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バイト・オブ・ヴァンパイア  作者: イツロウ
ヴァンパイア・ヘルパー
4/7

ハンター


  12


 翌日の昼間。

 すべての授業を終えた私は磯城島先輩と一緒に学生アパートへの道を歩いていた。それは、この間の提案――帰り道を送ってもらうという先輩の提案を甘んじて受け入れたからだった。

 昨日はいきなり通り魔に襲われて、夜は全く眠れなかった。

 未だに高速で飛翔してくるナイフの鈍い光沢が脳裏から離れないくらいだ。あの通り魔にまた狙われるかもしれないと考えるだけで一人で帰るのが不安になる。

 ドナイトさんは“ハンターじゃなくて通り魔で良かった”なんて言っていたけれど、私にとっては通り魔も恐怖の対象だ。

 何も言わずに先輩の腕を掴んで歩いていると、先輩が話しかけてきた。

「そう言えば涼子ちゃん聞いた? この近くで3人が通り魔にやられたんだって。」

 磯城島先輩から通り魔の話題が出て、私は改めてあの時見た帽子を深くかぶった彼のことを思い返す。

(通り魔……殺人鬼……。)

 世間ではもうすでに切り裂きリッパーなんて言われてるらしい。確かにあのナイフの使い方は素人の私から見ても華麗だったし、塀に簡単に傷をつけるくらい切れ味もよかった。

 もしアハトくんやドナイトさんがいなかったらと思うと恐ろしい。

 あのまま抵抗できないまま切り裂かれていたかと考えると鳥肌が立ってきた。

 そんな私の気も知らないで、磯城島先輩は通り魔の話を続ける。

「ニュースでは言ってなかったけれど、一昨日の晩に殺されたみたいだよ。昨日の朝に公園で発見されたんだけど、その内の一人は生きたままバラバラにされたんだって。」

「……。」

 私が4人目にならずに済んでよかった……。

 昨日のことも警察に通報したほうがいいのだろうか。

 でも私は目撃しただけで、実際に刺されたアハトくんには刺し傷も残ってないのだし、証拠にはならない。

 でも、通り魔に顔を覚えられていたらどうしよう。

 怖くて夜道は歩けそうにない。

「……怖いですね。」

「大丈夫だよ涼子ちゃん、もし通り魔が来ても俺が返り討ちにしてあげるよ。」

「絶対無理ですよ……」

 磯城島先輩の心遣いは嬉しいけれど、あんな化物を相手に勝てるとは思えない。

 私の言葉に磯城島先輩は不服そうにしていたので、私はすぐにフォローの言葉を送る。

「いえ、無理に通り魔を倒そうだなんて考えないで、私を守ることを優先して欲しいといいますか……。頼れるのは先輩しかいないんです。」

「あ、ああ……。そうだね。」

 お世辞を言い過ぎたかもしれないけれど、先輩が頼れる男性だというのは事実だ。

 小さい頃からお互いを知っている、いわば幼馴染だし、先輩なら兄妹のように私を大事にしてくれるだろう。 

 今後、通り魔騒ぎが収まるまでは帰りだけも先輩に送ってもらうことにしよう。

 やがてアパートに到着すると、郵便受けから封筒が顔をのぞかせていた。それは裏に何も書かれていない差出人不明の封筒だった。

(アハトくんの手紙……届くのが早いですね。)

 中にはレティーという女のヴァンパイアの住所を記した地図が入っているはずだ。

 私は磯城島先輩に見えないようにこっそりと封筒を開けて中を確認してみる。

 すると、A4の紙に印刷された地図にはこの近辺の住所が載っていた。

(結構近いですね。ここから歩いて行ける距離です……。)

 折角だし、このまま先輩に近くまで送ってもらおう。

「あの磯城島先輩、今からあっちの公民館でサークルの集まりがあるみたいなんです。……送ってもらえませんか?」

 嘘を交えてお願いすると、すぐに先輩は快諾してくれた。

「もちろん。実は俺もこの後そっち方面に用事をしに行く予定だったんだ。ちょっと準備するから待っててくれないかい。」

「本当ですか? それじゃ私も準備してきます。」

「10分後にアパートの玄関で、いいね?」

「はい、お願いします。」

 本当に用事があるのか怪しいものだが、こちらから頼んだのだし先輩の好意を無碍にするわけにもいかない。

 それに本当に通り魔のことが怖かったので、有り難く送ってもらうことにした。


  13


 磯城島先輩と公民館で別れると、私は少しだけ時間を置いてレティーというヴァンパイアが住んでいるマンションへ向かった。

 その場所の一帯はマンションが密集して立地しており、かなり視界が悪かった。

 周辺にある普通の一軒家の日当たりが気になる所だ。

 地図に従ってそのマンションの一つに足を踏み入れると、私は階段を使って5階まで登る。そこには地図にメモされた通り、501号室が存在していた。

(ここですか……。)

