-凱旋LIVE in ドラーグド本部-
* * *
「うわぁ、本部ってこんなに人がいたんだな」
二階席の最前列で紅葉は思わず身を乗り出した。見渡す限りの蒼い軍服の群れは圧巻だ。通常の訓練は部隊ごとで使用するため、これほど多くの隊員で埋まった修練場は初めてだった。
待ち切れずに澪を誘って早めに着いたものの、既に半分以上の席が埋まっている。絶え間なく流れるアップテンポの曲に負けじと自分も声を張り上げた。
「拠点のライブも同じぐらいの規模だったのか?」
「前はもっと小さな規模だった。今回は参加した中でも一番人数が多い。ただ、規模が小さいと天音中佐との距離は近かったから、それはそれで良かった」
「へえ、やる場所によって演出も工夫してるんだ。にしても、こういうお祭りなんて滅多にないから気分上がるなぁ!」
「楽しそうだね」
「当たり前じゃん! イベントは楽しんだヤツが勝ちだろ?」
すると、開けた視界を堪能していた自分の肩を誰かが叩いた。
「紅葉! まさかこんなところにいるなんて」
「えっ、飛翼!?」
横に座った幼馴染は少し緊張した表情だ。彼は普段、余程のことがなければ人が多い場所を避けているはずなのだが。
「てっきりライブには興味ないのかと思ってたわ。部屋でも行くなんて話、してなかっただろ?」
「その、ぼくにも色々と事情があって……わひゃっ!?」
裏返った声を上げた彼が慌てて自分の背に隠れる。何事かと振り返ると、澪がこちらをじっと見つめていた。
「おれ、嫌われた?」
「あー、違う違う。コイツはオレの幼馴染なんだけど、昔から人見知りがすごくて、初対面だと誰でもこうなっちゃうんだよな――ほら、飛翼! そんなにビビんなくても大丈夫だって。澪はオレのダチだからさ」
「す、すみません、さっきはびっくりしちゃって。ぼくは第六部隊の飛翼です。澪さん、よろしくお願いします」
飛翼がぺこりと頭を下げたが、澪はその場で首を傾げている。
「第六部隊? そういう柄には見えないね」
「あはは、よく言われます」
「――んなこたぁねぇぞ。見た目はともかく、コイツはオレが認めた立派な漢だからな」
三人の後ろから快活な声が響く。現れたのは第六部隊を引き連れた時平だ。彼らは紅葉たちの周りに次々と着席する。
「時平少佐、ぼく、本当に最前列でいいんですか? 他に見たい方がいるかもしれないのに」
「お前はちっこいから後ろだと見えないだろ? 遠慮せず座ってろよ」
「うわ、一気にぎゅうぎゅう詰めになったなぁ。時平さんたち、みんなでココ一帯の席取ったんですか?」
「当たり前だろーが。久しぶりの天音ちゃんのライブでS席取らないとか、何のために生きてんだよ! なぁ、飛翼?」
「早起きして整理券を取りに行ったかいがありました……早起きというよりほぼ夜勤対応でしたけど」
「ちょっと前に言ってた第六部隊総出の早朝訓練って、そういうこと!?」
豪快に笑う上官の横で飛翼が項垂れている。
天音のファンである時平の命令で、彼はまだ夜も明けない時間から駆り出されたようだ。そして、今回は厚意で上官の隣へ引っ張られたらしい。
「ぼくは他のみんなより早く列に着いたんだけど、前に10人ぐらい並んでたから焦ったよ。それに、S席チケットが取れたことは誰にも話すなって釘を刺されてたから、紅葉にも言えなかったんだ」
「うん、それは時平さんの言う通りにしててぜったい良かったと思う」
「おれも紅葉のせいでひどい目に遭った」
「だって単なるチケットで殺し合いになるとか化け物に遭うとか思わないだろ!?」
