イリール②
決断した彼女は、さっそく行動を開始した。
まずは縦ロールの髪型を辞めてストレートに伸ばした。当人曰く「まさに悪役っぽい髪型だ」と、同じヘアスタイルの人たちに対して失礼極まる評価を下していたが、彼女の中ではそうなっていた。周囲の人間はお気に入りのヘアスタイルを突然変えたことに困惑したが、もともと思いつきで行動するところがあったので、いつものことと判断した。
次にわがままを止めることだ。
イリールの両親は俗にいう親バカであり普通よりも甘やかす傾向が強く、幼いころから一切叱られることなくすべて肯定されてきたことで、彼女は非常にわがままに育っていたのだ。これも悪役令嬢となる原因の一つと考えた彼女は、わがままを言わず令嬢として動くことを強く意識して行動した。
突然わがままを言わず令嬢っぽくなったイリールに周囲はまたもや当惑したが、日ごろからわがままに振り回されてきた従者たちはむしろ大喜びで、両親も「とうとう令嬢としての自覚を持ってくれた」「やっとわがままなのはダメだと気づいてくれたんだな」と親バカっぷりを発揮して素直に変化を受け入れた。
次は王太子との婚約を阻止することだが、これは失敗した。
原作ゲームでは「殿下と結婚したい」という彼女のわがままを親バカの父親が真に受けたのが原因で婚約が決まったのだが、もともとウィスト家は国内外に大きな影響力を持つ大貴族。おまけにその家の娘は聡明で王太子と同じ年齢。そんな家と縁を持ちたがるのは、よっぽどのことがなければ当たり前のことであった。
もしイリールが原作通りのわがままと評判で、かつ殿下と結婚したい、と言い出さなければ婚約の話は出なかったと気づいたときには後の祭りだった。
ゲームの強制力が働いているのか、と勘繰った彼女は次に何としても婚約を解消しようと幾度もレオンに持ちかけたが、まだ幼い彼の一存で決められることでもなく、王妃教育も順調にやっていたので、解消などされるわけがなかった。しいて言うなら何度も婚約解消の話題を持ちかけてきては自分と距離を置きたがるイリールに、レオンと彼の側近がすっかり愛想をつかしてしまったぐらいである。
並行して彼女は、前世の知識と公爵家の力を使って、様々な新事業を開始した。それは多方面にわたり、公爵家に多大なる利益をもたらした。
さすがは次期王妃、と誰もがイリールを褒めたたえたが、当人はあくまで婚約破棄されて追放された後も生き残るためにやったことであり、より婚約解消から遠ざかったのは目論見から外れたとしか言いようがない。
レオンや側近たちは、イリールの言動に問題があることを報告していたが、大人たちはイリールの功績や日頃の態度から問題視しなかった。むしろレオンたちに非があるような態度を取り始めたため、ますます仲が冷え込むことになった。
結局王太子との仲を深めるという発想が出てこないまま月日は流れ、イリールは学園に入学する日を迎えた。
それは彼女にとって、とうとうゲーム本編が始まったことを意味していた。
そこには当然、ある少女もいた。
■
「いたわね。ヒロイン」
視線の先には茶髪のセミロングの少女がいた。そしてその目の前にはレオン王太子とその側近たちが。
入学式前、学園を散策していた少女は、同じく学園敷地内にいたレオンたちと偶然出会ったのだ。自らを王太子とは明かさず一学生として名乗ったレオンに少女も名乗り、入学式が始まる時間まで談笑をしていた。
(ゲームそっくりだわ。主人公であるサリーが攻略キャラたちと出会う運命的な場面。スチルがやたらと力入っていたから、印象に残っていたのよね)
ゲームでは入学式が始まり、新入生代表としてレオンが壇上に上がると、彼が王太子だと知ったサリーがびっくりした後オープニングが流れるのだが、さすがにゲームと違ってそこまではいかないようだ。
代わりにオープニングそっくりの音楽が流れる中、入学式が終了した。
それから月日が経過する中、ヒロインであるサリーを用心深く観察するのが日課となっている。
(さっそくレオンたちのフラグを立てているようね。それにしてもヒロイン……あんな感じだっけ。ゲームで遊んだときは王道の清純派って印象なんだけど)
ゲームで受けた印象と異なり、視線の先にいるサリーは攻略キャラたちと積極的に交流を重ねており、しかもぶりっ子っぽい感じがしてイラッとすることも多い。本当は肉食系だったのか?
既に婚約者がいる殿方と頻繫に交流するため周囲の評判もあまりいいものではないのだが、そんなサリーをレオンたちは積極的にかばい、そして仲を深め、さらに周囲から孤立するという悪循環(?)を繰り返している。
(どっちにせよこのままじゃ婚約破棄は確定。いじめていないんだから追放される理由はないはずだけど、ゲーム通りに進めば問答無用でそうなるかもしれない)
現にサリーへのいじめは始まりつつあり、それに気づいた攻略キャラたちが激怒するんだけど、どういうわけかイリールが黒幕だと思われているのだ。いやなんで。
やはりゲームの強制力からは逃れられないのか。必死の抵抗を繰り返してきたけど、最近だと諦めモードに突入してきた。もう婚約破棄はあきらめて、何とか追放だけは阻止するように今後の動きをシフトした方がいいかもしれない。
■
彼女が国外追放の阻止に重点を入れて活動し始めたことで、学園での王太子たちとの交流はさらに少なくなり、ゲームでイリールが起こすはずであったイベントも起こることはなかった。
さすがに周囲もレオンとイリールの交流があまりにも乏しいことに危機感を抱き始めたが、まさかイリールが本気で婚約破棄されるから仲良くしても無駄、などと考えているとは夢にも思わず、それとなく彼女に伝えても効果はなかった。
そしてレオンの方も、もはや関係は修復不可能なまでに冷え込んでいる上にサリーと行動を共にすることが増えていき、もうイリールと積極的に交流を図る意思はなくなっていた。彼の場合、イリールのせいで不当な評価をされてきた鬱憤もあったが。
結局周囲の努力もむなしく、双方が完全に相手と向き合うことを放棄してしまい、そのまま卒業式の日を迎えてしまったのだ。
そしてゲームで見た光景がほぼそのまま再現されることになる。