 築20年と言った所だろうか。マンションの壁は所々汚れていて、タイルが欠けている場所も見られる。

 他の3人のヴァンパイアとは違って普通の部屋に住んでいるんだな、と思いつつ、私はドアの横にある呼び鈴を押した。

 するとすぐに室内から足音が聞こえ、勢い良く部屋のドアが開いた。

「おー、来た来た……っと、あぶねー、まだ夕方だったな。」

「……!?」

 ドアを開けたのは女のヴァンパイアではなく、クローデルさんだった。

 クローデルさんは西日に当たらないようにドアをさらに開くと、そのドアで太陽の光を遮って私に近づいてきた。

 そしてあろうことか、いきなり私のスカートを捲った。

「いやっ、ちょっと……クローデルさん!?」

 私は必死にスカートを押さえて中が見えないように頑張る。

「“いやっ”じゃねーよ。その短いスカート、捲ってくださいって言ってるようなもんだぞ?」

「言ってません!!」

 私は強めに言うとクローデルさんの手を払いのけて玄関から離れる。

 何とか事なきを得たが、強く押さえたせいでスカートは少しだけ下にずり落ちていた。

(全く……セクハラというより犯罪ですよ……。)

 大学から着替えないままここに来たので、今の私は大学生という肩書きに適した服を着ている。……具体的に言えば肘丈のストライプの大きめのシャツに、チェック柄のプリーツスカートだ。脚にはニーソックスとロングブーツを履いている。

 中学生っぽいファッションだけれど、赤嶺先輩は似合っていると言っているので問題はない。そもそも、赤嶺先輩が“こういう服を着ていないとナメられる”と言ったのでこんな短いスカートも我慢して履いているのだ。

 そうでなければ毎日上下ジャージで過ごしたい。

 ……とにかく、クローデルさんのセクハラに頭にきた私は、スカートを捲った手を再度掴み、そのまま日の当たる場所まで外に引っ張りだした。

「アチッ!! 殺す気か!?」

 瞬時にクローデルさんの腕が黒ずむ。

 それでも私は腕を引っ張り続ける。

「ちゃんと謝ってください。本当に殺しますよ。」

「悪かったよ……。ちょっと捲られたくらいで大げさな奴だな。」

 曲がりなりにも謝ってくれたので私は腕から手を離してあげた。

 クローデルさんには悪いが、このくらいしないとセクハラを止めてくれそうにないのだ。でも、一応次からはスカートを履くのは止めておこう。

 部屋の中へ逃げるようにして退散したクローデルさんの後に続き、私も暗い室内に入っていく。

 レティーというヴァンパイアは留守なのだろうか。

 でも、あのクローデルさんが留守番をするわけがないし、他に理由があるのだろう。

 その理由を想像しつつ開けっ放しの扉を抜けてリビングに入ると、室内に綺羅びやかな金色を見つけた。

 それは室内にいた女性の髪の色であり、その長い金髪は言葉を失うほど綺麗だった。

「わぁ……。」

 内ハネ気味の金髪は女性の腰まで伸びており、暗い中でもはっきりとした光沢を確認できた。また、その金髪の合間から見える腰つきも素晴らしく、スレンダーな体は女の私が見ても生唾を飲み込んでしまうほどセクシーであった。

 ただ、彼女は作業着というか、ファッションとは程遠い恰好をしていて、腕にはおばあちゃんとかがよく使うような腕カバーを付けていた。

 ここで私は気を取り直し、彼女に向けて挨拶をする。

「こんにちは。アハトくんに紹介されて来ました、松乃木涼子です。」

 自己紹介を交えて挨拶をすると、彼女は椅子に座ったまま私に顔を向けてくれた。

「話は聞いてるわ、ようこそいらっしゃい。」

 紅い瞳に白い肌……この人がアハトくんが言っていたレティーさんみたいだ。

 それにしてもため息が出るほど美人さんだ。

 しかし、彼女は特に何も言うことなく視線をもとに戻す。

「あのー……」

「……。」

 彼女はリビングのテーブルの上で何やら細かい作業をしているみたいだ。

 少し気になって近付いて見てみると、ものすごいスピードで数種類のトレーから小さな部品をピンセットで取り出し、これもまた小さなパーツに取り付けていた。

 レティーさんは数秒足らずで10以上の小さな部品を取り付け、それが終わると順次テーブルの端に並べている。既にそこには大量の完成品が並べられていた。

 何かの電子部品だろうか、その完成品の表面では細かい配線が複雑に入り組んでいた。

(これは……あ、そういうことですか。)

