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イリール③

 目の前の王太子が私の罪を弾劾してくる。具体的にはサリーへのいじめの主犯であり、あまつさえ階段から突き落として命を狙ったというのだ。


(いや今までのいじめも私はずっと無関係だったんだけど。サリーが階段から落ちたときは私学園にはいなかったわよ?)


 レオンと向き合った私はその旨を伝えたが、向こうは聞く耳を持たなかった。

何気にまともな会話をしたのはかなり久しぶりだったけど、この時の私はその事実にまったく気づいていなかった。


 そこに扉が開く音がした。視線を向ければ、その先には国王夫妻や国の重鎮たちーーーレオンとその側近たちの親である―――が慌てた様子で会場に入ってくるのが見えた。その中には私の両親も。


「これはどういうわけかレオン。別室で待機していた我らのもとに兵士が血相を変えて駆け込んできたときは、お前たちの身に何かあったのかと思ったぞ。それが、まさかこのようなバカげたことを……」

「バカげた……恐れながら父上、いえ陛下。それを言うならこの婚約自体がそうでしょう。

私は過去、何度もイリールの問題行動を伝えてまいりました。

一貴族としてなら、イリールの起こしてきたことは確かに素晴らしい。それは認めます。ですが、次期王妃としては、イリールの行動は何一つ擁護できない。

あなたは母上が同じことをしていても、王妃の務めを果たしてくれるとお思いになりますか?」

「口が過ぎるぞ! この戯けものめ、よりによってこんな場所ですることか!」

「これ以上はやめましょう。陛下、兄上はもう手遅れです」


 レオンに似た金髪の少年が一歩進んできた。彼は確か、レオンの弟で第二王子であるバサール・ミューゼック。聡明と評判で、お父様も高く評価していた。


「バサール……お前がもっと早く動いてくれれば、こんなことにはならなかったものを」

「言うに事を欠いて僕のせいですか。すべてはあなたの愚かさのせいですよ、兄上。イリール嬢をないがしろにし続けた挙句にこれとは。

わが兄ながら、怒るべきか呆れるべきか、はたまた悲しむべきかわからなくなってしまった」

「ないがしろ、ね……」


 兄に対して堂々と言葉を発するバサール殿下からは、すでに王者の風格を感じられる。

対するレオンは怯みもせず、ただ受け止めていた。その態度はまるで「お前は何もわかっていない」と言いたげだ。

 そんなレオンの様子にさすがに不快な表情を一瞬だけみせたが、すぐに自信たっぷりのものに戻した。


「イリールよ。バサールがずっとお前のことを想っていたことに気づいていたか?」

「へ?」


 思わず変な声が出てしまった。今なんて言った?

 いきなりとんでもない爆弾発言をしてきて、レオンたちを除くその場にいた全員が仰天した。

 バサール殿下もさすがに顔が赤くなるのは隠し切れず、言葉が上手く出てこなかった。


「なっな……いきなり何を」

「俺はイリールと顔合わせしたときから気づいていた。あの時一緒にいたお前の顔、よく覚えている。

人が恋に落ちる瞬間なんて、そうそう目にするものじゃないからな」


 ククク、と意地の悪そうな笑みを浮かべるレオンは、まさに弟をからかう兄のそれだ。


「多分その場にいたほかの人間も察していたと思うぞ。気づいていなかったのは当のイリールだけだろう。ウィスト公も気づいていたはずだが、幼かったからな。気にかけるほどでもないと考えたのだろう」


 お父様の顔を見ると、あっけにとられた顔をして何を呟いていた。なんとなくだけど「まさかあの時からずっと……?」と言っている気がする。


「バサールひょっとして、この婚約破棄を利用して、イリールに求婚するつもりだったんじゃないか? だとしたら見込みが甘いぞ。

王家と公爵家の婚姻は普通の貴族のそれとはまるで話が異なる。この騒動の原因である俺は廃嫡されることになるだろうが、だからといって素直にお前が次の王太子に決まるとは限らない。第一ほかの有力貴族の娘や、他国との縁談の話も持ち上がっていただろう? そっちの方をまず解決する方が優先されるべきだ。

