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蒼い背中  作者: kagedo
EP.6 覚醒訓練編
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-オレ、ソレ、ホシイ-




* * *




 ぜえぜえと濁った呼吸が喉に絡む。螺旋階段を駆け降り、階層を何度も縦断して目が回りそうだ。だが、ここで足を止めたら死にかねない。


「うう、澪! どっか隠れないと、オレ持たないかもっ」

「……おれも、そろそろ、限界……ッ!?」

「逃がすかぁあああッ!!」


 廊下の正面から数人の隊員が発狂しながら向かってくる。もはや化け物を相手にしている気分だ。親の仇のごとく迫ってくる彼らの形相に、慌てて近くの通路へ逃げ込む。しかし。


「ここ、行き止まり……!」

「マジで!? ヤバいぞ、向こうも近くまで来てるし」


 入り組んだ突き当たりにある石畳の壁を前に、澪が蒼白な顔で振り返る。背後からは複数の足音が聞こえていた。残念ながら引き返せそうにない。


「追い詰められたのなら――殺られる前に、殺るしかない」


 澪の袖から浅葱色の鱗が覗いた。群青に虚ろな光を宿した彼は、間違いなく本気だ。もう自ら味方を倒すしかないのだろうか。


「紅葉、来るぞ」

「ああもう! 迷ってる暇はなさそうだな」


 距離を測っていた同僚が臨戦態勢に入る。奇声を上げる隊員たちの靴先が廊下の角から覗いた。覚悟を決め、腕に真紅の鱗を浮かべかけたその時――


「ぎゃああぁあ――ッ!!」


 腹を括った二人の傍で悲鳴が上がった。亡者のように集る隊員たちが、目の前でバタバタと薙ぎ倒されていく。


「え、ど、どういう、こと?」


 蒼い群れを一瞬で制圧したのは一人の隊員だった。背丈だけあるひょろりとした体躯に、表情を覆い隠す長い黒髪がゆらゆらとそよいでいる。しかし。


「ひっ……!」


 乱れた髪の隙間から覗いたものに、紅葉は小さく悲鳴を上げた。こちらを睨み据えるぎらぎらとした血の色の瞳と、口元から伸びる異様に長い犬歯――


 ここで対峙しているのは、自分たちを追って来た隊員よりも遥かに危険な《化け物》だ。


「澪、もうこのチケットを手放そう。天音中佐には事情を話して、謝るしかない」

「おれもそれがいいと思う」


 澪がおもむろに服の内側から封筒を引っ張り出した。二人で頷いて、それを差し出そうと顔を上げた時――


「なあ……早く、くれよ」


 不意に耳元へ囁きが落ちる。赤い爪のついた指先が、自分の腕を凄まじい力で掴んでいた。土気色の細い手首からは想像できない腕力だ。


「いッ! え、S席チケットはこれです! だからもうオレたち襲わないでくださ、」

「ああ……ううん、オレが欲しいのは――」


 軍服の襟を掴まれた。ぬ、と浮かび上がった口元が、目の前でゆっくりと歪な弧を描く。


「オレが欲しいのは、君の――」

「え? え? ちょ、――ッ!?」


 ――がぷッ。


「は? がぷッて? がぷッて何、」


 ――じゅる、じゅるじゅるじゅる。


「……ぎゃああぁあ――ッ!!!? これはマジの化け物おおおーーッ!!」


 気付いた時には首筋に鋭い牙が減り込んでいた。それどころか採血よりもひどい勢いで血を吸われている。パニックで叫ぶ自分の横では、澪が呆然と立ち尽くしていた。放心している彼からの救援は望み薄だろう。


