乙女ゲームとは①
「イリールよ。お前はどこにいる。ここは物語の中か? それとも現実なのか」
「そ、そんなの……現実に決まっています! ここの人たちはゲームのキャラクターなんかじゃない。みんな生きている人間です」
「じゃあゲームの強制力なんてもの、あると思うのか? 何してもシナリオどおりに動くと信じていたのか」
「えっでも物語は絶対でしょ? ここは乙女ゲーム『あなたたちに愛される永久に可憐な乙女』の世界で、現に今婚約破棄される場面で」
「さっそく発言が矛盾しているじゃないか。想像以上にひどいな」
レオンは彼女に向かって問いかけるが、その返答にひどく失望していた。
会場のほとんどの人間は、二人の「ゲーム」という発言が理解できない。この世界においてゲームとはボードゲームを意味しているからだ。
「お前、ゲームで起こったイベントを自分でつぶしまくっていること自覚していないだろ。具体的には俺との交流の拒否、さらにほかの人間への加害活動を一切していない。それだけでゲームだったら十分内容が変わるぞ。
なのに婚約破棄されて国外追放の未来は変えられないと信じ込んでいる」
「でも、実際サリーと惹かれあっていたじゃないですか! 私を敵みたいに殿下も側近の皆も見てくるのゲームそのまま。いじめもなぜか私のせいにされて、完全にグランドエンディングの流れになっていたのですよ」
「いじめの件は、お前がサリーをやたらとガン見していたのが原因だ。そしたらお前のファンが勝手に「イリールはサリーを敵視している」と勘違いした。
さらには「サリーを排除するのがイリールのため。きっとイリールも望んでいるに違いない」と思い込んで暴走したんだよ。実行犯は誰か分かっていたんだろう? お前が一言声をかけてやれば、少なくとも黒幕、と思われることはなかった。いじめを放置していたから「イリールが喜んでいる」と勘違いに拍車がかかったんだ。俺たちが怒っているのはそこだな。
まあ、こっちの言うことを無視するほど、俺たちの価値があいつらには低かったのもあるか」
「?」
彼女は言われたことが理解できないと首をかしげると、レオンは「やはりダメなのか……」とつぶやいた。
「ついでに言うと、お前は私とサリーが惹かれあっているように認識しているんだな」
「実際学園でもイチャイチャしていたじゃない!」
もはや言葉遣いも完全に貴族令嬢のものではなくなっている。それを見ていた人間たちが「イリール嬢がイチャイチャという言葉を……」と絶句していた。
「具体的に言うと?」
「え……学園でもずっと殿下たちと行動を共にしていたし、サリーを見つめる顔はめっちゃ優しいというか、ゲームそのままの恋する男の子にしか見えなかったし……」
「……ツッコミたいところだが、そうか。ほかには?」
「?」
レオンがさらに問いかけるが、彼女はこれ以上何があるんだ? と不思議そうな顔をした。
「接吻でもしたか。抱きしめあったか。手作りのお弁当やお菓子でもくれたか。逢引きでもしたのか。今までに、俺とサリーは物理的に触れ合ったことがあったのか。それを聞いているんだ」
「え……なかったんですか?」
「ないよ。観察していたんだろう。お前だけじゃなく王家の密偵も。
陛下。監視からの報告書には目を通しているのでしょう? その中には私もしくはほかの人間とサリーがふしだらな関係であったとするものはありましたか」
レオンが父親に尋ねると、国王はしばし黙り込むと「いや……」と口を開いた。
「最初はお前がそこのサリー嬢に入れ込んでいるかもしれない、と耳にして監視を強めていた。だが、お前たちは彼女をいじめからかばうことはあっても、それ以上はしていないことが確認されている。
サリー嬢もまた、頻繁にお前や側近たちと会話することはあっても、それはすべてお前たちから話しかけていた。サリー嬢から接触を図ったことはないと記載されている」
「ええっ!?」
彼女は本気で驚いた。己の認識と全然異なっているからだ。
思わず大声を出す。
「で、でも、じゃあどうして今サリーと婚約する、なんて宣言しているのですか!」
「……なあ、もういいだろう。この茶番」
「そうね、私もウンザリしちゃったわ」
レオンが言うと、さっきまで抱きしめられていたサリーが一歩前に出てきた。
そして突然彼女の体が光輝いた。いきなりの怪現象に悲鳴が聞こえる。
光が収まると、そこにはドレスではなく古代ギリシャのキトンに似た服を身にまとった、さきほどまでとは比べようもない、圧倒的な畏怖を感じさせる誰かが立っていた。
■
「は、はアアアァっ? あなた誰よ! 何なのよ!?」
思わず声を荒げてしまった。だって仕方ないじゃない。
さっきまでレオンの腕におとなしく抱きしめられていたサリーが、突然光ったと思ったらまるで女神みたいになったのだ。私だけではなく皆びっくりしている。
唯一驚いていないのはレオンたちだけ。
「ま、まさか神様……」
「違うわよ。一応人間。でも力はあなたをイリールの中に入れた神様よりも上かもね」
ドヤ顔で私の推理を否定するサリーだったはずの女。
「ああ、男爵令嬢ってのは適当に作った設定だけど、サリーは本名だから」
「……作っただと?」
「ええ、テンポイント男爵家なんて実在しないし、書類と関係者数人の認識を改ざんしたの。あ、それ以外はいじってないから安心していいわよ」
陛下が反応すると、あっさりと答えるサリーを名乗る神様っぽい女。これに陛下をはじめ数名が顔を引きつらせるのが分かる。
貴族の、ことに領地に関する情報は国で厳重に管理している。それを改ざんしたということが、どれほどとんでもないことなのかを理解した人たちの驚愕はよっぽどだろう。
「さて、いい加減終わらせたくなっちゃったから、ちゃっちゃと話進めましょうか。ねえ、イリール・ウィスト」
どこかわざとらしく、私の名前を呼ぶサリーは片手を上にあげると、そこからまばゆい光を放った。
これは後で判明したが、学園の敷地すべてに光は及んでいた。
「……な、なによ、今の」
「乙女ゲームのストーリーだけど? 私のお気に入りベスト5の作品を全ルート見せてあげたの」
光は現実時間で一瞬だった。そしてその一瞬の間に、光を浴びた私は体感時間で何十時間もの間、あるゲームの映像を見せられていた。
そう、乙女ゲームのプレイ動画を。