-ラブ・イズ・オーバー-
「第四部隊の人たちって、めちゃくちゃイキイキしてますね」
「皆、天音中佐を信頼しているのだろう」
「いや、信頼とはちょっと違うような」
その時、背後でがちゃりと扉の開く音が聞こえた。振り返れば、煌びやかな衣装をまとった天音がこちらへ駆けてくる。
「牙雲くーん! 久しぶりっ♡」
「なっ、……!?」
弾みをつけた彼女が勢いよく飛びついた。辛うじて受け止めたものの、牙雲の姿はたっぷりとあしらわれたフリルの海に埋もれている。
「待たせちゃってごめんね! さっき他の子たちと衣装合わせで別の部屋にいたの。ほら、今回の新作候補! 見て見て、カワイイでしょ♡」
「あ、天音中佐はその、何をお召しになられても似合います……」
「もー、中佐って呼び方は可愛くないから『天音ちゃん』って呼んで?」
「いえ、上官をそのように軽薄な形でお呼びするのは憚られます! せめて天音さんでお許しください」
「ノリにくいけど、その方がいいって言うならしょうがないわね。そんな牙雲くんのマジメなとこが好き♡」
「ううっ……ご評価は、ありがたく」
天音のストレート過ぎる愛情表現と、慎み深い性格の彼とはどう見ても波長が合っていない。アイドルから熱を上げられているのは羨ましい限りだが、殊にそうした話とは縁遠い上官にしてみれば堪ったものではないのだろう。
牙雲がやんわりと距離を取ろうとしたものの、天音は宙に浮いた彼の手をぐい、と引き寄せる。
「そういえば! ちょっと前に牙雲くんが大ケガしたって聞いて、アタシ眠れないぐらい心配したのよ! 傷はもう大丈夫かしら。痛かったでしょ?」
「お気遣いありがとうございます。もうどこにも支障は、」
「あーん! いい子ね〜! がんばった分、天音がいっぱいよしよししてあげるっ」
「むぐッ!? う、ぅう……ッ――!!」
牙雲の口からくぐもった呻きが漏れた。後頭部を押さえ込まれ、あらぬ場所へ顔を押し付けられたせいだ。
「ぷはっ……あ、天音、さんッ! あの、当たっています!」
「うーん? なにが?」
「そ、そのッ、む、胸が、顔に……はぶっ!」
「あら、牙雲くんったらそれは違うわよ。当たってるんじゃなくて――当・て・て・る・の♡」
「あ、あ、あて、あてて……!? そんな破廉恥なことはあぁ……」
「わーっ!? 少佐っ、しっかりしてください!!」
きゅ、と牙雲が短く鳴いた。魅惑の谷間に挟まれ、脱力した背中を慌てて支えに入る。完全にオーバーヒートだ。頬に生えた鱗まで真っ赤になっている。
「ウソでしょ? これで気絶しちゃったの? ど、どうしよう……初心過ぎてカワイイ~~っ!! 天音キュンキュンしちゃう♡」
「そんな天音ちゃんを見て! 我々もキュンキュンします!!」
「「「キュンキュンしまぁーーーす♡♡♡」」」
ここは血肉塗れの戦場にも引けを取らない《混沌》だ。魂が抜けた上官の顔と、その前でうっとりとしている彼女、周りに集まった隊員の幸せそうな表情との落差が、現場の悲壮さをより一層の物にしている。
澪が異動を申し出た理由と、牙雲が行き渋った意味。当時の彼らの苦い表情は、今なら嫌というほどよく理解できた。
「いやいやいや! みんなでキュンキュンしてる場合じゃないから! しょーさも早く起きてくださいよ!! この部隊怖いんでオレもう早く帰りたいっス……!」
「……きゅうぅん……」
どうにか天音から身体を引き剥がし、上官の頬を何度も叩く。だが、目を回した彼の意識が戻ってくる気配はない。
「あらあら、完全に伸びちゃったわね? なら起きるまでアタシが膝枕してあげるわ♡」
「それは少佐がショック死するんで代わりにオレを膝枕してください!!」
「膝枕は牙雲くん限定だからダーメ♡」
「そこは冷静なんスね……」
「うーん、けどこのままだとかわいそうね。とりあえず、起きるまであのソファを使ってちょうだい。さあ、後はアタシが対応するから、みんなは準備に戻ってね!」
「「「はーい!」」」
どさくさに紛れた要求は通らなかった。肩を落としながらも、仕方なく近くの座面に牙雲を寝かせる。集団に取り囲まれる気まずさを感じていたので、彼女が人払いをしてくれたのは素直にありがたい。
