第二章 【神聖帝国】3.潜入 パート1
王都に連れていかれたエリシア
それを追いかける覚悟をしたフィン、ノクス
三人はいったいどうなるのか?
⒊ 潜入
エリシアが王都に旅立ってから三日、王都には二人の若者の姿があった。
一人は、身なりの整った少年。
今、王都の若者の間で流行っていると噂の、つばの広い羽根つき帽子を深々とかぶっている。
もう一人の背の高い青年は、小奇麗な青いローブを身にまとっている。
こちらも、フードを深々とかぶっているので、その表情をうかがうことはできない。
二人は着慣れていないのか、歩く姿は、どこかぎこちない・・・
『ようやくたどり着きましたね・・・一時はどうなる事かと思いましたが。』
青いローブの青年が、安堵のため息をついた。
『大丈夫だって言っただろ、ノクスは心配し過ぎなんだよ。まぁ・・・予定よりは、かなり遅れちまったがな。』
身なりの整った少年はそう言って、舌をペロリと出す。
『まったく!フィンさんが【俺の勘は右と言っている】とか言わなければ、もう半日は早くついていたはずですがね。』
青いローブの青年は、舌を出した少年にジロリと非難の目を向ける。
『わりーわりー、でも、遠回りになったけど、あの道で結果的には正解だったろ?間違えた先のあの街で、王都の様子とか噂話も聞けたし、服だって買えた。あのボロボロの服じゃ、都会だと目立つからな。』
悪びれる様子もなくフィンは言う。どうやら、途中で道を間違え、違う街にたどり着いてしまっていたようだった。
『確かに、それは否めませんが・・・納得はいきませんね。ですが、あの街で仕入れた情報は大きい。』
ノクスの目が、少し真剣なものになる。
『ああ。どうやら心配していたような事は起こってないみたいだな。というか・・・思っていたのと、真逆の事が起こってるんだが・・・。』
そう言うと手にしたチラシと、目の前光景を何度も見比べる。
―エリシア姫、死地より奇跡の帰還―
号外として出されたのだろうチラシは、王都中に撒かれ、街の至る所で祝いの歌と音楽が流されている。王都は、まるで祭りの様な騒ぎだった。
『王都の連中てのは、どうも好きになれないんだよな・・・まだ着いたばっかで言うのもなんだけどさ。』
目の前の祭り騒ぎを見ながら、フィンがボソリと呟く。
『【勘】ですか?私には、その感覚はありませんが、何となく言いたいことは分ります・・・一見、豊かで平和に見えますが、そこに感謝や道徳といったものは見受けられないように思います。偏見かもしれませんが。』
そう言うとノクスは悲しそうに目を閉じて祈りだす。
『とりあえず、今日は宿をとって休もう。着慣れない服で疲れた。軍資金はたんまりあるんだ。一旦、落ち着いた場所でエリシアに会う為の計画を練ろう。』
フィンはニコニコしながら、銀貨の入った袋をジャラジャラと鳴らす。
ノクスはゆっくりと目を開けると、そんなフィンの姿を見て、静かに首を左右に振った。
◇
久しぶりに袖を通す華やかなドレス。
次から次に来る貴族たちへの謁見・・・。
王都に着いてから二日、エリシアはすっかり疲れ果てていた。
やつれた顔を鏡で確かめるのも、これで何回目だろうか。
―何をやっているのだ、私は―
覚悟を決めて帰還したはずだった。
だが待っていたのは、予想だにもしない扱いだった。
エリシアが通されたのは、リン信仰の中心地である【女神の神殿】である。。
『お疲れになられましたか?』
扉を開けて入ってきたのは、真っ白な布に、金の刺繡が施されたローブを身にまとった、恰幅の良い老人だった。
どうやら、この神殿の司祭らしい。
『疲れたも何も、何なのだこれは!私は見世物ではないぞ!』
苛立ちから、語気が自然と荒くなる。
『それに、姉上とまだお会いできておらんが?迎えをよこしたのは姉上ではないのか?』
その言葉を聞き、司祭はニコリと微笑んだ。
『グレイス様とは、あと一日もすればお会いになれますよ。そういう約束ですので。』
―約束―
その言葉が胸に引っ掛かった。
まるで、何かを取引したような言い方に違和感を覚える。
『約束?どういう事だ!私の知らぬところで、何を企んでいる?』
エリシアの言葉を受け、司祭はグレイスと交わした約束について語り始めた。
