Have an eye !
『犯人が見ているなら、今すぐ優を返してほしいです』
テレビには、時々目じりをハンカチで抑えながら、嗚咽交じりで言葉を紡ぐ女性の姿が映っている。時折マイクを向けられては、世間に向けて悲痛な願いを訴える。
その様子を見て、小野田千夏はおや、と首を傾げた。見覚えのある顔だな。
しみじみと、液晶を見つめる。取引先の人間ではない。友人の知り合いにもいない。
「霊能力者の手塚先生じゃありませんか」
鈴のような声が、静かな事務所に響く。山のような書類仕事をようやく終わらせたらしい神代凛が、コーヒーカップを両手にやってくる。
お疲れ様です、と微笑んでカップをデスクの上へ置く。
華奢な体つきは、美しいというより可愛らしい。白くなめらかな肌とあどけない顔つきは、まるでフランス人形を連想させる。
荒んだ業界に身を投じる千夏の、心の安らぎの一つと言ってもいい。
凛が小鳥のように小首をかしげる。黒髪が揺れて、シャンプーのいい香りがする。エスプレッソの香りとも遜色ない。そこでようやく、自分がまじまじと見つめていたことに気づき、慌ててコーヒーを一口啜る。凛がくすりと笑う。
くそう。かわいい。コーヒーを一気に呷り、思わず抱きしめたくなる衝動を抑える。苦い。
「息子さんが誘拐されたんでしたっけ」
「――ん、ああ。昨日の下校中にさらわれたんだってね。まだ小学生だってのに難儀なもんよね」
千夏は段々と、彼女についての情報を思い出してきた。
手塚嘉子は、去年巻き起こった心霊ブームで一躍有名になった霊能力者だ。心霊写真の解説に留まらず、心霊スポットのリポーター、はたまた透視による霊能捜査と、その多角経営ぶりには千夏も思わず舌を巻いたほどだ。彼女の私生活は一切が闇に包まれており、怪しげな宗教の幹部であるとの噂も立っていた。そういったミステリアスな一面も、彼女の霊能者としての地位に箔をつけていた。
流行の終焉と、犯罪被害者遺族を前にしての暴言――亡くなったお嬢さんが、いま、ご両親の隣に立っています。かわいそうに。どうして気づいてくれないの、って悲しそうに泣いていますよ――などが物議を醸し、今ではすっかりお茶の間から姿を消したが、現在放映されている彼女の自宅を見る限り、まだかなりの金持ちであることは想像に難くない。
やっぱり”別の収入源”があったとみてまず間違いないだろう。今回の誘拐も、案外その筋の人間の犯行かもしれない。
「で」
千夏はからかうような視線で凛を見つめた。
「実際のところどうなの、あのおばさんは。やっぱり偽者? ”本物”の霊能力者としての見解をお伺いしたいですわねえ」
「え……うーん。そうですね」
凛は困ったように微笑んだ。言葉を探しているようだ。
正直なところ、自分の息子の居場所を透視していない時点で真贋のほどは明らかなのだが。
『今ここに優がいないなんて、まだ信じられません。こうしてる間にも、優が怖い思いをしているんじゃないかと思うと――』
微笑みが苦笑いへと変わる。
「インチキですね」