参①
浮遊感に目を瞑って耐えていると、急に周囲が水で埋まる。否、水中に移動したのだ。唐突すぎる出来事に口を開けてしまい、呼吸が苦しくなる前に顔が水から抜け出す。
「……はあ、はあ」
蒼月は荒い呼吸をしながらも冬華の身体を地面へと持ち上げる。彼女が地に手をついて息を整えているうちに自らも湖から這い上がった。
「ここは、竜守村の湖……?」
冬華は見覚えのある景色にぽつりと呟く。黒曜の力で村に戻されたのだと悟った。そして、この感覚を味わうのは二度目だというのを思い出す。
そう、蒼月と初めて会ったのは、先程までいた龍神の住処だ。十の頃にこの湖に落ちて、その先で彼と出会った。今まで忘れていたのは黒曜の力のせいなのだろう。
「……これは」
焦ったような声に釣られて視線を動かすと、黒く変色した湖の姿があった。
「どういうこと?」
冬華の瞳は揺れる。見るからに可笑しな湖の様に動揺を隠せない。黒曜が苦しんでいたのはこの黒く染まった湖のせいなのではないか。
「こうもうまい具合につれるとはな」
草が踏み荒らされる音とともに三人の男が現れる。一人は見るからに華美な服を纏い、手に持った扇子で口元を隠していた。その左右に控える二人の男は弓矢を背負い、腰には刀を差している。
「どちらが蒼の一族か分からぬな。どちらも殺してしまえ」
高貴な出と思われる男が命じると、控えていた男たちが刀に手を掛ける。冬華は身の危険を察知して、震える手で蒼月の深衣の裾を掴んだ。彼は彼女の耳元で一言囁くと、安心させるように笑みを浮かべてから立ち上がる。
「蒼の一族は私の方だ。彼女は村の人間、そなたらの敵ではない」
「ふん、忌々しい蒼の一族の話など聞くか。殺せ」
冬華は震える足を奮い立たせて木々が生い茂る方へと走る。男のうち一人が彼女を追おうとするが蒼月に足払いを食らってよろけた。斬りかかってきたもう一人には腹に拳を叩き込む。顔を歪めて動きを止める彼らを見ることなく、蒼月は冬華の後を追った。武器も持たない己が勝つ術はない。
少しすると、よろよろとそれでも前へと走る彼女の姿を目に留める。
「華」
隣に並んで小さな声で呼んだ。冬華は足を止めずに蒼月を見遣る。彼の無事を確認して少しだけ表情が和らいだ。
「君は何処かに隠れていて。あいつらは私が引き付けるから」
「それは」
「華」
強い意志の籠った声音に渋々頷いた。足手纏いなのは分かっている。冬華は近くにあった高く生い茂る草木の中に隠れた。