しかも長男であるこの俺に破棄された直後に次男が求婚してくるって、ウィスト公からすればなんだそれは、という話になるぞ。いや俺が言うのもなんだが。

俺の婚約破棄を察知していたんなら、事前に根回しとかしておくのが筋だと思う」


 みんなの視線が一斉にバサール殿下に向けられる。

 ていうか知っていたの? それで振られた直後で傷心している女を口説こうとしたってこと? さすがにひく。

 というか廃嫡!? それってどういうこと。ゲームじゃ普通に国王になっていたじゃない。


「実は俺はな、お前が王位を継承してもいいと思っていたんだ。そしてイリールと結ばれたいと素直に言ってくれれば、あらゆる手立てを使ってそれをおぜん立てしてやろうと決めていたんだ」

「殿下、あなた何を……」


 いきなり凄いことを言い出したレオンに思わず問いかけるが、彼は残念な人を見る目で私を見てくる。


「でもやっぱりダメだったな。自分が”ゲームのとおりに”婚約破棄されると本気で信じて、いつまでもこれが現実だと認識していない奴に、仮にも弟の妻にはなってほしくないよ」

「………え?」


 今、なんて言った。

ゲームのとおりに、と言ったのか。あの男は。


 愕然とした私に気づかず、バーサル殿下は訳がわからないと詰め寄る。

 するとレオンは幾人かの兵士に命じて、書類を会場の人間に配り始めた。


「これはイリールが俺と出会ってから、今に至るまでの行動をまとめたものだ。

はっきり言うが、ないがしろにしてきたのはイリールの方だぞ。そこに書いていることを見れば、王太子の婚約者として何が問題なのかすぐにわかる」


 レオンの側近の一人が私にも書類を手渡してきた。

 見ると、確かにこれまでの行動が簡潔に書いている。

例えばお茶会に参加したけどすぐに帰ってしまったり、レオンから話しかけられても適当な理由をつけて離れたり、交流を拒否してきたこと。婚約解消を頻繁にもちかけていることも書いてあった。

だってしょうがないじゃない。どうせ婚約破棄されるんだから、仲良くしたって無駄じゃない。

むしろ仲良くしてからのサリーに寝取られる方がよっぽどつらいもの。


「『どうせ婚約破棄されるんだから、交流する意味なんてない』とでも考えていたか?」

「!」


 私の考えていることを読んでいたように、レオンが当てて思わず頭をガバッとあげた。

その様子、そして書類の中身を見て大勢の人間がざわめく。


「どういうことだ。これは事実なのか?」

「レオン王太子に非があると聞いていたぞ」

「そういえば、学園で殿下に話しかけられても距離を置きたがっていたわ」

「これで王妃候補など、無理があるぞ」

「鎮まれ!」


 会場の動揺を、陛下が大声を出していさめた。だが、声にでないだけで表情からは困惑を消し去ることはできなかった。


「イリール、正直に教えてくれ。お前は、王太子との婚約がそんなにいやだったのか?」

「お父様。……はい、私は、レオン王太子との婚約を何とか解消しようとしてきました」

「な、なぜ!? 先ほど婚約破棄されるとレオン王太子が言っていたが、どうしてそんなことが分かる。むしろこんなことをしていれば、殿下の不興を買うのは当たり前だ。

それになぜ私たちに言ってくれなかったんだ!? 婚約が嫌なら王命といえど断ることはできたのに」


 お父様が理解できないと全身で訴えてくる。

言えない。素でお父様に婚約解消を頼むという選択肢に気づかなかったことを。

きっとこれもゲームの強制力が働いて。


「またゲームの強制とでも考えているのか」


レオンの、ほとほと呆れた声が投げかけられた。

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