終
遠ざかっていく蒼月の背を見えなくなるまでじっと見守り続けた。人の形を成して石の上に座る。これでもう住処に人間が来ることはなくなった。
その事実が心にぽっかりと穴を開ける。蒼の一族を閉じ込めたのは、初めは腹いせのつもりだったが、年月を重ねていくうちに人間とともに在ることが楽しくなった。独りぼっちで長い間いた黒曜にとって、住処に己以外がいるということが新鮮で離れ難くなっていったのだ。
しかし、こんな独り善がりの欲で人間を、蒼月を縛り付けてはいけない。愛し子を縛ってはいけない。だから、解放することにした。
「けど、そなたが死す時まで、我はそなたを守り続けるぞ」
流石に此度のように命を救うまではできないが見守ることはできる。けれど、二度と会うことはない。そう思って黒曜は湖に沈んでいく。
だが、黒曜の思惑はすぐに外れることとなる。数日後、蒼月が冬華を伴って湖にわざと落ちたのだ。溺死などさせられないと分かっているが故の大胆な行動に黒曜は青筋を立てる。
「今生の別れなんて認める気はないから。独りは寂しいだろう。だから、黒曜も村に来れば良い」
「村の皆さんも龍神様なら大歓迎だと仰っております」
まるで夢物語のような提案に頭がついていかない。蒼月はやたらと物分かりよく身を引いたのは、村への手回しを先にする気だったからということか。ここで断っても良いが、断れば居座り続けるか、何度も湖に身投げするだろうというのは容易に想像がついた。
「逞しく育ちすぎであろう」
黒曜は呆れた声を出しながらも内心は喜びを隠せない。龍神と人、同じ心を持つ生き物であるなら心は通じる。そう初めて黒曜に呼びかけたのは、龍神を頼りに来た蒼の一族であった。眉唾だと嘗ては吐き捨てたが、強ち間違いでもなかったかと微笑む。