乙女ゲームとは②
「あれは……物語なのか?」
「絵が動いたりもしていたわ。下に文字が書いてあってわかりやすかったわね」
「絵物語……いや、もっと別の何か……」
会場の人間たちも同じだったようで、口々に自分たちが見た映像について語りだした。
「ぶっ飛んだ表現もあったが……正直、面白かったな」
「確かに。これまでの文学作品とは全く異なっていました」
「外国で作られた物語か?」
「バッドエンドまで作られるものは少なくともわが国にはありませんからね」
なかなか好意的な意見が目立ち、私は耳を疑った。だって今見た乙女ゲームはどれも……。
「私からすれば、男の言動に引っかかるものがあったのだが」
「そうかしら? 私から見ればとても素敵な殿方ばかりだったわ」
男性が攻略キャラの言動に納得いかないものがあると口にすると、その奥方が反論する。
「今見せたのは女性向けの作品だから、殿方から見れば変に見えるところもあるでしょうね。でも、逆に男性向けの作品に出てくる女性って、女から見れば変に見えることもあるし、おあいこだと思うわ」
サリーの発言を聞いて、幾人もの人間が「ああ」と納得した声を出した。女性陣にいたっては
「確かに。こんな女いるわけない、という人物っていますわね」
「作者は女のことをろくに理解していないことが分かりますわよね」
「殿方って、あんな感じの女性が好みなのですね」
「そういえば父が集めている本に出てくる女性もあんなのばかり……」
と口々に言ってきて、男性たちはどこか気まずそうな表情をしているのがわかる。
だが、そんなことはどうでもよかった。
仮にも前世は乙女ゲームのヘビーユーザーを自認していたのだ。その立場からすれば到底認められない点があった。
「認めないわ……あんなのが乙女ゲームだなんて!」
「イリール? どうしたのですか」
叫びも同然の反論をする私にお母さまが怪訝な顔を向けるが、それを気にする余裕はなかった。
「あら、何がダメだったのかしら? 教えてくれる?」
「当然じゃない! 今見せられたゲームはどれもこれも―――」
「悪役令嬢が断罪されてないじゃないの!」
■
会場を一瞬、静寂が支配した。
「……あくやくれいじょう?」
誰かが口にした単語に、誰もが意味不明な顔をした。
悪役はわかる。令嬢もわかる。でも、悪役令嬢ってなんだ。
悪役ということは、物語の敵役ということか。今見せられた物語には、敵役の少女は出ていたが、悪役というと首をひねってしまう。
そんな皆の反応に当の本人だけはまったく気づいていなかったが。
「―――まず教えてほしいんだけど、悪役令嬢とは何か。そこ説明できる?」
「当たり前よ! いい、そも乙女ゲームとは―――」
サリーの問いかけに、彼女はかなりの気迫を出しながら乙女ゲームについて語りだす。
要約すれば物語の中に登場する男性たちとの疑似恋愛を楽しむ遊戯であり、バッドエンドまで行かずに最後には結ばれることを目的とする。つまり絵と声がついた恋愛小説だと、会場の人間は理解した。
ゲーム機といった概念自体がないものについてはまったく理解できなかったため、このぐらいの理解度になったが、今この場ではさして問題はなかった。
というかイリールの狂気じみた熱気に誰もがドン引きしていた。サリーだけは珍獣を見る目で微笑んでいたが。
「そして絶対に欠かせないキャラクター、それがライバルである悪役令嬢! ヒロインと攻略キャラたちの恋を邪魔する絶対の敵。こいつの妨害を潜り抜けることで愛を深め、最後に断罪するのが乙女ゲームの目的なの!」
「攻略キャラとの恋愛じゃなくて、ライバルを断罪するのがメインになってない? その説明だと」
「実質同じだからいいのよ。悪役令嬢を断罪しないと攻略キャラはそいつと結婚させられちゃうんだから」
そこまで語ったところで、ようやく一息ついたのかイリールは深く息を吐いた。
だがその目には怒りの感情が映し出されていた。
「なのに何なのさっきのは? どれもこれも悪役令嬢断罪されていないじゃない。ヒロインの敵を懲らしめないなんてありえないでしょ。
最後には死んじゃったやつもいるけど、まるでいいやつが死んだ感動シーンみたいにしているし。ヒロインに敵対したんだから徹底的に懲らしめるのが悪役ってものじゃない!
中にはライバル自体がいない作品もあるし、あれでどうして攻略キャラと絆が深まるの?
そしてなにより、令嬢という設定がない!
こんな滅茶苦茶な展開、ストーリーが完全に破綻してるじゃない!」
『えっ』
イリールの感情がこもった発言に、話を聞いていた人間は同じタイミングで声を出してしまった。
「破綻、していたか?」
「滅茶苦茶って……いやある意味そうだけど、お話としては問題なく成立していたわよね」
「悪役といっているが、どの娘も悪と言えるほど悪辣なことはしていないと思うんだが」
「むしろ主人公たちよりも正当性を感じる人間もいたぞ」
イリールの発言に誰もが戸惑っていたが、彼女はむしろその反応こそが信じられない様子であった。
思わず彼女はバサールに訊ねる。
「バサール殿下! あなた、さきほどのものを見て、どう思いましたか。必死に主人公の邪魔をしてくるライバルを許せるのですか」
「えっ。私は……実は」
鋭い眼光で睨んでいるイリールに、不敬だとか思う間もなく、数秒悩んだバサールは正直に思ったことを伝える。
「私は『焔の乙女と氷の楽園』というタイトルでしたか。それに出てくるライバルの女性に、むしろ共感を抱いたのですが」
「私もです。闇の力をもってしまった己の宿命に必死に抗い、懸命に生きようとするあの姿勢に強く魅かれるものがありましたね」
「主人公たちも彼女を必死に救おうとしていたな。終盤で死亡してしまったが、どこか救いを感じる最期には、思わず涙を流しそうになったぞ」
バサールの発言に王妃、国王までが続く。それは、純粋に感動したという評価であり、彼女には到底受け入れられないものだった。
「嘘でしょ……あれのどこがいいと」
「じゃあ逆に聞くけど、あなたはどんなお話ならいいの?」
愕然としたイリールに、サリーが話しかける。
「ここは口で説明するより見た方が早いんじゃないか」
「それもそうね。今度はあなたの頭の中にある乙女ゲームのプレイ動画を見せるから。さっきと同じベスト5でいいわよね」
「え、えぇ。いいわよ。私が本物の乙女ゲームというものを見せてあげる!」
レオンの提案に、サリーは再び手を光らせると、さきほどと同じように浴びせる。
光が収まった後、イリールは声を荒げてサリーを糾弾する。
「そう、これよ。乙女ゲームってのはこうでなくちゃいけないの。悪役令嬢を絶対に許さない。断罪して逆ハーレムになることが本当の意味でハッピーエンドなのよ!」
「と言っているけど、みんなはどうかしら」
自分が今まで記憶している乙女ゲームの映像を見て、興奮が最高潮に高まっていたイリールは、サリーの言葉に会場を見渡し。
「……あれ?」
皆がしらけ切った、理解に苦しむ表情をしていることに気づいた。