落ちたのは俺じゃない
殺した。
いつも通り、人を殺した。
感情が揺れることはない。
ただ、与えられた使命をこなしただけ。
そこに意思はない。
「…本当に?」
…なんだ?今の、俺の口から出たのか?
「僕は、こんなに辛いのに」
…体が動かない。
でも、動いている。
今喋ってるのは誰だ。今、俺の体を動かしてるのは誰だ。
「…僕は、もうこんなことしたくないよ」
なに言ってるんだ。おまえは誰だ。殺したのは俺だ。
俺の体だ、返せ!
「無理、無駄だよ。僕はもう、こんなことやらない」
くそ!どうなってる!
ガシャン!
俺じゃない俺が、連絡用の機械を踏み潰した。
何やってる!
「何って、準備だよ」
準備?今さらやめられるわけがない!
今の姿を想像してみろ!
血にまみれて、手には銃が握られている!
そもそも!組織はそんなこと許しちゃくれない!
不可能だ!
「だから。なんなの?」
「自分が生きるために、他人を殺すことが許されるの?」
「ほら、僕、見てよ」
俺が、死体のポッケから写真を取り出した。
なんだこれ。
「なにって、家族写真だよ。今時珍しいよね、スマホとかじゃないんだ」
それが?
「それが、じゃないよ。僕は最初っから、ポケットにこれが入っていることに気付いてた」
だからなんだ。俺はそんなこと気にしたことはない。
「…そっか。まぁ、いいよ」
よくねぇ!さっさと体を返せ!
「…どう逃げよう」
逃げるもクソもねぇ!会話なんて組織にはバレてる!
終わりなんだよ!
どれだけ叫んでも。
水中にいるみたいに、ぼやけてすぐに消えていく。
「まだ。まだ僕は、生きちゃいない」
「死ぬなんて早すぎる」
足が動く。
出口に向かって。
…もう、囲まれてるよ。
「わかってる。だから、手伝って」
…あ?
「与えられた使命をこなすのが、僕なんでしょ?だから、僕をここから逃がして」
……。
専門外だ。
「そこに、意思はないんでしょ?もう戻れない。僕はもうわかってる。選択肢なんて、ないんだよ」
くそ。
クソッッ!
「今から体を返すよ。でも忘れないで。依然として、僕はいつでも出てこれる」
「黙れッ!」
体の主導権が戻った。
息が乱れている。
大きく息を吸って、一瞬、視界が白く光った。
「……はぁッ……はぁ……!」
「…チッ!」
ムカついて、写真を破いた。
「…こいつも、ただのクズだろうが」
そう言って、理由を探していたことに気づいた。
いつの間にか歯をギリギリ鳴らしていた。
…準備されたら勝ち目がない。
まだ陣形を整えているところのはずだ。
そう考えて。
扉を蹴り飛ばして、体操選手みたいに屋上に登った。
一瞬見渡して、リーダーらしきやつの頭に銃口を向ける。
「…おい!」
指が動かない。動かせない。
「馬鹿が!」
急いで煙幕を張る。
そして、一番人数が少ない方に向かって走る。
煙が一気に広がる。
白く濁った視界の中で、足音と怒号だけが響いていた。
「囲め!逃がすな!」
こんなに騒いでいいのかよ…!
走る、全力で走る。
幸いにも、こいつらの実力は大したことがない。
これならどうにかなる。
…ッ!
勘で銃弾を避ける。
そもそもあいつらが下手なのもあるがな!
それから。
どうにか、どうにか逃げ切った。
「…ハァ……はぁ」
いくつか体に穴が空いている。
もう、どうせ、死ぬだろう。
「お…い、ボケ」
口から血を吐きながら、俺を呼んだ。
『なに』
「……っ、やっと出てきやがった」
視界が滲む。地面に倒れたまま、空がやけに遠い。
『……』
「…ほら、こ、れで満足か?」
血が喉に溜まって、言葉が途切れる。
しばらく沈黙が落ちた。
さっきまでうるさかったはずの世界が、嘘みたいに静かだ。
『……ねぇ』
「なんだ」
『痛い?』
「当たり前だろ…」
乾いた笑いが漏れる。
「何発も食らってんだぞ」
『……そっか』
『ねぇ』
「……なんだよ」
『さっきの人』
『写真の人。家族、いたよね』
「……だからなんだ」
『あの人も、こうやって死にたくなかったと思うよ』
「…んなこと、どうでもいい」
『僕も、死にたくない』
「は……」
思わず笑った。
「そうかよ」
『うん』
呼吸が浅くなる。
指先の感覚が、もうほとんどない。
『ねぇ、最後くらい』
「……」
『選んでよ』
「……なにを」
『ただ、自分を』
「……っ」
そんなもん。
最初から、俺にはなかった。
「……無理だ」
『そっか』
否定も、怒りもない。
ただ、受け入れるだけの声。
それが妙に腹立たしい。
『じゃあさ』
「……」
『僕が選ぶね』
「……勝手にしろ」
どうせ、もう動けない。
何をされようが、変わらない。
『ありがとう』
その一言のあと。
ふっと、体の奥が軽くなる感覚がした。
「……っ?」
指が、わずかに動く。
さっきまで動かなかったはずの手が、ゆっくりと地面を掴む。
『少しだけ借りるよ』
「……何する気だ」
返事はない。
代わりに、体がぎこちなく起き上がった。
視界が揺れる。
それでも、一歩。
また一歩。
血の跡を引きずりながら、歩く。
「……どこ行くんだよ」
『あそこ』
ぼやけた視界の先。
崖の縁。
その向こうに、街の灯りが広がっている。
「……そうかよ」
『うん』
足が止まらない。
『大丈夫』
『これは、逃げじゃないよ』
縁に立つ。
風が強く吹き抜けて、血の匂いをさらっていく。
『終わらせるだけ』
『もう誰も殺さないように』
その言葉で。
初めて、胸の奥がわずかに揺れた気がした。
「……おい」
『なに?』
「……次があるなら」
自分でも、何を言ってるのか分からない。
「……まともに、生きろよ」
一瞬だけ、間があった。
それから。
『うん』
柔らかい声だった。
次の瞬間。
体が、前に傾いた。
空が、回る。
街の光が、線になって流れていく。
風の音だけが、やけに大きい。
そして――
意識が、途切れた。
人を一番変えるのってなーんだ!
正解は環境!
答えられなかった人は自分で自分を変えられる完璧超人ってことにしとくね。




