おしまい
感涙にむせび泣く彼女を、それを強く抱きしめる両親を見て、『イリール・ウィスト』の目には、あらゆる感情がなくなっていた。
さっきまであった憤怒も、失望も、何もない。
あるのはただ、家族から否定されたという事実だけ。
『もう、いいわ。さっさと終わらせて』
「……そう。じゃあ最後に何かしてほしいことはある?」
いっそ清々しいとすら思えるほど、熱を感じさせない発言に、サリーは全てを終わらせる決意を固めた。
サリーの言葉に、『イリール・ウィスト』は振り向きもせず。
『そうね……本当の前世はなんだったのか。前世だと思い込まされた記憶はなんだったのか、”あれ”に教えてくれるかしら?』
「いいわよ」
国王の命令に従って兵士たちが取り囲むのを気にもせず、サリーはまたもや会場を光に包んだ。
■
回す回す。
走って回す。ずっと走って回す。
そんなことが楽しくてたまらない。
気づけばこの中にいた。昔のことは覚えていない。多分どうでもいいからだろう。
毎日ご飯を食べて眠って、走って、その繰り返しだった。
飽きることなんてなかった。
でも最近、私の世話をしている人間はそれをさぼりがちだ。
見れば、今日もまた四角いモノに書いている絵を見て笑っている。
「ハハハっ! またすごい展開ね。ヤッバイわ隠れた神作見つけちゃった。この乙女ゲームランダムで選んだ割には大当たりね」
何か言っているが、意味は分からない。
じっと見つめていると、その人間はこっちに気づいて近寄ってきた。
「ごめんね~。私最近乙女ゲームにはまっちゃってさ。
いや~悪役令嬢もので知ったときはいじめられるの嫌だったから手を出さなかったんだけど、いざやってみたらめっちゃ面白いのよ。
しかも悪役令嬢なんていないじゃん! 心配して損した~。
まああんたには関係ないか、ほらご飯よ~」
喋ってスッキリしたのか、ご機嫌な顔で好物のヒマワリの種をくれる。
それに夢中になってかぶりつく。やっぱりこれが一番だ。
―――条件に適合する魂検出、これより回収します―――
そんな声が聞こえたと認識するより早く、私は意識が途切れた。
■
「……今度は何を見せたの?」
『分かっているんでしょう。お前の前世よ』
その言葉に震える体を抱きしめる。
今のは、人間視点ではなかった。どうみても飼われているペットのものだ。あれは。
「ハムスターよ」
「……いやあああああ!!」
気づけば絶叫していた。
ハムスター? 人間じゃなくてハムスター? うそよふざけないで私は人間として生きた記憶が。
『お前が前世だと思い込んでいる記憶は、嘘の記憶よ。悪役令嬢として動かせるための、デタラメ。
人間として生きたっていうなら、前世の家族や友人のこと、どうしてそれを覚えていないの』
「それこそ意味がわからないわ! なんでそんなことを覚えている必要があるのよ!」
叫んで訴えたけど、『イリール・ウィスト』は『おかしいって認識できないのね』とつまらなそうに返すだけ。
「ちなみにウィスト公は老衰を迎えたおじいちゃん、その奥方はどっかの鯉よ。
この子、あくまで魂を体を動かすエンジンぐらいにしか認識していなかったから、自分が作った世界と相性のいいのを機械的に集めていたの」
サリーがさらに付け加えるが、そんなことどうでもいい。
そして気づく。サリーが捕まえている女神と呼ばれる女が、どんどんひび割れていっていることに。
「とうとうこれで終わりか。今まで何回ループしてきたんだ?」
「415回は繰り返していたみたい。主がいなくなっても、健気に命令を遵守してきたけど、もう眠らせてあげましょう」
最後にサリーが、まるで子を見守る母親のような慈愛の顔を浮かべたと思ったら、女神の体が風船のように破裂した。
……それで終わり。
会場が、否、空間そのものが崩壊していくのが分かる。
「イリール」
「お父様、お母様……ごめんなさい」
「いいのよ」
最後に、二人と互いに強く抱きしめあう。
もう何もかもわからないけど、この世界の家族を愛している。それだけは確かだ。
そんな思いのまま、私の意識は断絶した。
■
「起きて、ねえ起きて! どうしちゃったの!」
大声が聞こえてきて、目を開く。
見れば、私の飼い主が涙を流している。
横になっていた体を起こして見上げると、飼い主は安心したのか腰を抜かしたのか、座り込んだ。
「もう~いきなり電池切れたみたいに動かなくなっちゃったから心配したじゃない……。
念のため病院で見てもらうかな。最近遊んであげていないから、ストレスたまっていたのかな?」
うんうん唸っている飼い主をよそに、私は食べかけのヒマワリの種にかぶりついた。
■
明かりのついたマンションの一室。その窓を見ている少女がいた。
「よかったね、ご主人様のところに戻れて。って覚えていないか」
学校の制服をきた少女―――ある世界でサリーと名乗っていた彼女は、解放された魂が無事元にもどっていたことを確認して安堵した。
あの世界は構成に甘いところがあったので、解放する際予期せぬトラブルが起こる可能性もあったのだ。フォローする態勢は準備できていたが、結果的になんともなくて一安心といったところだ。
「さて、次はあのお兄さんを送った『クラックソルジャー』そっくりの世界に顔を見せにいこうかな~」
サリーは空中を浮遊する。だが、誰もそれを認識していない。監視カメラといった機械類も同様だ。
その瞳には、『クラックソルジャー』そっくりの世界の状況が映し出されている。
「どれどれ……あら、あの世界転生者がいるじゃない。それもチートときましたか。空中戦艦を一人で沈めるとか、また好き放題してるじゃない。それもハーレム……20人以上と来たか。
見た感じ数千人の魂を取り込んで色々強化しているみたいね。
あ、お兄さん発見。ひどい顔~」
どうやら例の世界は転生者が現れて、大暴れしているようだ。彼女が転生させたレオンであった青年もひどい状況なのが見て取れる。
「なんかムカつくわね。一回ぶっ飛ばして根性叩き直すか。ついでに魂を開放しておこう」
次に介入する世界を決めたサリーは、瞬間世界を渡った。
彼女はこうして世界に介入している存在に喧嘩を売るため、旅を続けているのだ。
当初頭に書いたプロットとはだいぶ違う着地点になりました。




