-君はエスパー?-
* * *
『今日のイベントではデータ収集用の《対人モード》を使用するぜ。みんな、端末は装着し終わったか?』
ざわめいていた会場が再び静まり返る。対峙する上官たちの手足には黒い機器が括り付けられていた。画面にはちらちらと数値を刻む光が浮かんでいる。
説明によれば、装置の機能の一つに、端末を着けた者同士で本格的な模擬戦闘ができる仕組みがあるらしい。ただ、手首の数値を眺めていたウェスカーが不意に顔をしかめた。
「実戦用の武器使用と全力の魔法行使まで許可されているのに、この玩具のような代物を着けただけで安全が担保されるのか? どうにも疑わしいが」
『まあ、普通はそういう反応になるよな。技術的な難しい話は省くけど――この端末を着けた者同士であれば安全装置が働くから、何をしても死なない仕組みになってるんだ』
「ほう? つまり、俺たちが投影される幻と同じ性質を持つ、と。偉く便利な枷だな」
『枷じゃなくて端末! で、それを着けてないとシステム側でデータ収集できないし、生死や蓄積ダメージの判定、例の安全装置も作動しないってワケ。だからちゃんと装着してくれよ?』
血炉いわく、修練場の囲いにはセンサーが取りつけられており、端末を通じてあらゆる攻撃のダメージを軽減する安全装置が働くらしい。大掛かりな装置が必要なため、実戦利用は困難なようだが、とんでもない技術だ。
ここまで来ると聞いてもわからない叡智が詰まり過ぎていて、もはや現実味がない。理解できたのは、ドラーグドの技師たちの高い技量と、演出にかける第四部隊の熱量が常軌を逸しているということだけだった。
『それじゃ最後に模擬戦の勝敗について話すぜ。今回はどちらかのチームが全滅したら試合終了だ。致命傷の判定を受けるか、戦闘継続できないほどの蓄積ダメージを負ったら、そこで戦線離脱として判断されるからな。あと、必ずブザーが鳴り終わってから戦闘開始すること! フライングは安全面からも絶対禁止。やったヤツはその時点で失格な!
まあ、長々話したけど最終的には普段通りに戦えばいいだけだから。10秒後にブザーが鳴るんで、がんばってくれよな~』
修練場の中央付近の壁にカウントダウンの数字が投影される。刻まれた秒数がゼロになった瞬間。観客席からの大歓声と同時に、低いブザーの音が会場へ響き渡った。
「――まったく、くだらんな。秒で終わらせてやる」
先手を取ったのは苛立ちと青い雷火を纏う弾丸だった。爆ぜた輝きが稲光を連れ、牙雲の横をすり抜けていく。
「アンタのやることなんてお見通しよ」
だが、標的となった彼女は動じない。着弾の直前、放たれた弾の軌道が大きく逸れた。念力で操られているかのように天音の身体を避けたそれは、背後の壁に弾痕を刻む。
「天音さん! お怪我はありませんか」
「大丈夫! 私は会場にいるみんなの力を借りてるし♡」
振り返った牙雲へそう返すと、彼女は拡声器を掲げた。
「さあ、次はこっちからね――みんなー! もっとテンション上げていきましょ!」
天音の号令に会場の隊員たちがコールの嵐を送る。その途端、拡声器の先にある地表が次々と前触れもなく抉れていく。時平の軍服が強くはためいたのを見たところ、衝撃波が発生しているらしい。
「え、アレって超能力!?」
「彼女はこの場の音を集め、武器を通じて放っている。ウェスカー中佐の弾も音の壁に阻まれていた」
天音は戦場で発生する音――より厳密に言えば、振動する空気を操っている。彼女は自身が発するものだけではなく、周囲の音さえも拾って力に変えていた。そして、力の源泉となる音量が増えるほどに、攻撃の威力も防壁の強度も強化されていく。
しかし、彼女の操る力は他にもあった。
「それじゃアンコールいくわよー! 牙雲くんも一緒に!」
「お、お待ちくださいっ、そんなに前に出られては――」
制止を待たずに前に出た彼女が高らかに歌う。しゃらん、と鈴を転がしたような音色が流れたかと思えば、二人の周囲が淡く輝きだした。
「なんと! 力がみなぎってきました!」
ハミングに呼応する光により、ハルバードを握る牙雲の身体から青い魔力が満ち溢れていく。精神が高揚しているのか、彼の頬には次々と鱗が生えていた。
「牙雲くんのことはアタシがいっぱい支援するわ♡ だからウェスカーのこと思いっきりぶった斬ってきてね~」
