第五話
朝、目が覚めた時、何かが変わっていた。
自分の手の色が、少しだけ違って見えた。
肌の色が薄い。血の気がない。
冷たくて、触れても“自分の感触”がしなかった。
鏡を見た。
そこにいた“私”は、私じゃなかった。
目の奥が笑っていた。
ほんの少しだけ、満足そうに。
*
学校に行くと、皆が笑っていた。
友達の陽向が「おはよう」と言ってきた。
でも、どこかぎこちなかった。
笑ってはいたけれど、その目は水希を見ていなかった。
(私がここにいても、誰も本当には見ていない)
授業中、教科書の文字が黒い点のように見えた。
全部、意味がなかった。
先生が指名しても、水希は何も言えなかった。
でも、それに誰も気づかない。
まるで、最初から存在していなかったみたいに。
*
放課後、教室に一人残って、机に突っ伏す。
耳鳴りがする。
誰かに呼ばれている気がするけど、聞き取れない。
ガラス窓に、自分の顔が映っていた。
また、あの“笑い”だ。
ほんの少しだけ、口元が、吊り上がっている。
「ねぇ……どうして、そんな顔してるの……?」
水希の問いに、反射の中の“自分”は、黙ったまま微笑んでいた。
笑っているのに、悲しい顔だった。
まるで、すべてを知っている顔だった。
*
家に帰って、ノートを開いた。
私がいない世界の方が、きっと正しい。
私がいない方が、誰も怖くない。
私の世界は、どこにもなかった。
書いた文字が震えて、にじんで見える。
メガネを外す。
ぼやけた視界の中で、すべてが曖昧になる。
書きかけのページの向こうに、もう一人の“私”が立っている気がした。
でも、見えないから、怖くない。
むしろ、何も見えない方が安心する。
そうだ。見なければ、なにも起こらない。
でも、もう――遅かった。
続きは明日の夜投稿します