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辺野平字


ズズズと茶碗に満たされた抹茶すする音。


「ふむ……結構なお点前」


ほぅと茶碗から口を離して、感嘆の声を上げる、50過ぎの男。


「ほれ、これは今月の分かだな。お疲れ様」



茶色のスーツの裏ポケットから薄い封筒を取り出し、対面の男に手渡す。


対面の男は額に青筋を浮かべながらも、精一杯の笑顔を浮かべて、ありがとうございますと力強く呟き、封筒を上着のポケットにしまう。


スーツの男はうっすらと笑顔を浮かべながらその光景を見て


「このご時世、真面目な生徒がいる、これほど学校や教師にとって幸せなことはないな。来月のお茶会も期待しているよ」


悠然と茶室から出て行く。その後ろ姿に頬をひくつかせ呪詛を掛けるように睨みつける男。


「あれが学校の校長とは悪い冗談だ。絶対に金貸しの方が天職だな」


呟いた愚痴は一人しかいない薄暗い茶室に消えてゆく。




「西南戦争を最後に、侍という職業は消滅をしました」


暖かい日差しが差す教室の中に、朗々と響く教師の声。


「なら忍者はどこで消滅したんですか?」


クラスに必ず一人はいるお調子者がちゃかすように口を挟む。


「忍者ですか……公式記録では、幕末、ペリー提督が来日のしたときに黒船を偵察したのが最後の記録となっています。付け加えるならば、忍者も侍の分類に入ります」


「えっ忍者って侍だったんですか!」


「そうですよ。有名なところで言えば、伊賀忍者の服部半蔵ですね。忍者の代名詞とも呼べる存在ですが、本人は忍働きよりも、戦場において鎧を着て槍を振るう武者働きが主でした」


「それじゃあ、なんで服部半蔵は忍者の代名詞になったんですか」


「おおざっぱに言いますと、天下を取った徳川家康に付いたからです。そして、服部は伊賀忍者の上忍、すなわち数多の忍者を抱える元締の一人です。一将功なりて万骨枯れる、数多の忍者達が服部家の為に働きました。部下の責任を取るのがトップの勤めですが、裏を返せば、部下の功績はトップの功績です。これが忍者、服部半蔵のイメージの土台、第一歩です」