「う、しかし、この得物で中佐を狙うのはやはり良心が痛みま、」
「――牙雲くんはとってもいい子だから~、なぁんでもできるのよ♡」
「……はい! 俺は今ならなんでもできます!!」
普段は静かな水面が爛々とした光に埋もれている。今の瞳はチケットの亡者たちとそっくりだ。
「少佐、完全に洗脳されてんじゃん」
「天音中佐に声をかけられると、第四部隊でもあんなふうになる隊員ばかりだった」
「それは自分からかかりにいってる気がするんだけど……天音ちゃんって本物のエスパーなんじゃ?」
「あの人は声がとても特殊なだけだ」
直に感情を震わせる技法を操る天音の歌は、敵味方の双方に影響を与えることができるらしい。ライブで熱狂する隊員たちを生み出すのも頷けた。特に牙雲は実直な性格で暗示にかかりやすいのだろう。
「ウェスカー中佐っ、手合わせ願います!」
白波に乗り、すばやく放たれた斬撃がウェスカーを狙う。しかし。
「テメェ! 天音ちゃんとイチャついて調子乗ってんじゃねぇ!!」
水の質量が真正面から打ち砕かれた。黒鋼の表面が牙雲の背を捉える。強化されているとはいえ、細身の彼では重量の乗った鉄鎚を防ぎ切れない。
身を翻した銀の髪を追うように、後ろから鉛弾が走る。だが、追撃は天音の音波に阻まれた。
「ちっ、外したか。射撃の際に視界が遮られるのは癪だ」
「デケぇ方を選んだのは旦那じゃないですか」
「壁になれとは言ったが、遮蔽物になれとは言ってない。貴様はそんなこともわからないのか?」
「だぁもう腹立つなぁ!! 言ってること矛盾してんの気付いてもらいたいんですが!?」
大柄な彼にしてみれば、ウェスカーの要求は理不尽ここに極まれりだろう。その場が険悪な空気になりかけた時。やっと落ち着きを取り戻した飛翼が声をかける。
「時平少佐っ、がんばってください! せっかく最前列に来られたので、ぼくは少佐のカッコいいところが見たいですっ」
精一杯の声援に反応したのか。険しい表情を浮かべた時平の頬が次々と鱗で覆われていく。
「後ろがアレじゃとは思ったが……部下にそう言われちゃあ、ちっとは本気出さなきゃいけねぇな」
ぱきん、と煉瓦色の装甲を固め終えると、両肩を膨らませた彼が修羅のような形相で武器を振り上げた。
「いいか、牙雲ッ! まずはテメェからブッ潰す!」
「やれるものならやってみろ!」
咆哮を上げた前衛同士が得物を衝突させる。鋼の打ち合う甲高い音。牙雲の刺突を時平が鱗の腕で薙ぐ。弾き飛ばされた細い身体を打ち据えるも、捉えたのは長い裾だけだ。
「逃がしゃしねぇよ」
はち切れんばかりに隆起した豪腕が大鎚を振り下ろす。みし、と地面に亀裂が走った。爆ぜた礫とさざめく足元が牙雲の姿勢を大きく崩す。
「牙雲くんっ、諦めないで!!」
頬へ浮かぶ蒼鱗が煌めいた。輝きを載せたハルバードが白泡を生む。水流が衝撃波を押し戻したかと思えば、宙へ跳んだ彼が反撃に出た。
「はああぁッ!」
波打つ斬撃を連れた牙雲が前方へ突進する。迎え撃つ時平も低く構えた。だが、天音の歌唱で増幅された魔力が地面を抉りながら迫る。
「っ、こんにゃろッ」
浮力を伴う津波の一陣が時平の打撃を弱め、足元をさらっていく。煉瓦色の鱗が押し流されかけた時――
「沈め」
鮮烈な稲光が空間を白く染めた。迅雷をまとう弾頭が迫る水壁を貫通する。乱反射する閃光が水の膜に亀裂を走らせる。
ばしゃんと派手な音を立て、水の粒子が周囲にきらきらと散った。その裏で牙雲が浮かぶ頬の鱗を押さえている。鉛弾がそこを掠めていたのだ。
「ッ、当たった感覚はあるのに……傷は入っていない、のか」
転がった弾頭に会場全体が息を呑む。眉間を狙ったそれに、牙雲自身も多少の怪我は覚悟していたらしい。ただ、安全装置が作動したおかげで実害はなさそうだ。
「ふん、俺からの“慈悲”をありがたく受け取っておけば良いものを」
「音は水中の方が早く伝わるのよ。読み誤ったわね……っていうかアンタ! 本気で味方に致命傷負わせようとするなんてサイテーじゃない!」
「言いがかりだな。命じられた通りにやって死んだのなら、装置を作ったヤツらが悪い」
銃口から立ち上る硝煙を吹き消した相手に、憤慨した天音が拡声器を向ける。
「アンタがそういう態度なら――その耳、今から塞いでおいた方がいいわよ?」




