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イリール①

「イリール・ウィスト公爵令嬢! 今この場において、君との婚約を破棄する! そして新たにここにいる、サリー・テンポイント男爵令嬢を私の婚約者にすることをここに宣言する!」


 ここはとある大陸にあるそこそこ大きい国に建てられた学園、その敷地内にあるパーティー会場。

 今日は卒業パーティーの真っ最中。学園を卒業して成人の仲間入りを果たす卒業生や、彼らと談笑する身内や後輩たちは、突然の出来事に全員硬直していた。


 何が起きたのか端的に言えば、この国の王太子にして卒業生代表としてスピーチをするはずの金髪の青年レオン・ミューゼックが側近たちとともに、スピーチをする前に婚約者であるイリール・ウィスト公爵令嬢を名指しで呼びつけ、壇上においていきなり婚約破棄を宣言したのだ。

 この時点で意味不明だが、さらに彼の腕の中には茶色の髪の毛を肩の下まで伸ばした小柄な少女が抱きしめられていて、彼女を婚約者にすると言ってきてますます大混乱であった。


「……事情をおたずねしてもよろしいでしょうか。殿下」


 一見すると冷静に、無表情のままレオンに言葉を返す赤い髪の毛を腰まで伸ばしたイリール公爵令嬢。

このミューゼック王国においても屈指の大貴族であり、状況次第では王家よりも影響力を発揮するウィスト公爵の息女であり、たった今まで目の前の王子の婚約者だった少女だ。

 さすがは名高しウィスト家のご令嬢。このような状況で眉一つ動かさず冷静に物事を把握しようとしている。完全無表情の彼女を見て、ほとんどの人間はそう判断していたが、()()()()()()()()()()()()()()()から見れば


『ああ~やっぱりこのイベント起こっちゃった。断罪回避に向けて動いてきたけど、ゲームの強制力には勝てなかったよ』


という本音が容易に見て取れた。


 そう、イリールと呼ばれた少女はこうなることを全て知っていた。彼女の認識では何回見ても飽きない、夢中になったゲームのシーンなのだ。

 彼女の正体は、前世の記憶をもったままイリールとして第2の生を生きている転生者であった。

 ブラック企業として社畜として生きていた前世では、乙女ゲームだけが唯一の娯楽であり癒しであり、もはやすべてであった。特に『あなたたちに愛される永久に可憐な乙女』はお気に入りで、攻略キャラの甘い言葉を鑑賞している顔は、お世辞にも世間様に見せられない表情をしていた。

 だが彼女に言わせれば


「だってしょうがないじゃない。現実じゃろくな出会いも癒しもないのに、ゲームに救いを求めてもいいでしょ」


とのこと。

 酒も飲まず習い事もせず友人も作らず、会社の外でプライベートを充実させようという発想自体がまず出てこない彼女には、乙女ゲームにのめりこむ以外の生き方を理解できなかったのだ。

 そんな前世であったが、気が付けば今まで見たこともない豪華な部屋の、これまた豪華なベッドの上で横になっていた。いきなりのことに混乱した彼女はベッドから起き上がると、さらなる違和感に気づいた。視線が低い。おまけに手足が短いような……いや、小さい。


「何……ここは」


 周囲を見渡すと、驚いた顔をしたメイドたちがいた。

「はて、いつの間にメイド喫茶に来たんだろう?」と間抜けなことを考えていたら突然


「イリールお嬢様! お目覚めになられましたか!?」


とメイドの一人が駆け寄ってきた。

 さらにほかのメイドさんは部屋を飛び出して誰かを呼びに向かった。

 まったく状況が理解できない彼女だが、自分のことをなんと呼ばれたかに気づくと、顔が真っ青になった。

 そしてすぐ部屋にある姿見まで近づくと、そこには赤い髪の毛をクルクルとお嬢様ロールにした、5,6歳ぐらいの幼女が立っていた。


(この顔、小さいけど見覚えがある……そしてイリールという名前。……あの悪役令嬢のイリール・ウィスト!?)


 彼女は前世でさんざん楽しんだ乙女ゲーム『あなたたちに愛される永久に可憐な乙女』に出てくる物語最悪の悪役、イリール・ウィストになっていたのだ。



 このイリールという悪役令嬢、自分の知る限りで最悪のキャラで、主人公のヒロインはおろか攻略キャラやサブキャラクターにまで被害をもたらす、とんでもない女なのだ。

 ゲームでこいつが出てきたシーンは毎回イライラさせられて、セリフはすべてスキップしたかった。でも厄介なことにイリールのセリフの中に攻略のヒントが隠されていて、それを見つけるためにセリフをチェックしなければいけないのが苦行だった。

 でもそんな苦労をした分、卒業式で断罪されるのは爽快で、このシーンを見るためだけにゲームをしていたんじゃないのか。そんな気分になったりもした。

 ゲームでは婚約破棄、追放後のことは書いていないが、ネットではその先を書いた二次創作も多く、いずれもこれまでの所業に応じた報いを受けるものばかりだった。いいぞもっとやれ。と傑作を見つけるたびに愉快になったものだ。

あれのおかげで社畜人生を生きてこれたと断言できる。

 とにかく乙女ゲームでも最悪の女、それがイリール・ウィストなのだ。そんな女に、なぜ自分がなってしまったのか。

 あまりのことに頭の処理能力が限界を超えてしまい、そのまま気絶した。


 再び意識を取り戻すと、なかなかにイケメンな男性と、赤い髪の毛をした妙齢の女性が、自分を心配そうに見つめていることに気づいた。

 女性は自分の手を握っていて、「イリール」と呼ぶその顔は涙目になっていた。


「お母さま……お父様」


 自然と二人を呼んだ。後から気づいたことだが、どうやらイリールの記憶を共有しているようだ。

二人は涙目のまま笑顔になり、自分を抱きしめてきた。幼い体には強すぎたようで苦しい顔をしてしまうと、それに気づいた従者たちが慌てて声をかける。

 力加減を完全に間違えていたことに気づいた両親は慌てて離れると謝罪し「よかった……本当によかった」「神よ、感謝します」と呟いた。

 落ち着くと、両親から何があったか覚えているかと問われる。何も覚えていないと返すと、どうやら自分---イリールは、嵐のあった日に、鳴り響いた雷にびっくりして階段を踏み外してしまったと説明された。

 階段を転げ落ちたイリールは意識を失い、そのまま2日間も眠り続けていたのだ、と。

それを聞いてイリールとなった私は、恐らくそのときのショックで前世の記憶を思い出し、突然の大量の記憶に頭が処理しきれずに眠り続けてしまったのだろうと推理した。

 まだ安静にしなければいけないと医師に言われ、お付きのメイドさん数名を残して皆が部屋から退出した後、私は寝っ転がったまま状況把握に努めることにした。


 なんでか不明だが自分は生まれ変わってあのイリールになっている。前世の死因は全く思い出せないが、死んだショックで忘れてしまったか、社畜として貯まった過労が原因で寝ている間に死亡したのだろう。

 もう『あなたたちに愛される永久に可憐な乙女』をはじめとする乙女ゲームをプレイできないのは未練だが、そんなことよりもこれからのことだ。

 だってあのイリールだ。乙女ゲーム史上最低の称号を得ているあのキャラだ。このままでは断罪の未来が待っているのだ。

せっかく優雅なお嬢様になれたのに追放だなんて御免被る。せっかく社畜から解放されたのに、それよりひどい未来は絶対に嫌だ。

 こうなれば断罪へのフラグを徹底的に折るしかない。

 そう、悪役令嬢になったから断罪されるのだ。なら悪役にならなければいいじゃない。

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