芽吹く場所を決めた日
この槍、いーな。
武器屋の店先に飾られた一本の槍を見て、イオールは内心で呟いた。
槍の穂先に不敵な笑みを浮かべた赤目の男が映り込んでいた。
「おーい、店主! これ、貰ってくわ」
店の入口から顔を突っ込み、武器の手入れをしている仏頂面の店主に声をかけると、店主がイオールの方を見て怪訝そうな表情になった。
「……そんな細身の体で、その槍扱えるのか?」
店内の姿見に映り込んだ自身の姿をちらりと見る。
癖の強い金髪が、肩下までうねりを持って垂れ、色白の顔を覆っている。
鋭い赤い目を囲む睫毛は長く、唇は薄く血を塗ったように朱かった。
しかも、服から覗く鎖骨や二の腕には、薄い筋肉がついているだけで、なるほど、疑われるわけだ。
「だーいじょうぶ、大丈夫! ちいせー頃から槍ぶん投げてたから」
店主の顔がますます渋くなる。
やべ。
懐から浮遊樹の樹液を取り出し、袋ごと店主に投げ渡す。
「それ、代金! 武器を造るときにでも使ってくれ。じゃーな!」
店先の槍を担いで、店から背を向け翼を広げる。
黄金色の翼が一対、バサリと風を扇いで、イオールは一息に空へと舞い上がった。
「おい! これは多過ぎる……って、あの男、神木守だったのか……。道理で」
店主は朝陽に目を細めて、槍を持って行った男の姿が、境界の外、腐敗の地へと消えて行くのを見送っていた。
◆◆◆
どっかにいい浮遊樹、浮いてねーかな。
胞子で濁った眼下の野を越え、森を越えながら空中を見渡す。
「あんじゃねーか」
枯葉を繁らせた空中に根を張る浮遊樹が、前方を漂っていた。
鳥の巣のように幹を覆っている枝葉の間に、空を泳ぐ腐怪が見え隠れしている。
「それは俺の止まり木だっ……ぜ!」
買ったばかりの槍に雷を纏わせ、力一杯ぶん投げた。
紫電が空中に尾を引きながら、浮遊樹に巣食っていた腐怪を清々しいほどに一掃して、遥か遠くの空へと消えて行く。
「……あ、俺の槍ぃぃ! どっか、行った……」
一回しか使ってねーのに。
腐怪を浄化した浮遊樹の太い枝に足を乗せ、翼をたたむ。
「浮遊樹さーん。向こうの方に飛んでくんね?」
槍が消えて行った方を指差して、樹の幹を軽く叩く。
けれど浮遊樹はイオールの気も知らず、のんびりと空を漂うだけだった。
◆◆◆
太い枝に腰を下ろし、神木の地で買った果物を口にしながら、ゆっくりと流れていく景色を見詰める。
好都合なことに、槍を無くした方角に浮遊樹は漂い続けてくれていた。
地上は、薄暗く濁っている。
灰色の世界だ。
……でも、神木が芽吹いた場所は浄化される。
今は腐っている森も、ドロドロとした川も。誰かがそこで根を張れば、いつか未来で色を取り戻すだろう。
「さて、俺はどこで芽吹こうかねー」
浮遊樹に寄り掛かり、頬を撫でていく風を感じる。
上空は地上よりも澄んでいる。
それでも、神木の地ほど綺麗な空気ではない。
目を閉じて、どのくらい経ったのか、雨の匂いでぱちりと目を開けた。
いつの間にか陽が傾き始めていた世界で、前方に切り立った鋭い岩山が点在する地を見つけた。
そして、間近の岩山のてっぺんに、折れた槍が突き刺さっているのが見えて、槍のそばに群がる腐怪まで見てしまい、額に青筋が浮かんだ。
「俺の槍に何しやがった!? 許さんッ」
翼を広げて浮遊樹から飛び立つ。
手の中で雷を槍の形に創り上げ、腐怪に狙いを定める。
イオールの髪がバチバチと紫電を纏って逆立っていた。
形を成した雷の槍を振りかぶり、全力で投げ飛ばす。
槍が放電しながら岩山の腐怪を貫き、ついでに折れた槍まで黒炭みたいに粉々にして、消し去っていった。
「……まじかよ……酷ぇ」
片手で額を押さえて、ふらふらと岩山のてっぺんに降り立った。
槍の粉が風に吹かれて、岩山の下に落ちて行くのを、崖淵に腰掛けて眺める。
遥か下の方に、なかなか広い盆地があった。
暗く濁っているのは、他の場所と変わらない。
だが、こんな大地一面が草花で覆われたら、それはもう、見応えのあるものになるだろう。
「ここに、するか……。浄化されたら、綺麗じゃね?」
イオールはまだ若かった。
寿命がくるまでに、芽吹く場所を決めればいいと気ままに旅をしていた。
そしてこの日、イオールは未来の景色が綺麗だろうと想像しただけで、この地を自身が芽吹く場所に決めたのだった。
立ち上がったイオールは、雷を手に纏わせて、岩山のてっぺんを浄化し、戻ってくる目印にして、また気ままな旅へと翼をはためかせて、空に舞い上がった。
END
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