『貴方様が戦場で失踪したと知らせが入り、すぐさま捜索隊が編成されましたが、一向に足取りが掴めず・・・グレイス様はお困りになられたのでしょう。我々に協力してほしいと頼みに来られました。ですから我々は、信者に一斉に触れを出し、貴方様を見つけるのに協力したというわけです。そこで見返りとして、我らの神殿で【奇跡の生還を果たした姫】として預かり、リン信仰の布教に一役買っていただいたという事でございます。』
言い終えると、司祭は緩んだ口元を隠そうともせずニヤニヤする。
『そういう事か、その様子だと、たんまり儲かったのだろうな?姉上もさぞお喜びだろう。殺さず、生かした方が価値があると判断なされた。といったところか?』
エリシアの言葉を聞いて、ポカンと口を開けている司祭。
何も知らない・・・いや、頭の中は金の事でいっぱいなのだろう。
『何も知らんなら出てってくれ!気分が悪い!』
司祭を凄まじい剣幕で追い払う。
司祭が部屋から出た直後だった・・・扉の向こうから二人の男の声がする。
一人は先ほどまで、この部屋にいた司祭だろう。
もう一人は?と耳をそばだてようとした時、勢いよく扉が開き一人の青年が入ってきた。
―髪は白髪に近い金色、目は燃えるような緋色―
エリシアにそっくりな出で立ちの青年は、司祭の制止を振り払い真っ直ぐエリシアの元に向かってくる。
『いけません、ルシアス殿下!グレイス様から【合わせる事はまかりならん】と申し付けられておりますゆえ。』
慌ててエリシアの前に割り込むが、ルシアスに片手でどけられてしまう。
『兄が妹に会いに来て何が悪いのだ?しかもあの死地から帰ってきたのだ、当然だと思うが?』
ルシアスに言われて、返す言葉が見つからなかったのか、おとなしく身を引く司祭。
『遅くなってしまったが、エリシアよ。あの死地よりよくぞ舞戻った!兄は嬉しいぞ。』
エリシアにとっては、何よりの言葉だった。
『ルシアス兄さま、只今戻りました。心配を掛けました・・・すみません。』
シュンと暗い顔をするエリシアにルシアスは言う。
『何を言う。お前は試練に耐え生き残ったのだ。これはすごい事だ!』
嬉しそうにルシアスは手をたたく。
その姿は、まるで子供のようだ。
『さぁ!王宮へ帰ろう!馬車を外で待たせて・・・』
言い終える前に、ルシアスとエリシアの間に人影が割り込んでくる。
『ルシアス、少し話があります。』
割って入ってきた人影の正体は、なんとグレイスだった。
『姉上・・・⁉』
エリシアの口から驚きの声が漏れた。
グレイスはエリシアを一瞥すると、冷たく言い放つ。
『エリシア出ていきなさい。これよりは、王位継承権のある者同士の会話。身分をわきまえよ。姫は姫らしく、貴族相手にままごとに興じていればよいのだ。』
その言葉にエリシアの胸の中に再び、どす黒い感情が湧き上がってくる。
―ままごと?私を殺そうと刺客を差し向けておいてよく言う―
怒りからか感情が口からこぼれる。
『私は命を何者かに狙われました。今度は私を利用して何をなさるおつもりですか?』
エリシアは鋭い目つきでグレイスを睨みつける。
グレイスは、睨まれた事も意に介さず、表情を変えずに答える。
『あなたは知る必要はありません。今までの事も、これからの事も、私の言う通りにしていれば良いのです。』
その様子を見ていたルシアスが、おもむろに口を開く。
『エリシア・・・君はどうやら、グレイスが刺客を放ったと思っているようだね?でもあの刺客を仕向けたのは【私だ】。』
―私だ?―
エリシアは、その言葉が何を意味しているのか理解できず、ルシアスを見る。
その様子を見たグレイスが、焦った様子でエリシアを一喝する。
『早く出ていきなさい!まだいたのですか!』
その言葉にハッと我に返ると、礼をして部屋から出ていく。
混乱し言葉が出せなくなっていた。
フラフラと廊下を歩き、自分のために用意されている部屋に歩いていく。
―どういう事だ?兄さまが刺客を?それは無い・・・そんな事はありえん―
でも確かに、ルシアスは言った・・・。
―【私だ】と。―
グレイスは?
ルシアスは?
エリシアはどうなるのか?
パート2に続く。




