違和感
「最近、何か気持ち悪いんよ。」
前後逆にかぶった帽子の上から頭を掻きながら、陽向がぼやいた。
体調が悪いって感じじゃない。ただ、何かがズレているみたいな言い方だった。
「境は何ともないんか?」
「……いや、俺もわかる気がするな。」
答えながら、少しだけ視線を外す。
例えばさっきから、店の奥で鳴っているはずの食器の音が、妙に遠く感じる。
気のせいだと思えば、それで済む程度の違和感。
でも、それがここ数日ずっと続いていた。
ここは大学近くの喫茶店。
古びた木のカウンターと、サイフォンでコーヒーを淹れるマスターのいる、いつもの場所だ。
こんな落ち着いた空間のはずなのに、今日はどうにも“馴染まない”。
目の前でコーヒーを啜る男――
関西弁で話すこいつは、八坂陽向。高校からの腐れ縁だ。
「ほな、やっぱり気のせいやないな。」
陽向はそう言って、少しだけ笑った。
その笑い方が、妙に引っかかった。
ただ、その時はまだ、それが何なのか分かっていなかった。
「あと、外の電柱のところの娘、おるやろ?」
「ああ、夏なのに長袖とは恐れ入るな。」
誰かを待っているのか、はたまた誰かを探しているのか、あたりを気にしながら立っている少女がいた。
夏なのに長袖ということは日焼け対策なのだろうと思うが、暑がりの自分にはちょっと理解できない。
ここから顔立ちや表情までは見えないのだが、陽向はその少女を見つめていた。
いつもの軽薄な感じとは違う、少しまじめな面立ちだった。
「あの娘、見えたらあかんやつやな。境も意識したらあかんで。」
「ん?」
「多分やけど、バレたら付いてくるんちゃうかなぁ・・・」
あまりにはっきり見えているので、普通の少女だと思っていた。
言われてみれば、この暑さに黒い長袖の服、特に目印があるわけでもない電柱の横で人を探す感じ、どちらもおかしく感じる。
さっきまでなかったはずの影が、電柱の足元にもう一つ増えている気がした。
陽向は鼻先を搔きながら恐ろしいことを言う。色々な意味でついてこられるのは勘弁こうむりたいところだ。
今日は仕事の方も暇なので、陽向と遊びに行こうかと思っていたのだが、今は外に出る勇気が出なかった。
「とりあえず、うちの事務所の方にでも行くか?」
「せやな、君子危うきに何とやらってやつや。」
陽向は横に置いていたリュックを片手に立ち上がった。
伝票を持っていないということは会計は任せたということか・・・。
喫茶店を出てしばらく歩くと自分の事務所がある。
神代探偵事務所、大学に行きながら片手間でやっている仕事だ。
某探偵ドラマに影響されて揃えた家具も、今ではただのたまり場の飾りだ。
「さて、戻っても何もないが、茶でも飲むか?」
「冷たいので頼むわ。」
幸い、さっきの少女がついてきている感じはなかったので、それぞれ近くにある椅子に落ち着いた。
陽向には怖いことを言われたが、さっきの少女の事がどうも気になる。
いつも喫茶店で夕方まで過ごすことが多いが、少女の話をしたと思うと、あっさりと喫茶店を出る提案に乗った。
特にあの喫茶店を気に入っている陽向が、うちの事務所に急いだというところがひっかかる。
「さっきの娘、いったい何なんだ?」
「あー、多分やけど迷子やな。見つけてくれるのを待ってたんやと思うわ。」
「今のところは無害だと考えて大丈夫か?」
「せやな。いつまでもおるんやったら、ちょっと話だけでも聞いたろかなとは思ってるねん。」
喫茶店での話と少し違うのではとも思ったが、少し悩むような表情をしていたので追求しないことにした。
陽向は確かに軽い雰囲気を持っているが、困っている人を放っておけるタイプではない。
恐らくだが、陽向であれば話を聞いて何か変わると考えているのだろう。そういう男だ。
「さて、適当にゲームでもするか。」
事務所に来るとみんなでゲームをするのが定番になっているので、いつもと同じように勧めた。
陽向は帽子をとってソファにおいて、コントローラを受け取って苦笑いしていた。
大体思った通りのことを考えていたのだろう。腐れ縁ってのはこういう時に便利なものかもしれない。
ひとしきり遊んだ後、夜も更けていたのでそのままソファで寝こけてしまったのを含めていつもの日常だった。
ふと目を覚ました気がして、事務所の窓の外を見る。
街灯の下に、人影が立っているような気がした。
——夢の中で、あの少女がこちらを見ていた気がした。
はじめまして、「境塚 透」です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
日常の中にある小さな違和感や、説明のつかない“ズレ”のようなものをテーマに書いていく予定です。
まだ物語は始まったばかりですが、少しでも続きが気になると思っていただけたら嬉しいです。
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