし、やはり今回も結論らしい結論は何も出ないようだ。もう、寝ることにしようか。そう思った私が、目覚まし時計代わりにしている携帯電話のアラーム機能を設定しようと、それに手を伸ばすと、新着メールが一件来ていた。おや、シャワーを浴びる前に全てのメールを読んだばかりなのだがな、とにかく見てやるか。

 私は、そのメールを開くと、ベッドの上に体を仰向けで投げ打ち、まるで庇にするような調子でまっすぐ伸ばした腕の先に携帯電話を掲げ、画面の文面を良く読んだ。ふむ、どうしたものかな、何とか時間が作れるだろうか。

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