「ば、化け物……!? 怖いこと言うのやめてよ!」
冗談とも言い切れない話をしていると、不意に辺りがすっと暗くなる。流れていた曲が途絶え、席にいる隊員たちも声のトーンを落としていた。
きん、と拡声器の電源が入る。微かなノイズの後にアナウンスが流れ出した。
『――ええ、本日は、第四部隊主催の《凱旋LIVE・in・ドラーグド本部》にお越しいただき、誠にありがとうございます。開催時刻直前となりましたので、会場の皆様にはライブをお楽しみいただくための注意事項を……ああもう! 亜久斗が作った原稿、堅過ぎて読みにくいんだよな!』
紙を投げ捨てる音と共に、聞き覚えのある声が愚痴を溢す。放送席にいたのは輸送班にいたあの化け物――否、上官だ。
『どーも、今日の司会進行を頼まれた血炉でーす! これからライブ始まるんで、いい感じに楽しんでくれよな! じゃ、あとは第四部隊に引き継ぐんでヨロシク〜』
「……血炉さん、びっくりするほどなにも司会の仕事してないっスね」
「紅葉、放送席はここの真下だけど」
「え?」
紅葉が身を乗り出して下を覗き込むと、頬を膨らませた血炉がこちらを見上げていた。
「今の全部聞こえてるぞー!! 後で齧ってやる!」
「ごめんなさい! 謝りますんで齧るのは勘弁してほしいっス!!」
「もー、次は許さないからな!」
血炉が顔を引っ込めれば、暗がりに包まれていた修練場の中央をスポットライトが照らし出す。円形の舞台で煌びやかな衣装を纏う人影は、まごうことなきアイドルだ。
「アリーナのみんな、久しぶり! 元気だったかしら?」
片手に拡声器を構え、重なる濃淡のついたドレープをなびかせた天音がその場でくるりと一回転する。可憐な容姿に各所から歓声と拍手が湧き上がった。
「うん、こっちも変わりないみたいね! やっと本部に帰ってこられてアタシも嬉しいな。でね、今日のイベントプログラムは二部制になってるの。前半はライブで、後半には別でイベントがあるんだって!」
「「「なになにー?」」」
「うふふ、まだヒミツよ♡ だから後半も含めて最後まで思いっきり楽しんでいってほしいな! それじゃさっそく始めましょ!」
「「「わーーーー!! 天音ちゃんサイコー!!」」」
魅惑のウインクに会場が今日一番の盛り上がりを見せる。すると、天音の周囲に異なる衣装を着た第四部隊の隊員たちが現れた。さらに別の場所では楽器を構えた者もいる。
「すげぇ! 第四部隊の人たちって、舞台設営だけじゃなくて歌って踊って生演奏までやるんだな」
「あの人たちは第四部隊の精鋭――いや、親衛隊だ。天音中佐のボディガードを担うための強さを持つことは当然として、他にも一芸に秀でていなければなれない」
「もしかして、第四部隊の精鋭になってたら澪もあの中に混ざる予定だったのか?」
遠い目をした同僚の肩を叩きつつ、準備を進める彼らの姿を眺める。誰もが緊張感を持ちながらもどこか楽しそうだ。
このライブは第四部隊の隊員たちが天音のために創り上げた部隊――いや、舞台の集大成なのだろう。そこに立つ彼女を輝かせることこそが彼らの使命であり、至上の喜びだ。
ざわめきがしん、と静まる。天音が片手を上げる。深く息を吸い込む音。明かりが落ちる。集めた視線の先で、中央にいる彼女の姿が闇に消える。
その途端、重なる音色が宙を震わせる大音量で流れ出した。ブラックアウトした世界で、激しく明滅する光線が会場全体で交錯する。乱れ舞うネオンに照らされた独壇場で、澄み渡る呼びかけが響いた。
「さあ、最初はこれを聞いてちょうだい――新曲『マシンガン・レディ』!」




