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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
86/163

-結果通知-




* * *




 執務室に入ると、壁に貼り出された紙の前に多くの隊員が集まっていた。


 ――ああ、やっぱり見たくない。分かりきった話だと思って、遠巻きに臨んだ人だかりの後ろを通り過ぎようとした時。


「紅葉じゃないか! お前、試験で何やらかしたんだ?」

「こんな通知は初めて見たぞ」

「は? え? どういうことっスか」

「とりあえず見に来いよ」


 自分の姿に気づいた隊員たちに腕を引かれ、紅葉は否応なしに無機質な文字列を前にした。


「な、なんだコレ? 『追試対象者』? しかもオレの名前だけって」


 壁から剥がした用紙を食い入るように見つめる。掲載されていたのは合否結果ではなく、不可解な表記とその下にある自分の名前だけだ。


 前代未聞の通知に他の隊員たちが様々な憶測を交わしていた最中。


「紅葉、今来たのか」


 抑揚のない声で呼ばれ、眠たそうな群青色の双眸と視線が交わった。昨日のこともあって、彼とはどう接したらいいのか分からない。


 紅葉が曖昧な笑みだけ返すと、澪は淡々と用件を告げた。


「牙雲少佐が格納庫へ来るように言っていた」

「……うん、わかった。すぐ行くよ」


 貼り出されていた追試の件は自分も気になっていた。他の候補者と大きく差を開けられたとばかり思っていたのに。


 好奇の目が背中を追いかけてくる。格納庫の扉を閉め、遠ざかった視線と喧騒に溜息をついていると、横から耳に馴染んだ小言が飛んできた。


「部屋に入るなら、声ぐらいかけろといつも言っているのに」

「少佐がオレを呼んだんじゃないっスか」


 気まずさを紛らわせようと軽口を叩く。すると、ここしばらく不機嫌そうな顔でいた牙雲が、やっと眉間の皺を解いた。


「部屋に貼り出していた試験結果の通知は、もう確認したか」

「オレだけ“追試対象者”って言われてましたね」

「理解しているなら話は早い。今から追試を行う」

「え、ちょ、ちょっと待ってください! オレ来たばっかで準備も何も……ってか、追試ってなんですか? 受かるか落ちるかだと思ってたんスけど」

「本来は合否の通知だけだ。だが、お前が書いて寄越した論文の試験解答が審議対象になっている。今回の追試の結果によって、最終的な合否を決めることにした」


 自分はまだ振るい落とされたわけではないらしい。その事実には安堵しつつ、釈然としない思いも芽生えた。


「オレ、実技ダメだったんスよ? 筆記だって点数的には全然だったんじゃ」

「……お前は受かる気がなかったのか?」

「いや、そりゃ受かりたいですって! でも、あの感触じゃ贔屓もなしに合格できないっていうか」

「誤解しているようだから先に言っておくが、お前は実技試験で一番の成績だった」

「へ? 澪に負けちゃったのに?」


 混乱している自分に、牙雲が咳払いを一つ返す。


「――俺は評価の際に『模擬戦闘の結果』を見ると言った。だが、『勝敗』で点をつけるとは言っていない。模擬戦闘で見ていたのは、通常の稽古で出した指摘が改善されたかどうかだ。勝敗も要素の一つにはなるが、お前は改善箇所が誰よりも多かった」


 思えば、最近やった稽古では、澪に一勝もできなかった。それが試験では僅差まで迫ったために、高い点がついたのだろう。


「たまたま大佐が事前視察へ来ていた時に、お前は負け越していたからな。内訳としては大佐からの加点が多かった。だから俺は贔屓してない」

「わかってますよ。で、論文についての追試って、何するんスか」

「特に準備は必要ない。ここで俺が聞きたいのは、なぜこんな型破りな品をお前が出してきたのかだ。記憶が曖昧だと言われても困るから、まずは設問と書いた答えを読み返せ」


 どこか辟易した様子の牙雲が抱えていた封筒から解答用紙を取り出した。促されるまま、紅葉はびっしりと書き込まれた文字列を眺める。


 ――問。『部隊長として作戦を遂行するため、敵陣で隊員に危害が加わる可能性がある行動の選択を迫られた時に、どのような判断をすべきか。解答用紙に収まる範囲で、自身の意見を述べよ』。


 ――解。『部隊長として、隊員の安全確保を実施した上で作戦を遂行させる。方法としては、まず自分が味方を安全に逃せないか考える。もし自分だけで行うのが困難なら、他の仲間を頼る。他の仲間が頼れないなら、上官を頼る。上官もいないなら、隊員へ戦闘をやめて逃げるように促す。退避が難しいなら、先に敵と交渉する。敵と交渉が叶わないなら、自分が敵を惹きつけてその場から離す。それでもダメなら戦いながら方法を考える。

 いや、そもそもその作戦を必ずしも遂行しないとならないのか。規模縮小や別の手立てがないかを探すことも必要で、それについては以下のような方法が考えられ――』といった仮説が、同じ調子で裏面まで続いている。


 我ながら渾身の力作だと思ったのだが。残念ながら牙雲は納得していないらしい。


「改めて聞くが、こんな長文を寄越すなんてお前はどういうつもりだ? 端的に質問へ答えろという指示がわからないのか?」

「えー、解答用紙の中に答えは収めたじゃないっスか。ホントはもっと色々書けたんスけど」

「だからと言って裏まで使うヤツがいるか! 屁理屈も大概にしろ」

「だって人の命が懸かってるのに軽々しく判断なんかできませんよ。それもあって、前提条件含めて思いつく限り色んな方法を出したんです。試験では心にもないこと書いて正解になるのかもしれないけど、オレは思ってもないこと言えないっス」

「そういう問題じゃ、」

「それに、少佐だったら絶対に取れる選択がなくなるまで、味方のことは諦めないって思ったから」


 詰め寄ろうとした相手の肩を留めながら、紅葉は当時の記憶を思い返した。


 牙雲はどんな時も仲間に対して誠実に向き合っている。戦いでも必ず隊員たちを守ろうとしてくれる。


 時には強い責任感で無茶をしたこともあった。不器用さが誤解や衝突を招いたこともあった。どうにもできない脅威に晒されて、打つ手がなくなりかけたことも。


 それでも、見つめ続けてきた蒼い背中は“人”として正しい道を歩んでいる。


「もしオレが第五部隊の部隊長だったら、何よりも味方の命を優先するし、後輩がいるなら同じように教えます。少佐がいつもオレにしてくれたみたいに――あ、小言の量だけはマネしませんよ?」


 自分は彼に導かれてここまでやってきた。だから、自分も彼の意志や大切にしていることを継いでいきたい。


 軽口交じりの本心に、牙雲はしばらくじっと顔を伏せていた。そして。


「……試験は以上だ。結果については後日伝える。戻っていい」


 幼馴染の言った通り、今日はここへきてよかった。


 牙雲は自分にケジメをつける機会を用意してくれたのだ。やるだけのことはやった。ここまで話して駄目だったら、諦めもつく。


 背を向けた上官へ一礼すると、紅葉は閉ざされていた扉に手をかけた。

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