-理想と現実-
「……前に話した通り、昔は楼玄と輝月、そして私が大佐として最前線へ赴いていた。そして、ここにいる輝月は楼玄と同期のような間柄でね。我々が戦線を渡り歩いていた頃のドラーグドは、本部の戦闘部隊が十以上になるほどの勢いだった」
「じゃあ、昔はオレたちがかなり領地を広げてたんですね」
「そうだな。そして、中でも楼玄はあらゆる隊員に対して慈悲深かった。彼は誰よりも味方を想い、武勇と知略を講じて裏方の者にまで気を回していた。綻びのない完璧な男だったよ」
聖の口から出たその人柄は、スマイリーの話と一致していた。しかし、当時同格だった将校からも評価されていた彼の輪郭は、まだ戦火の奥に埋もれている。
「楼玄さんが謀反を起こした理由は、上層部と意見の食い違いがあったからだと聞いてます。スマイリーさんは詳しく教えてくれなかったんですが、楼玄さんと当時の上層部はどうして仲違いを起こしたんですか?」
「……それは彼が慕われていた理由にも通じるものだ。彼は昔から無益な争いを望まなかった。その理想を実現するため、彼は軍が進めていたある《研究》の責任者としても動いていた」
聖いわく、楼玄は軍の上層部からも重用される存在だったらしい。彼にはあらゆる声がかかっていたようだが、それが謀反とどう関わるのだろうか。
「当時のドラーグドは今と変わらず志願制で兵を募っていたが、やはり他軍と比べて頭数が少ないために、戦力維持が課題となっていた。上層部はそれを解決する方法として、様々な手段を講じていたんだ。
その一つに、本来なら適性のない者へ能力を与えるという《研究》があってね。そこでは、志願した数人の被験者へ特定の属性を操れる魔力を付与し、《強化体》となった彼らを戦地へ投入するという試験的な取り組みもなされていた」
「そんなことができるなんて、知りませんでした。でも、それならオレたちはその実験を進めて、もっと強い軍になっていたんじゃ?」
「当然、望んで力を得た隊員の士気は上がるだろう。本来の戦力なら不可能だと言われていた作戦もこなせるようになり、当時の我々の戦力は著しく向上した」
聖の話によれば、例の研究資料は既に残っていない。機密とされていたせいで、彼も具体的な中身は知らないようだった。しかし、芳しい成果を語る明朗な声に陰が落ちる。
「――ただ、その代償は大きかった。どれだけ綺麗ごとを言ったところで、軍では戦闘力の高い者が重用される。そして、基準に満たない者は、前線以外で必要とされる別の役割に回すべきだった。だが、当時の上層部にいた大総統や元帥たちは戦力を追い求めるあまり、“強さ”が全てだという価値観を是としてしまった」
過去のドラーグドは大きな過ちを犯していた。倫理崩壊が起きた集団の中で、何が起きたのか。それを知る彼が重い口を開く。
「まず、望んで能力を得た者が、それを望まなかった者を淘汰するような動きが出てきた。次に、元々力を持っていた者たちも淘汰を恐れ、自らも新しい能力を求め出したんだ。最初は競争も必要だとして、ある程度の影響には目を瞑っていた。しかし、上層部の要求が徐々にエスカレートして、最終的には当時いた隊員の三分の一が被験者になった」
「つまり、前線に出るための力を強制的に持たされた人がいたってことっスか?」
聖は小さく頷いた。『欲しくもなかった力』――飆と対峙した時に告げられた言葉が、また鮮明に蘇る。
「もちろん、楼玄は隊員の意に反した力の付与を望まなかった。彼が例の研究に賛同した理由は、自らの意志で強さを扱う個体を生むことで、戦で傷つく隊員を減らすためだったと聞いている。
だが、ある時に上層部から『もっと力を持つ兵を増やせ』と要求されたことに耐え切れず、彼は『それは本来目指すべき研究の成果から外れている』と訴えた。実際に個々の能力こそ上がっていたが、隊員は行き過ぎた力そのものに支配され、士気は下がっていたから、彼はその点を強く危惧していたんだろう」
以前スマイリーから聞いた話によれば、楼玄は戦況が悪い方向へ傾くことを阻止しようとしていた。今の聖の説明もそれと合致している。
「しかし、軍は有能だと思っていた《駒》が動かせないと知るや、次期大総統にする予定だった彼の代わりに、同期だった輝月を引き立てたんだ」
「そんな! 楯突いたからって、当てつけに他の人を選ぶなんて! 輝月さんも打診を断ればよかったのに」
「もちろん、最初は『楼玄以上の適性がない』と言って抗っていたよ。だが、彼は戦しか知らない男だったから、不幸にも傀儡として利用されてしまった。楼玄と彼は親しかったから、見方によっては彼が一番の”被害者”だ」
順当にいけば、楼玄の次は最古参の隊員だった聖が大総統となる資格を持っていたのだろう。だが、彼も当時の軍の方針には疑問を感じており、例の研究については積極的に関わっていなかったらしい。それもあり、上層部は物言わぬ《人形》を選んだのだろう。
「結局、軍と折り合いがつかなくなった楼玄は、当時のドラーグドと袂を分かつ選択をした。《内乱》で彼に加担した兵の多くは、彼から能力を与えられた者ばかりだった。それと戦ったドラーグド側も多くの兵を消耗している。戦力を求めた結果、軍はそれを半分近くも失った――まったくもって皮肉な話だよ」
聖の口から乾いた笑いが漏れる。
自らの理想を追い求めた結果、楼玄は望まない現実を突きつけられたのだ。しかし、ノーバディにいるとされる彼は、過去と同じことを繰り返しつつある。
「すまない、前置きが長くなってしまったね。私が君に一番伝えたかったのは、楼玄が通常ではあり得ない能力を持つ存在を生み出せる力があるということだ。
そして、こちらに送り込もうとしている刺客もそうした力を扱うだろう。違和感を覚えた相手からはすぐに離れることだ。もし何かあったら、迷わず私を頼りなさい」
「……わかりました」
「さあ、君も遅刻しないうちに執務室へ行った方がいい」
話している間はすっかり忘れていたが、試験の結果を見に行くのは気が重い。動くのを躊躇っていると、懐中時計を手にした聖が目尻を柔らかに下げた。
「紅葉隊員。もし望むなら、君が私の部隊へ来る用意もしておこう」
「え、オレが、第一部隊に?」
「数日後にまた声をかけるから、そこで改めて君の気持ちを聞かせてくれ」
自分の肩を叩くと、聖は鷹揚な足取りで会議室を去って行った。
今のは単なる慰めだろうか。だが、本当に彼が自らの部隊で機会をくれるという話であれば――今回の選抜試験は、やはり駄目だったのだろうか。
かけられた言葉の意図を掴めないまま、紅葉はその場でしばらく固まっていた。




