第四話
日曜日の午後。外はやけに静かだった。
風もなく、車の音も聞こえない。
ふと、世界が止まったような気がして、息を吸い込む。
この静けさの中に、何かがひそんでいる。
水希には、そう思えてならなかった。
*
「あんまり鏡ばかり見ない方がいいよ」
月曜日の昼休み。陽向がそう言った。
「昨日、スマホのカメラで自分を見てたとき……変だったんだ」
「変?」
「うん。鏡越しに見た自分が、ちょっと遅れて動いた気がして」
陽向は笑いながら言ったけど、水希の背中には冷たい汗が伝っていた。
「……それ、よくあるやつ。たぶん、錯覚だよ」
震える声でそう答えると、陽向は少し心配そうに水希を見た。
「水希、最近ちょっと変だよ。……大丈夫?」
その一言で、すべてを吐き出したくなった。
でも、それをしてしまえば、「完全に変な子」になる気がして、
口をつぐんだ。
*
放課後、水希は一人で図書室に残った。
誰もいない窓際の席で、本を開くふりをして、
ノートを広げる。
私が知っている“私”と、鏡の中の“私”が別人だったら?
いつから違っていた?
それとも、最初から私は……偽物の方だった?
答えのない問いばかり、どんどん出てくる。
図書室のガラスに、うっすら自分の姿が映っていた。
……あれ?
反射の中の自分の顔が、少しだけ違って見える。
鼻の高さ? 目の大きさ?
いや、もっと曖昧な……“印象”が違う。
じっと見ていると、反射の中の「私」が、
にやり、と口角を上げた気がした。
水希は、音もなく立ち上がって、ノートを閉じ、図書室を出た。
廊下に出ると、ふらついて壁に手をつく。
呼吸が浅い。手が冷たい。
(私、壊れ始めてる……?)
*
家に帰っても、落ち着かずに部屋のカーテンを閉めた。
机の上のスタンドライトだけをつける。
そのわずかな光で、本を読む。
でも、文字が波打って見える。
……視界の端に、動いたものがあった。
顔を上げると、部屋の隅に置いてある姿見が映る。
本を読む“私”が、静かにそこにいた。
それは、私の動きにぴったり合わせてページをめくっている。
顔の角度も、手の位置も、完璧に一致していた。
――なのに、水希は確信した。
あれは、自分じゃない。
何かが違う。
「……ねぇ」
自分の声が、鏡の向こうまで届いたかのように、
映った“私”が、ほんのわずかに顔を傾けた。
その瞬間、水希は立ち上がって鏡に背を向けた。
(これは夢。妄想。思い込み)
何度も心の中で繰り返して、
ベッドにもぐりこむ。
でも、背中に、視線を感じた。
冷たく、じっと、絶え間なく。
まるで、鏡の“中”から。
続きは明日の夜投稿します