「――そういえばアナタ、見かけない顔ね。第五部隊の子?」
「ハイ、紅葉って言います」
「ああ! たしか澪と一緒に精鋭になったんでしょ?」
「アイツ、そこまで話してたんですね」
「この間、アタシがおしゃべりしたくて色々と聞いたの〜。あの子がちゃんと馴染めてるか心配だったのもあるから」
「元気にやってますよ。天音さんは、」
「――『天音ちゃん』にして?」
「あ、ハイ……天音ちゃんはこんなに隊員抱えてるのに、一人ひとりのことちゃんと覚えてるんですね」
「そうね、人の顔と名前を覚えるのは得意よ! 見た目もそうだけど、こうして話せば相手がどんな音をしているのかも分かるし」
「音、ですか」
首をかしげた自分に、天音は大きな瞳を瞬かせる。
「そう! 特に牙雲くんからは繊細だけどまっすぐで、すごく一生懸命に生きようとしてる音がしてるから、誰よりも応援したくなっちゃう!」
「うーん、わからないような、わかるような?」
彼女は昔から様々な音を拾って聞き分けることができるらしい。そこには他者から発せられる音――声だけでなく、立てる物音や鼓動も含まれている。
彼女はそうした情報から、相手の性格や感情の機微を察することができるらしかった。それが牙雲だけに適用されないのは大きな疑問だが。
「……う、……」
「あっ、少佐! 大丈夫っスか」
「なんだかひどい眩暈がする」
「眩暈ですって? まあ、かわいそう! まだ休んでてもいいのよ? 子守唄でも歌ってあげ、」
「――結構です! 急に目が覚めました!」
ばっと起き上がった牙雲が背中に隠れる。自分を盾にしつつ、彼は先の騒動ですっかり忘れかけていた用件を告げた。
「先日、澪を通してチケットをいただいたのですが……どうしても外せない予定があり、こちらには行けそうになく。今日は直接のお詫びとチケットをお返しに来た次第です」
「あら、そうだったの。それは残念ね……ただ、必要な人は関係者席で呼んじゃったし、もう渡しちゃったものだから、チケットは牙雲くんの好きにしていいわ!」
「承知しました。では、ご厚意はありがたくいただきます――今日もお忙しいと思いますので、我々はこれで失礼を」
「えっ、もう帰っちゃうの? 今からお茶を準備しようと思ったんだけど」
「これ以上、天音さんのお手を煩わせるわけにはいきません。紅葉、すぐに行くぞ!」
「ハイ! お邪魔しましたっ」
「あーん、もうちょっと居てくれてもいいのにぃ~!」
真顔になった牙雲が脱兎のごとく扉まで走り出す。天音の残念がる声には後ろ髪を引かれるものの、取り残されては戻れない。紅葉も慌ててそれに続いた。
執務室の扉から連絡通路まで走り、二人はそこでようやく安堵の溜息をつく。
「……危うく息の根を止められるところだった」
「オレがいなかったらやられてましたね。少佐の鼻と口、天音ちゃんの胸で完全に塞がれてたんで」
「やめろ、それ以上言ってくれるな! ……む? なんだ、いきなり両手を差し出して」
「オレ、ライブ行ったことないんスよ。第四部隊はちょっとアレな感じっスけど、天音ちゃん自体はイイ人っぽいですし、一回ぐらいは見に行きたいっス」
「そういうことか。まあ、今回は付き合わせた義理もあるゆえ、俺の代理として行かせてやる。周りには失礼がないようにしろよ」
そう言いながら、牙雲がどこか清々しい顔でチケットを手渡してくれた。これがもらえたなら、わざわざ労力を割いただけのことはあっただろう。
「ありがとうございまーす! よっしゃ、これでオレも晴れてS席チケット入手ってことで……あ、」
「――なぁああにいいいいぃ!? S席チケットだとぉおおお!!!?」
「やっべ、うっかり禁止ワード言っちゃった!!」
「俺の分は渡したからな。後は知らんぞ」
「ちょ、少佐、待って! オレのこと見捨てないでくださいよ!」
「キエエェ――ッ!!」
「わあぁ!? またアンタか! いい加減に諦めろってば!!」
「「「我々の天音ちゃんへの愛は!! すべてを超えるッ!!!!」」」
「うそ、人数増えてる!? もう勘弁してくれーーッ!!」




