媒介
見えないものと繋がるためには、きっかけがいる。
声を届けるためにも、想いを伝えるためにも、それを“通すもの”が必要になる。
それは場所かもしれないし、誰かかもしれない。
あるいは――ただの指輪のような、小さなものかもしれない。
今回は、その“繋がり方”を少しだけ覗く話です。
「境、今日は先に講義に行ってるからね。」
おぼろげな意識の中で静流の声が聞こえた。
まだ外は薄暗いので、その声を聞きながらも、そのまま二度寝してしまった。
スマホのアラームが聞こえてきて、外が明るいことに気が付いた。
もちろん、陽向は起きていない。
ただ、今日は講義が休みになっていたので、陽向を起こすことはせず、テーブルのマグカップにコーヒーを淹れてソファに座った。
ふと仕事用の机の上に無造作に置かれている指輪が目に入った。
流石に、指輪が目に入ったくらいでは昨日のように世界が白くなることは無かった。
「おぉ…、昨日も寝てもうたんか…。」
「ああ、静流はもう出たみたいだな。」
陽向が目を覚まして、いつも通り寝ぼけた声で話しかけてくる。
おぼろげな記憶もあったが、しっかりしている静流らしくメモに書置きがあった。
「静流は講義あるんやな、で、もっかい来るて?」
「みたいだな。書置きにはそう書いているから、講義が終わるころには戻ってきた方が良いと思う。」
何か用事があるなら午前中にこなしてしまうのが良いだろうということで、コーヒーで頭を覚まして出かけることにした。
「陽向、バイク乗ってきてないよな?」
「今週は乗ってへんわ。先週メンテに出してそのままや。」
昨日、今日とバイクを見かけないと思ったらメンテに出していた。
ちょっと後ろに乗せてもらおうと思っていたのだが、アテが外れた感じだ。
「行き先は考えてんか?」
「いや、昨日の指輪を調べようとは思っているんだが。」
「せやったら、うちに行こか。」
陽向から自宅に行こうというのは少し珍しい提案だった。
彼の自宅は神社ということもあって、気軽に遊んだりする場所ではない。
だから、自分の事務所にみんな集まるのが通例となっている。
「珍しいな、どうした?」
「いや、あの娘の件やったら、うちのオトンが適任やと思うわ。」
「親父さんは知っているのか?」
「こんなんがおる、くらいのことは伝えてるから、何となくわかってるやろ。」
陽向は話しながら先に向かい始めた。
事務所から歩いて30分程度で陽向の自宅、神社に到着した。
道中はどうでもいい話をしていたが、陽向も多少緊張しているようだった。
「おぅ、境君、久しぶりやな。」
「はい、ご無沙汰しています。」
陽向の父、恒一さんは神主をされていて、霊現象で困ったときとかはお世話になったりする。
ただ、界隈では有名なようで非常に忙しいらしく、こうやって話してもらえるのは年に数えるくらいになる。
個人的には、この人の豪快さは心地いい。
「陽向からは聞いとるけど、何やけったいなんに好かれとるみたいやなぁ。」
「はぁ、よくわからないので困ったものですが…。」
困惑している自分を見て豪快に笑っている。
大体のいきさつも、どうした方が良いかもわかっているんじゃないかと思ってしまう。
「まぁ、オトンも境も落ち着いて話しよや。」
恒一さんに応接間に通されて、テーブルをはさんで向かい合わせに座った。
お互い足は崩した状態のままなので、そこまで改まった話をするつもりではないのだろう。
「まぁ、せやな、とりあえず娘っ子は悪いもんやない。今のところはやけどな…」
発した最初の言葉は、少女の事を肯定するものだった。
この人が言う「善悪」については間違えないという信頼感がある。
ただ、豪快な人なので「悪」と断じると容赦ない。
「詳しいところまではわからんけど、何か言いたいことがあるみたいやな。」
「二度ほど話しかけられたみたいなんですが、声もはっきり聞こえていない感じでして。」
「その娘っ子から何かもらわんかったか?」
ハッとして、無意識にポケットに入れていた指輪を取り出した。
恒一さんは指輪をじっと見て、少し息をつくようにして、話してくれた。
「こいつを渡したっちゅうことは、これが何かを伝える手段なんやろ。」
「どういうことですか?」
「恐らくやけど、境君と話を通すための“つなぎ”みたいなもんやと思うわ。」
説明されるとうっすらわかる気もするが、やはりどこか雲をつかむような話に聞こえる。
そんな話をしていると、お盆に湯飲みを乗せた陽向の母親が障子を開いた。
「お父さん、それやと境君には伝わらん思いますよ。」
「オカン、もうちょいわかりやすく説明できるか?」
「…まぁ、また変わったもん持ってきたねぇ。」
陽向の母親、澄さんはそれぞれの前に湯飲みを配り終えてから恒一さんの隣に座った。
「境君、その女の子と会うのは喫茶店だけなんよね?」
「はい、そうですね。微妙に位置は違っても喫茶店の付近だけです。」
「その娘は、喫茶店以外でも境君と話すために、それを渡したんやと思うわ。」
澄さんは陽向に視線を移す。
恐らくは自分だけだと全てを解決することは難しいと思ったのだろう。
「陽向、あんた、お父さんに教えられた介入法は覚えてる?」
「あれか、憑かれたやつとの間に入るやつか?」
「そうや、その応用やと思て、境君の事務所で女の子の事を呼んでみい。」
「俺でええんか?」
「あれは、境君に馴染み始めとるから大丈夫や。」
確か、陽向は心霊体質なので何かあったときに対処できるように恒一さんから教えを受けていると聞いたことがある。
澄さんが言っているのはそのことだろう。
陽向も納得したようで、詳しくは戻ってからと自分に言ってきた。
「境君、私はその子の想いが分かるだけやから、それが何かは直接聞くんやで。」
「せやな、決して悪いモンではないから、ちゃんと話した方がええ。」
その言葉に静かに頷いて返した。
言葉で返すよりその方が良いと思った。
「ただな、“話せる”っちゅうことは、向こうも覚悟しとるっちゅうことや。」
恒一さんが一言だけ、重みのある言葉を放った。
必要な話が終わってから、雑談をして席を立った。
陽向の両親に見送られる形で事務所に向かったのだが、珍しいことに陽向は考え事で難しい顔をしたままになっていた。
「せやな、とりあえず境の事務所に戻って、静流もそろってからやってみよか。」
一人で納得して元の軽い雰囲気の陽向に戻った。
自分としては、こっちの陽向の方が落ち着くなと思いながら、事務所まであと少しの道のりを歩いた。
——ポケットの中の指輪が、わずかに“応えた”。
第4話「媒介」、ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は大きく何かが起きる回ではありませんが、
この先のための“仕組み”と“準備”を整える話になっています。
神社という安全な場所で、件の娘のことを直接描かずに、
どうやって繋がるのか、どうやって話せるのか――
その輪郭だけを少しずつ見せる形にしました。
そして最後の「応えた」という一文。
ほんのわずかですが、確実に一歩進んでいます。
次は、いよいよ“対話”に踏み込む段階です。
ここから物語が動き始めるので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




