第六話
水希の机の引き出しから、小さなノートが見つかったのは、
彼女の姿が見えなくなってから三日後のことだった。
書きかけのページには、こう書いてあった。
「これは、妄想です」
「私は変じゃありません」
「でも、誰かに聞いてほしかった」
筆跡は震えていた。
最後の数ページは、涙でにじんでいた。
*
あの日の放課後、水希は学校の非常階段を上って、屋上へと出た。
夕暮れの空が、血のように赤かった。
手すりにもたれながら、静かに眼鏡を外す。
世界がぼやける。
(ああ、綺麗。見えない方が、ずっと綺麗)
背後のドアが風で少し揺れていた。
それが、誰かの呼び声のように聞こえた。
「水希!」と叫ぶ声は――実際にはなかった。
水希の耳には、もう何も届かなかった。
*
教室に残された机。
図書室のノート。
家族のもとにも、友達にも、何も知らせずに。
彼女は、そっといなくなった。
*
陽向は泣きながら言った。
「本当に……何も知らなかった。気づいてあげられなかった」
担任の先生は、繰り返す。
「あの子は、特に問題はなかったんです。真面目で、本を読むのが好きで……」
でも、本当は皆、うすうす感じていた。
水希が、どこか遠い場所に立っていることを。
ただ、それを“気のせい”で片付けた。
“おとなしい子”だから、と。
*
誰も知らなかった。
彼女が、どれほど鏡を怖れていたか。
どれほど、メガネを通した世界に不安を抱いていたか。
どれほど、“本当の自分”がどこにもいないと感じていたか。
*
最後のページに、彼女はこう書いていた。
「鏡の中の私は、笑っていたけれど――
きっと、本当は泣いていたんだと思う」
「見てほしかった」
「気づいてほしかった」
「でも、もう遅いね」
「……ありがとう。ごめんなさい」
続きは明日の夜投稿します