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侵入

距離は、確かに縮まっていました。


けれどそれは、歩み寄ったというよりも、

知らないうちに踏み込んでいた、と言った方が近いのかもしれません。


見えているものは同じ。

それでも、理解しているものは揃っていない。


今回は、そんな“境界の内側に入ってしまった”お話です。


——数日後。

昼食を摂ろうとしていると、陽向から連絡がきた。

「境、話ついたで。いつ行ってもいいらしいわ。」


短いやり取りの中で、場所の特定と許可はすでに済んでいるらしかった。

相変わらず顔が広いというか、こういう時の動きが妙に早い。


指定された場所は、以前に話に出ていた古道の入口付近だった。

今はほとんど使われていない道で、地元の人間でもあまり近づかない場所だ。



ほどなくして、事務所には澪、陽向、真琴さんと自分を含めた4人が集まった。

静流からは図書館で例の古道の事を調べてくれるという連絡があった。

そのお手伝いとして野乃花ちゃんと、野乃花ちゃんの友人が同行するらしい。


「全員だと流石に気を遣うから、丁度良かったわね。」

「榊さんでしたら、私たちよりも詳しく調べていただけそうですね。」


静流の調査ごとには信頼と安心感がある。

レポートなどで調査ごとで困ったときには頼れる友人だ。


「地主さんに話し聞いてみたんやけど、別にいわくつきちゃうらしいわ。」


そう言われるとただの山道でしかない。

肝試しの噂があるとはいえ、それだけで何かが起きるとは普通は考えない。

——普通なら。


「……いわくつきにならないだけかも知れませんね。」


ぽつりと澪が呟いた。

はっきりと伝えようとしたわけではないが、不思議と耳に残る言葉だった。


「何か思うところがあるのか?」

「うまくは言えないんですが…何かが一緒にあるような感じがするんです…」


言葉を選びながら話す澪の様子に、あの時と同じ感覚を思い出した。

自分と同じものを感じているわけではない。

けれど、確実に同じ“何か”に触れている。


「まぁ、とりあえず行ってみよか。」


そう言って、車に乗り込んだ。

今日は念のために真琴さんが車を出してくれた。ミニバンなので荷物も人も乗せやすい。

また、彼女の車のナビは先日最新のものに交換したばかりなので、知らない道の場合に助かる。


途中にドラッグストアなどによって必要なものをそろえ、街から離れた道路を走り始める。

人の気配が、ふっと途切れ、踏み込んではいけない場所に近づいているような気配があった。


その雰囲気にのまれるように、口数も自然と少なくなっていく。

舗装された道がなくなり、土を踏み固めた道に切り替わる。

その先に、ただ切り開かれただけのような駐車場があった。

駐車場ではなく空き地なのかもしれない。

それくらい人の手が入っていないところだった。


「さて、ここからは歩きやで。」


陽向がそう言って先頭を歩き始める。

けもの道という感じではないが、古道なだけあって非常に細い道だった。

修行僧などが通りそうな雰囲気の道で、細いとは言っても軽自動車一台くらいは通れる幅はあった。


自分と陽向が前を歩き、なにかあったときにも対応できるようにする。

野生の小動物の影はあったが、特別な事件もなく進むことができた。


只々、山道を歩いている。

それだけのはずなのだが、進んでいくたびに空気が変わっていく気がする。

気のせいだと言えばそうなのかもしれない。


けれど——

誰も口にはしなかったが、同じことを考えていた気がした。




——しばらく歩くと、三叉路であっただろう場所に祠が見えてきた。

元々分岐していた、少し下る方の道は崩落があったのか、道ではなくなっている。


陽向が先に祠に近付く。

家柄的にもこういったことには慣れているのか、苔むした祠の屋根を手拭いで綺麗にしていた。


「放置するやて、罰当たりな奴もおるなぁ。」


少しむっとした感じで陽向がぼやいた。

昔から神社の家系なので、こういった放置された祠などは許し難いのだろう。


「龍神さんみたいやな。」


祠をきれいにしながら、中に丸い鏡を見つけていた。

その鏡が龍神を祀っていることを指しているということなのだろう。

ただ、それと同時に表現しがたい違和感を感じていた。


鏡だからと言って龍神を祀っているだけと言い切れるか。

それは別の世界を映す何かということは無いかと。


昔から鏡は超常現象につきものだというイメージがある。