 これはどうやら内職らしい。

 視線を彼女の背後に向けると大きなダンボールが何箱も積まれており、その全てに組立済みのシールが貼られていた。一人で全部やっているのだろうか……。

 クローデルさんは手伝うでもなく勝手にテレビを見ていた。

「この方がレティーさんですよね?」

 黒くなった腕をさすりながらバラエティー番組を鑑賞しているセクハラヴァンパイアに確認の言葉を送ると、肯定の言葉が返ってきた。

「おう。ホントはレティシアって言うんだが、みんなレティーって呼んでるな。」

 レティシアさん……。こちらのほうがしっくりくるし、私はちゃんとした名前で呼ぶことにしよう。

 続いて私はここにクローデルさんがいる理由についても訊いてみる。

「お二人は結構会ったりするんですか?」

「そうだな。結構近所だから月に1回は会ってるぞ。……で、さっきまで涼子について色々話してやってたんだよ。」

「ちゃんと本当のことを話してくれてますよね……?」

「もちろん、めちゃくちゃ優秀だって言ってやったぜ? 今までに数人雇ってみたが、どれも途中でバックれて来なくなったし、それに比べりゃ前途有望だ。……ホント、上手いこと恩を売れて運が良かったぜ。あの時のチンピラ共には感謝しねーとな。フフ……。」

 私としても恩を買ったのは結果的に良かったかもしれない。特に、アハトくんの給料は魅力的すぎる。

 クローデルさんはそれだけ言うと再びテレビに顔を向けた。

 私もあまり話したくなかったので、作業中のレシティアさんに話し掛けることにした。

「これは何をやってるんですか?」

「組立よ。」

 レティシアさんは口の動きを最小限に抑え、ひたすら手を動かし続ける。

 こうなると全く会話が続かない……。

 仕方なく私は隣でレシティアさんを観察することにした。

 近くで見てもレティシアさんは本当に綺麗だ。他の3人とは違って大人しい人だし、性格も穏やかそうだ。こんな人なら家政婦のバイトをしていても安心だと思える。

 真剣に組み立ている顔を見ていると、不意に思っていたことが口から漏れてしまった。

「レティシアさん、綺麗ですね……。」

「そ、そんな事無いわ。涼子さんだって可愛いと思うわよ。」

 レティシアさんは相変わらず手を動かしながら恥ずかしげに話を続ける。

「ほら、涼子さんは黒髪も長くて綺麗だし、肌もすべすべしてそう。」

 会話の取っ掛かりを掴み、私は邪魔にならない範囲で言葉を返す。

「ありがとうございます、一応食生活には気をつけてますから……。レティシアさんは普段は何を食べてるんですか?」

「みんなと同じでコンビニ弁当よ。一度でいいから何処かのカフェでお昼ごはん食べてみたいわね。」

「やっぱりそうですよね。でも最近は夜まで開いてるお店もあるみたいですよ。夜景とか見ながらお茶してみたらどうです?」

「ほんと? でも私、人が集まる場所は苦手なのよ……」

「大丈夫ですよ、夜でも人が多い場所なら危なくもないでしょうし、今度私が連れて行ってあげます。」

「嬉しいけれど、やっぱり私には無理よ。」

「そんな事無いですって。……でも、やっぱり注目は浴びてしまうかもしれませんね。レティシアさんとっても美人ですし。」

「もう、そんなに言わないでよ。……恥ずかしいわ。」

 レティシアさんはここでようやく作業の手を止め、両手を頬に持っていく。

 ヴァンパイアらしからぬ可愛い仕草に私は自然と口元が緩くなってしまう。

(あ、久しぶりにまともなお喋りをしてる気が……。)