「うわーーん少佐あぁーーッ!! もう悪いことしないし絶対イジらないんで早くオレを助けてええぇ……」


 情けない命乞いを叫んだところで後の祭りだ。《化け物》の腹が膨れるまで、紅葉は立ったまま意識を飛ばしていた。




* * *




「――あ、やっと起きた!」


 ふつ、と全ての感覚が身体に戻ってくる。紅葉が閉じていた瞼を開くと、眉根を下げた丸い瞳がこちらを覗き込んでいた。


「いきなり襲っちゃってゴメンな。痛かっただろ?」


 くっきりと牙の跡が残った首筋から止血するためだろうか。相手は白い布でそこを押さえながら、しゅんとした顔で項垂れている。


「貧血にしちゃったかもしれないし、オレがすぐ救護室まで運ぶよ」

「えっと、その前に、どちら様です?」


 光沢のある長い黒髪と、右目を白い医療用眼帯で覆っている相手の容姿には覚えがない。澪も小さく首を傾げている。


「あ、そっか。君たちとは同じ所属じゃなさそうだもんな。オレは血炉(チロ)。普段は《戦況管理部隊》で輸送班の班長をやってるんだ。ヨロシクな!」


 『血炉(チロ)』が長い爪の生えた掌を自分に差し出した。恐る恐る握った土気色の手はとても冷たい。


 そして、広がった袖口につながる左腕には白い腕章が巻きついていた。亜久斗と同じ文様ということは《中将》の位を持つのだろう。


「オレは第五部隊の紅葉です。そっちが澪って言います」


 身体を起こした自分の横で澪もぺこ、と頭を下げる。深紅の隻眼を細めた彼は、からからと機嫌良さそうに笑っていた。


「ん、君が紅葉でそっちがみおりんだな! よし、覚えたぞ」

「……み、みおりん……?」

「えっ、なんでオレの名前はイジってくれないんスか!?」

「えー? なんとなく」

「理由ないのが逆に傷つくんスけど!」

「うんうん、それだけ元気なら貧血にはなってなさそうだなー」

「ってか血炉さん、ホントにオレの血なんか飲んじゃったんスか」

「だって《吸血竜(ヴァンドラゴ)》の主食は生き血だし」


 聞き慣れない言葉に首を傾げていると、後ろにいた澪が耳打ちしてくる。


「《吸血竜》は戦闘に適した様々な特殊能力を持ちながらも、人を襲うことから長く迫害されてきた種族だ。しばらく前に絶滅したという話も聞いていたが、まさかドラーグドの内部に存在していたとは」

「うーん、血炉さんって話してる感じは普通の人だけど……ガッツリ血ぃ抜かれてんだよな」


 立ち上がりはしたものの、正直まだ身体がフラフラする。もし先の血炉と夜中に出くわしたら、誰でも化け物だと思ってしまうだろう。


 ただ、血炉もそれを自覚しているのか、また気まずそうな表情を浮かべている。


「吸血竜は夜行性だしオレも夜勤専門だから、普段は朝から昼まで寝てるんだ。けど、今は修練場の準備のせいか搬入物がいっぱいで大忙しでさぁ。空き部屋で仮眠取ってたところにさっきの騒ぎで起きちゃって。腹減ってたし、つい寝ぼけて紅葉のこと齧っちゃったんだよな」

「うるさくしたのは申し訳ないっスけど、理由がもう辻斬りと一緒じゃないですか」

「だからホントごめんってばー!」

「それに何でオレのことターゲットにしたんです? 他にも齧れそうな人がいたのに」


 ちら、と後ろを向けば澪がおもむろに視線を逸らした。それで気配を消したつもりだろうか。すると、血炉が隻眼で自分たちを見比べながら答えた。


「さっきの中では紅葉が一番頑丈そうだったのと、背格好がウェスに似てたからかなぁ」

「ウェスって……もしかしてウェスカー中佐のことっスか?」

「うん! 機嫌がいいとたまーに齧らせてくれるんだよ。下手な時にやると吸った分の倍は吐くけど」

「あの人がご機嫌で要求聞いてくれるなんて――血炉さん、それ幻覚見えちゃってますよ」

「まあ、確かに気難しいとこはあるけど、オレと亜久斗の話なら結構聞いてくれるぜ。オレたち“元同僚”で“友達”だし!」


 血炉いわく、彼自身を含めた三人は戦闘部隊の出身で、同じ配属だったことがあるらしい。それにしても――あの軍帽の将に友人がいたという事実が今日一番の衝撃だ。


「……あ、そうだ忘れてた! うっかり吹っ飛ばしちゃった人たち、救護室まで運んでおかないと!」


 後ろで伸びている彼らを思い出した血炉が、慌てて隊員たちの安否を確認しに向かう。すると、それまで静かだった澪が裾を引っ張ってきた。


「紅葉、今のうちに早く戻ろう。またいつ誰に襲われるかわからない」

「そうだな……じゃあ血炉さん。悪いんですけど、オレたちは用事があるんで、ここの人たちお願いします!」

「はいはーい。紅葉も具合悪くなったら、遠慮なく救護室まで行ってくれよな」


 血炉が気絶した隊員の服を鷲掴んだ。華奢に見える肩口に一人を載せると、彼は次々に複数人を抱えていく。化け物じみた怪力が発揮された光景は、この際見なかったことにして。


 袋小路の廊下から二人はそそくさと逃げ帰った。

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