もしかするとあの少女が鏡の中に映っているのではないかと考え、冷や汗が背中を伝う。

鏡に映っているはずの景色が、わずかに遅れているような気がした。


「陽向君…、鏡の中…」


まさかの予感が的中していた。

本来感じることができない真琴さんが、鏡の中に謎の影を見ていたのだ。

初めての体験なのか、豪気な真琴さんが震えていた。


「まさか?!」


独特の訛りで叫びながら陽向が振り返った。

そこには自分たち以外誰もいない。

これで、ほぼ間違いない。

この場にあの少女がいるのだ。


「陽向さん、彼女に敵意はなさそうです。」


意外なことに、澪は落ち着き払っていた。

まっすぐと鏡の中をみながら、はっきりと“彼女”と表現していた。


その言葉とどちらが早かったか、あたりが霧に包まれた。

ほんのりと暖色の明かりが浮かび、その間に件の少女が浮かび上がる。

怖いというよりは、不思議な感覚の方が勝っていた。


「流石の私も、ここまでくると落ち着いてくるわね。」


先ほどまで恐怖感を隠せなかった真琴さんが、落ち着いて彼女の方を見ていた。


今までは存在を確定させることが難しかったが、これではっきりと分かる。

彼女は、ここにいる。


『…きた…』


声というよりは、やはり意識に直接触れてくるような感覚だった。


「ここに来い、ということだったのか?」


少女に問いかけるが、問いかけに直接答えることは無い。

ただ、少し俯き加減で否定しているように思えた。


『…やっと…』

「何が、やっとなんだ?」

『……あう……』

「会う?」


思わず聞き返す。

だが、次に返ってきたのは、別の意味のようだった。


『……あう……わない……』


——合うのか、合わないのか。

意味が繋がらない。


「やっぱり会話にはならないか…」

「ハナからわかっとった話やろ。」


呆れる陽向の影から、澪が質問を投げかけた。


「…あなたが、“ゆい”さん、なんですか?」


少女は首を横に振る。

その言葉に少女の雰囲気が少し変わった。


『……ない……』


否定の言葉だったが、“ゆい”ではないという響きではなかった。

まるで『そうではない』と言いたいような空気を感じた。


『……まだ……たりない……』


誰も、すぐには言葉を返せなかった。

同じ言葉のはずなのに、受け取り方が揃っていない気がした。


「……数、か?」


陽向が言う。


「それとも、別の何か…?」


真琴さんが続ける。

澪は何も言わず、ただ少女を見ていた。


「…何が足りない?」


そう問いかけると、少女は少しだけこちらに近づいた。

距離は変わっていないはずなのに、“近づいた”と感じた。


『……きづいて……』


一瞬、何も理解できなかった。

それでも“押し付けられた感覚”に近かった。


次の瞬間、暖かな明かりをともしていた灯篭が霧散する。

霧散していく灯篭の影に、少女の輪郭が崩れ、視界の奥に溶けていく。


「——待ってくれ!」


思わず声をかける。

だが、それ以上は何も返ってこなかった。

気づけば、祠の前、元通りの山道に立っていた。


「……終わりか?」


陽向が息を吐く。


「終わり、というよりも……」


真琴さんが言葉を選ぶ。


「途中、かもしれないわね」


その言葉に、誰も異論はなかった。

ただ一つ、確かなことがあるとすれば——

あれはもう、“届かないもの”ではなかった。


けれど、


“理解できるもの”でも、まだなかった。


——自分たちは、すでに引き返せないところにいた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第9話「侵入」では、これまで断片的だった接触が、

ひとつの“場所”で成立する形になりました。


全員が同じものを見ている。

それだけでも大きな進展ではありますが、

同時に、認識や理解が揃っていないこともはっきりしてきています。


「まだ足りない」という言葉の意味も含めて、

ここから少しずつ輪郭が見えてくる予定です。


また、今回は鏡という要素も出てきましたが、

今後の展開にも関わってくる部分になります。


次回は、この出来事を受けて、

それぞれの解釈や違和感を整理していく流れになると思います。


引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。


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