 アハトくんの言った通りとても大人しい人だ。というか、それを通り越して人畜無害だ。

 そんな感じで2人で楽しく会話していると、クローデルが間に割って入ってきた。

「レティーを外に連れ出すなんて不可能に近いぜ? こいつすげー根暗な上に気弱だからな。オレが何しても怒らないし……ほれほれ」

 クローデルさんはレティシアさんの背後に立つと、後ろから脇をくすぐり始める。

 いきなり体を触られたレティシアさんはすぐに反応した。

「や、やめてよ、クローデル……。」

「あー? 聞こえないなぁ。」

 意地悪っぽく言うと、クローデルさんはレティシアさんに覆いかぶさってしまう。

 するとレティシアさんはそこから逃げるように身をよじり始めた。

「本気でやめて、涼子さんも見てるわ……。」

「別にいいじゃねーか。そんな事言って本当は気持ちいいんだろ? ほれほれ……」

 まるで空気を読めない中学生のようないじめっぷりだ。

「クローデルさん!!」

 いい加減我慢できなかった私はクローデルさんを突き飛ばしてレティシアさんを魔の手から救い出す。

 それに続いて、リビングの隅でよろめいているクローデルさんに冷たく言い放つ。

「クローデルさん、冗談抜きでクズなんですね……。」

「面と向かって真面目に言うなよ。……興奮するだろ。」

「……。」

 どこまでもふざけた人だ。全く反省の色が見えない。

 くすぐりから解放されたレティシアさんは結構荒めに呼吸をしていたが、しばらくすると通常のペースに戻った。とても気が弱そうな人だけれど、こんな人でもヴァンパイアなんだと思うととても違和感を覚える。

「レティシアさんはどうしてヴァンパイアに? やっぱり、断れなくて強引に従者にされたんですか……?」

 過去について質問すると、レティシアさんからすぐに言葉が返ってきた。

「ううん、違うのよ。私は昔……と言ってもすごく昔の話なんだけれど、全然モテなかったのよね。そんな時にマスターが“ヴァンパイアになればお肌すべすべ、スタイルも良くなって髪にも艶が出る”って勧誘してきたから、それですぐ従者になったの。」

 ここでレティシアさんは椅子に座り直し、話を続ける。

「その後、モテるために頑張って従者をやって無事にヴァンパイアになったのよ。……でもそれが無駄なことだったって数十年経ってようやく分かったの。モテるモテないっていうのは性格で決まるのよね。元々私はこんなだし、性格も暗いから男の人と話すのも苦手だったの。だから綺麗になっても意味がなくて……。」

「つーか、ヴァンパイアになった時点で恋愛とか無理な話なんだけどな。」

「うぅ……。」

 クローデルさんに指摘され、レティシアさんは項垂れる。

 これ以上深く聞いても彼女を傷つけるだけなので、私は話題を変えることにした。

「ところで、私は何をすればいいですか。料理でも作りましょうか?」

 手伝いを申し出ると、レティシアさんは背後にあるダンボール箱を指さした。

「……これ、できた箱から通路に運んで欲しいのよ。昼間に集荷する場合が多いから、なかなかタイミングが合わなくて結構迷惑かけてるの。」

「わかりました。」

「あと話し相手になってくれると嬉しいわ。最近はずっとクローデルにいじめられっぱなしだったから……。」

「やっぱりいじめてたんじゃないですか!!」

 再びクローデルさんに非難の目を向けると、クローデルさんはバツが悪そうに目を背けてしまった。

「……あー、そろそろ日も落ちる頃だし、ウチに帰ろっかなー。」

 非難されて居づらくなったのだろう。クローデルさんはそう言うと、そそくさと部屋から出ていってしまった。

 まったくクローデルさんは問題だらけな人だ。

 他の3人のヴァンパイアに比べると目も当てられないくらい酷い。

 ……クローデルさんが部屋からいなくなると、私はしばらくの間レティシアさんとお喋りをして、9時前には自宅へ戻った。


  14


 徒歩で学生マンションヘ帰り、自室がある3階まで階段をあがると、誰かが私の部屋の前で佇んでいた。

「磯城島先輩……?」

 名前を呼ぶと、磯城島先輩は私の部屋のドアから離れて目の前まで移動してきた。

「涼子ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「何ですか?」

「最近、何か大変なことはなかった?」

 珍しく磯城島先輩は真剣な眼差しをこちらに向けている。

 最近は毎日大変なのだが、その話を磯城島先輩にするつもりはない。

「特に何もありませんけれど……」

 目を逸らしながら適当に返事をすると、先輩の口から予想だにしない言葉が飛び出してきた。 

「ヴァンパイアに脅されてるんじゃないか?」

「……!?」

 ヴァンパイアという言葉に反応してしまい、私は思わず先輩の目を見てしまう。

 すると、先輩は“やっぱり”と言いたげな表情を浮かべた。

「まさか涼子ちゃんが巻き込まれていたなんて……俺の責任だ……。」

 磯城島先輩は手のひらで目元を覆い、どこからともなく取り出したビデオカメラを私に渡してきた。

 受け取るとすぐに動画が再生される。そこには私がレティシアさんに会う為に訪れたマンションが映っていた。さらに動画を見ていくと画面がレティシアさんの部屋にズームされていき、玄関でインターホンを押している私が映った。

