-乱入者-
* * *
天音が歌い出してから早一時間。その場にいた隊員たちは誰も彼もが彼女の歌声に酔いしれてた。曲が変わるたびに心を揺さぶられ、一体となった会場の雰囲気も高揚していく。
時平が配っていた蛍光色の棒を振りながら、紅葉は両脇にいる二人に声をかけた。
「ライブってめちゃくちゃ楽しいじゃん!!」
「そうだね! 人が多くて心配だったけど、周りが暗いからぼくも意外と大丈夫みたい」
「よかったな。これだけの規模なら澪もちょっとぐらい楽しんで――」
「……」
「この環境で寝てんの!?」
「いや、落ち着いていただけ」
「どっちにしろ変わってるわ。けど、これは一回経験したらハマっちゃう人いるのわかるかも」
「うおー! 天音ちゃーん!! こっち向いてくれーーッ!!」
飛翼の隣にいる大柄な上官も割れんばかりの声量でコールを送っている。
以前、ライブで時平が最前列の席を取った際、後列から「前が見えない」とクレームが入ったらしい。それもあり、今回は第六部隊でS席をジャックしにいったのだと飛翼からは聞かされていた。それが職権濫用とは見なされなかったのは不思議ではあるが。
そうしているうちに最後の楽曲が終わる。それでも熱狂は冷めやらない。
「ねえ、みんな! 前半のライブはどうだったー?」
「「「天音ちゃんサイコー!!」」」
「やったー! みんなが一緒に楽しんでくれたおかげで、アタシもサイコーの気分♡ このままのテンションで後半のイベントにつなげるわね! 会場側の準備はいいかしら?」
問いかけに歓声が上がる。頷いた天音はその場を見渡しながら告げた。
「――実は、戦況管理部隊と第四部隊の技師が共同製作した、戦闘訓練用システムのお披露目を一緒にやることになりました! じゃじゃーん!」
天音の身振りの先にスポットライトが映る。紅葉たちの左右にある壁沿いに浮かび上がったのは、無機質な躯体だ。先ほどライブの中で極彩色の光線を放っていたそれが、まさかそんな代物だったとは。
配線が剥き出しの武骨な形状は、第三部隊の砲台につながるケーブルを想起させる。静かな駆動音と共に、装置から放たれた光が天音の横へ収束した。浮かんだ映像に群衆がどよめきの声を上げる。
「あ、天音ちゃんが二人いるんだけど!?」
紅葉の目には、二人のアイドルがこちらに手を振る姿が見えていた。一つは今のステージ衣装を着た彼女と、もう一人はショートパンツがよく似合う普段の軍服姿だ。なびく裾から覗くすらりとした脚まで忠実に再現されている。
「すごいでしょ? このシステムは演出だけじゃなくて、実物そっくりのホログラムを投影できるのよ。他にもこれから実施される《能力開発支援プログラム》のための機能がたくさん詰まってるんだって!」
「――《能力開発支援プログラム》? なんスかそれ?」
聞き慣れない言葉には、横にいた澪や飛翼もピンときていない顔をしている。すると、普段の厳つい表情に戻った時平が口を開いた。
「《能力開発支援プログラム》ってのは、言葉通り戦闘部隊の戦力強化を目的にした特殊訓練計画のことだ。あの装置に戦闘データを蓄積することで、手合わせ以上の稽古ができるようになるって話だな。この間の定例会で公開間近だと言われてたが、まさかこんな場所でお披露目たぁ思わなかったぜ」
「うわぁ。ウチの少佐が言ってた話、冗談じゃなかったのか」
将校たちの間では、軍が考案した訓練課程として投影された立体ホログラムとの模擬戦闘を行う計画が知らされていたらしい。
天音の部隊で開発された装置の用途を知り、非現実の空間から引き戻された隊員たちはざわついている。
『天音の言う通り、この装置は超スゴいんだぜ? オレたちの戦闘データを読み込んで、本物の戦闘時と変わらない対戦用のホログラムを作れるんだ! だから、安全かつ、効率的な戦闘訓練ができる優れものってわけ。使わないと損だろ?』
「けど、まだ反映できる隊員のデータがあんまりないのよね。だから後半はアタシとスペシャルゲストがデータ収集もかねた手合わせをすることになってるの! まだ相手が誰か聞かされてないから、アタシも楽しみ~♡」
『じゃあ、準備が整ったらボチボチ始め――えっ、ゲストが脱走しただって!?』
ごと、と拡声器を取り落とす音が入る。血炉が運営の隊員と慌ただしく話す様子が下から聞こえてきた。
「まいったなぁ、誰か捕まえらんないの? 今日は亜久斗もいないしオレ一人じゃ大変なんだよな……うん? ああ、そうなんだ。じゃあそれまでオレと天音で場をつないでおけば、」
聞き取れたのはそこまでだった。突如として轟いた爆発音に辺りが騒然となる。出処は円形の闘技場を模した会場の最下層からだ。
「ちょっと、血炉! 今の何の音? こんな演出聞いてないんだけど!」
『えっと、しいて言うなら、ゲストがやらかした“アドリブ”ってヤツ?』
暗がりにある通路が青白く染まる。続いたのはばりばりと有象無象を食い破る派手な音。天音が向かってくる物の正体にはっと息を呑む。
張り詰めた空気がきん、と澄む。刹那、空間へ無数の亀裂が走った。影の落ちる通路へ次々と青い稲妻が爆ぜる。土埃に紛れて会場に現れた人物は――軍帽の将だ。
「ウェスカー!? どうしてココに」
叫ぶ天音の前で、黒鋼を構えた彼がこれ以上ないほどに不機嫌な顔で吼えた。
「俺をこんな茶番に巻き込んだのは貴様か」
「アタシのワケないじゃない。それより、なんでいきなり戦闘態勢で来たのよ」
「この状況がわからないとは。取り巻きばかり飼っているせいか随分と鈍い女だな」
「はあ? いちいち突っかかってきてめっちゃムカつく、」
『……天音っ!! 後ろ、後ろーーッ!!』
放送席から血炉が声を張り上げる。座っていた観客たちも悲鳴を上げた。眼下へ広がった光景にはひどい既視感を覚える。
なぜなら――壁伝いに伸びた数多の緑が通路から溢れ出し、一斉に修練場の最下層を取り囲んでいたからだ。
「キシャアァアアーーッ!!」
「な、何よこれ!? 緑の化け物……!?」
虚を突かれた天音の背中で緑の蔦がしなる。だが、横のホログラムを掻き消した一撃は、雷火を纏う弾丸に絶たれた。
「ちっ。一体どこから湧いてくるんだ、この化け物め」
牙のような葉が生えた植物の頭部が首をもたげる。奇声を上げた緑の群れが、今度はウェスカーを食らおうと次々に襲いかかる。回避を優先しつつも、彼は冷静に細い茎を撃ち落としていった。しかし、緑の量は増え続けるばかりだ。
「狙われてんのはアンタなんだからこっちに来ないでよ!」
「貴様が俺の進路妨害をしているだけだ」
「攻撃の方向が一緒なんだから、逃げるのだって同じじゃない!」
「いちいち喚くな、鬱陶しい」
「喚かせてるのはア・ン・タでしょ?」
「左から来るぞ」
「言われなくてもわかってるわよっ」