「第一歩と言うことは、二歩目はなんなんですか?」


「二歩目はですね……って、ああ時間が」


そこまで話をして教師は時計と黒板を見比べて慌てて授業を進め始めた。


「一将功なりて万骨枯れる……冗談じゃない」


「ん?辺野くん?どうしたんですか?」


「いや、なんでもないです」


教師はそうですかと、追求を打ち切り、授業を再開する。辺野と呼ばれた生徒は小さくため息を吐いて席にもたれ掛かる。


辺野平字(への・へいじ)中肉中背の至って平凡な、平凡過ぎて記憶に残らない顔つきの高校二年生の男である。


この男の通う桜学園は中高一貫、生徒数6千人の巨大学園である。単純に計算すれば一学年でおよそ千人。 それを受け入れる学園の敷地も広大である。


こうなると、教師だけではカバー出来ない事が増えていき、その結果、生徒間による自治組織が力を持ち強大化していく。


別名、生徒が運営する学園とも呼ばれている。


そして自治組織、要は風紀委員を筆頭に各種部活動は華々しいものがある。生徒数6千人を誇る学園の部活動は学園の名前通り、桜のように咲き誇っている。


そして、辺野平字は帰宅部、ようは無所属であった。


授業が終わり、辺野の男友達は皆、部活に赴くため、彼は一人帰路に着く。


部活動が華やかな学園とはいえ、帰宅部の数も少なくはなく、また校則でバイトが認可されており、お小遣いを稼ぐ為に、アルバイトに勤しむ学生も少なくない。


辺野平字もそんなアルバイト学生の一人である。


最も、人に言えないと頭に着く仕事ではあるが。




深夜0時をまわった時間帯。


とあるビルのワンフロアを貸し切って作られたオフィスにカタカタとキーボードを打つ音が響く。


スーツを着用している従業員がパソコンとにらめっこ。よくある残業の風景。


従業員は手慣れた様子でマウスを動かし、社内のデータを閲覧しようとしたところ、首に大蛇が巻き付いた。


いや、それが大蛇ではなく、人の腕だと認識出来るまで、従業員は保たなかった。


倒れ付す従業員に、目を隠し、口にさるぐつわを噛ませ、手足を縛り上げる。


その動作は手慣れたものであり、従業員が縛り上げられるまで一分と掛からなかった。


パチパチと静寂を破る場違いな拍手。フロアの入口からヒゲの豊かな初老の男性が拍手を送っていた。


「いやはや、忍者というのは凄まじいな。こうもあっさり捕縛してくれるとは。企業機密の漏洩でどれほど我が社が損害を被ったか。すぐにでも口を割らせたいものだよ」


「尋問までは請けてはおりませんが、追加でやりましょうか?」


「いや、結構。こいつは私直々に絞め上げたい。それに『IGA』に頼むより格段に安くは済んだが、それでもそこそこの金額は払ってる。財布の紐を締めたくもなる」


「そうですか。ではまたなにかございましたご連絡を」


うむ、と返事をするも、興奮し血走った目つきで従業員を睨み付けたままの初老の男性。


こちらの話は半分も聞いていないだろうと思いつつ、老いても血気盛ん。そうでなければ企業の社長は勤まらないのだろう


そんなどうでも良いことを考えながら忍者と呼ばれた男はオフィスを後にした。




オフィス街を抜けて繁華街へ

時間は0時を回っているが、夜の町はこれからだと光と音が溢れている。


「辺野君、こんな時間になにをしているの?」


「校則違反だな。まぁ理由によっては見逃……っすぞ」


0時過ぎの繁華街にはおよそ似つかわしくない学生服を纏った二人組。

先にも述べたように桜学園は学生に様々な活動が認められており、中でも全校生徒を取り締まる立場の風紀委員の権力は絶大である。

繁華街のような治安の悪い場所には、この二人組の他にも、夜間パトロールしている風紀委員はごまんといる。


「ああ、体調が急に悪くなってね。薬を買いに。24時間やってるドラッグストアはここにしかないから」


「風邪?……気を付けてね」


そう言いつつも、辺野がぶらさげているビニール袋に目線を動かし、ドラッグストアのロゴが入っているかなど、さらりと裏取りをしているあたり、あなどれない女だ。


「そうか、お大事にな」


逆に男の方は、辺野の言い分を信じ、本心から心配している。


なんとなくこの二人がコンビを組まされた理由が見えてくる。


さきほど見逃そうかと言ったときなど、隣の女が瞬時に足を踏んでたし。


「ああ、ありがとう。風紀委員の仕事、頑張ってな」


二人に手を振り別れ、帰宅の途につく。風が吹き、二人の会話が聞こえてくる。


「甘いよ。辺野君には悪いけど、疑うことが私達の仕事なんだよ。あまつさえそれを堂々と見逃すなんて」


「まぁまぁ、そうやって疑ってばかりじゃ疲れちまうぞ。もっと大らかにだな」


「大らか大らかじゃこの仕事は成り立たないよ」


「まぁまぁまぁまぁ……ほら鯛焼きでも食べてだなまずは、怒りを……」


なんとも甘酸っぱい会話である。


辺野は肩に鉛を背負い込んだような錯覚を受ける。


二人の姿が見えなくなり、繁華街を抜け、寮近くの公園で、重りに耐えられなくなり、ベンチに倒れ込むように座る。


先程の風紀委員達の会話を思い直す。


あの甘酸っぱい会話、部活に所属し青春を謳歌する。


子供の頃、胸を躍らせたボーイミーツガールのマンガみたいだ。


学校に入れば、美人な女の子との出会いや、部活等に入って青春を謳歌する。


汗と痛みに塗れた幼少時代。高校に入ったらきっと素敵な事が起こる。


そう夢見て疑わなかった幼少時代。


しかし現実に、そういった夢を具現化した存在を見ながら、やってることは昔と変わらない。


いや、むしろ酷くなっている。


いや、諦めちゃ駄目だ。真面目にやってればいずれ日の目を見るときも、素敵な女の子との出会いもあるに違いない。


抜け忍、辺野平治はそうやって自分を慰め、風紀委員に見つかった時に誤魔化すためにと買ってきた栄養ドリンクを一気に飲み干す。


明日からもっと頑張ろう。もっと仕事を入れよう。学費さえ払いきれば、自由の身だ。


夜空を見上げ、星に吼える。


「俺は負けねぇぶっ!!ごほごほっ!」


急に叫んで、飲み干したドリンクが気管に逆流しようとも





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