「これは……」

 どうやら向かいのビルから撮影していたみたいだ、その後、玄関先で私のスカートをめくるクローデルさんも映っていた。

 ……なぜか私の下半身にズームされていた気がするが気のせいだろう。

 もちろん、太陽光に焼かれて黒ずむ腕もバッチリ映っていた。

「間違いない、ヴァンパイアだ。涼子ちゃんも知っていたんだよね?」

「そうですけれど……。先輩、ヴァンパイアのこと知ってるんですか?」

 単に私を尾行したのなら、向かいのビルからビデオを撮影できるわけがない。つまり先輩もヴァンパイアの事を知っていたのだ。しかも住所まで特定しているとなると“アレ”だとしか思えない。

(まさか先輩が……?)

 この時点で私はある程度の予想がついていたが、それは磯城島先輩の口から私に告げられた。

「もちろん知ってるよ。俺はそのヴァンパイアを倒すハンターだからね。」

「やっぱりハンターだったんですか……。」

 ドナイトさんやアハトくんから話を聞く限り、ハンターというのは戦闘服とかを着ている特殊部隊の隊員っぽい人を想像していたので、余計に驚いてしまった。

 磯城島先輩はハンターについて話をしていく。

「まだメンバーになって日は浅いけれど、ハンターは異常病原体保有者――つまりヴァンパイアを強制排除するのが仕事なんだ。ヴァンパイア共も俺がハンターだと知って、俺と仲の良い涼子ちゃんに接触したんだろう。……でももう心配要らないよ。あいつらは絶対に俺が駆除するからね。」

 そう言って磯城島先輩は私の肩に手を載せる。

 私はそれを外しながら先輩に反論する。

「先輩、確かにあの人達はヴァンパイアですけれど、別に悪いことしてる訳じゃないですよ。それを駆除だなんて……」

「もうヴァンパイアに色々と吹きこまれているみたいだね。そうやって涼子ちゃんを油断させておいて、血を吸うつもりなんだ。」

「でも、血はもう吸わないって言ってましたよ。」

 私の必死の訴えを磯城島先輩はまともに取り合わず頑なに否定し続ける。

「騙されちゃダメだ。そうやって涼子ちゃんをある程度まで信頼させておいて、十分に取り入った所で血を少しづつ要求してくるんだ。一旦吸われてしまうと麻薬の比にならない中毒状態になってしまう。そうなると意思に反して自ら進んで吸われに行ってしまう。……こうなるともう終わりだ。」

「うそ、そんな……。」

 私の事をいつも心配してくれている磯城島先輩が嘘を付いているとは思えない。

 あの不良たちや通り魔だって、私を信用させるためにヴァンパイアの誰かが演技をしていただけかもしれないのだ。もしそうだとすると、通り魔の身体能力の高さも説明できる。

 先輩は尚も真剣な眼差しを私に向ける。

「嘘じゃない。各国でこういった例は何件も報告されてるんだ。……とりあえず、急に通うのを止めると最悪の場合殺されるかもしれないし、しばらくは我慢して欲しい。」

「しばらくって、どのくらいですか?」

「二週間――、その間に俺は本部から武器を取り寄せる。吸血鬼殲滅用の兵装があれば確実に息の根を止められる。だから、それまでは血を吸われないように注意するんだよ。あと、このことは吸血鬼に言わないようにして欲しい。いいね? 涼子ちゃん。」

「わかりました……。」

 今更ながらとんでもないことに巻き込まれてしまった。

 ただでさえヴァンパイアなんて存在を信じるのも大変なのに、その上先輩がハンターなんて聞くと悪い冗談としか思えない。夢なら早く覚めて欲しい。

「それじゃあ涼子ちゃん、ちょっと辛いだろうけど頑張って。」

「はい……。」

 話が終わると、先輩は自室には戻らず、どこかへ出かけていってしまった。

 その後私は眠りにつくまで先輩の言葉を思い返していた。


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