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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
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-聖の相談-

「……澪の意見は、要約すると『あらゆる犠牲を強いても課せられた作戦を遂行すべき』というものでした。自分も同意できる点はありますし、論旨を補強する意見についても、多角的な視点で内容が書かれています。特に粗は見当たりませんが」

「ただ、私の問いに即答しなかったということは、気がかりがあるのだろう」


 ここへ入ってきたばかりで結果を残している澪に懸念を抱くのは、心苦しいところもある。それに身内贔屓と言われたくない思いもあった。だが、やはり聖の目はごまかせない。


「しいて言うならば、彼には能力があるので、独断で規範を超えた行動をしてしまう可能性があると思います。時には自己判断が必要な場合もありますが、かなり危険な考えです」


 実技試験の際、澪はルールを逸脱する形で利用した。より強い表現にするならば、彼は利己のために規範を捨てたことになる。たまたまあの場だけのことだったのかもしれないが、何事も一事が万事だ。


「異動直後の状態で私も素行を掴めなかったのはあるが、君の言う通り、そうした思考を持つ隊員には気を配った方がいい。ただ、彼は確かに有能だ。自分で物事を判断できるから、仮に右腕とするなら君の負担は減るだろう」


 上官の助言に牙雲は卓上を見つめた。


 後進の育成へ手をつけるには、自分の時間を空ける必要がある。澪のように冷静沈着な者がいれば、統制の混乱を避けられるだろう。自分も彼と同じ年の頃に精鋭となった。若くして頭角を現す彼に、己と近いものを感じたというのはある。


 すると、不意に聖が置かれたままになっていた紅葉の経歴書を手に取った。


「――ああ、思い出したぞ! 前に彼は入隊式に出ないでいきなり戦地に飛ばされたと言っていたが、例の初陣で敵将討伐を果たしていた隊員だったな。そういう意味では色々と“持っている”タイプだ」

「悪運が強いと言えばそうでしょう。今も上官を差し置いて、好き勝手ばかりする男です」

「ふふ。時平少佐と彼に対してはどうにも言葉に棘があるね? まあ、紅葉隊員も筋は悪くないし、君の指導にもめげない精神力がある。ただ、澪隊員と比較するとあらゆる面で見劣りするな」


 自分に向けられた赤い瞳が悪戯な輝きを宿す。暗に問われた内容に、牙雲は返す言葉を探していた。


「彼を残したのは、この部隊の行動指針を体現している者だと思ったからです。初陣の時に命令を無視して危険な目に遭ったので、自分は彼を厳しく叱りました。その時点では矯正しきれず、問題を起こしたり、今も口さがない面はありますが――彼の動機の多くは部隊の者や《組織》を想ったものでした」

「成程。そうした本人の心根というのは、他に代えがたいものだ」

「右腕としては、彼らを足して二で割った者が適任なのですが」

「その要望を満たすには、君の複製を作った方が早いだろうね」


 苦笑交じりの答えに牙雲は溜息を零した。物事がそう上手くいかないのはわかっている。すると、悩む自分を前に聖が次を問いかけた。


「牙雲少佐。参考までに、君が今の時点で精鋭として置きたいのはどちらの隊員か、聞かせてほしい」

「もしこの段階で一人を選ぶなら――自分は澪を考えています」


 紅葉には確かに期待していた。だが、他と足並みを揃えられる実力がなければ本人に負荷がかかる。下手をすれば他の命まで巻き込みかねない。この時点で彼を自分の横に並ばせる覚悟がどうしてもできなかった。


「そうか、今回は澪隊員を選ぶつもりなんだね。では、その意見を踏まえて君に相談したいことがある――良ければ、三番手の紅葉隊員を私の部隊にくれないか?」

「は、はい? アイツ……あ、いや、紅葉を第一部隊の精鋭にするつもりですか?」

「そんなに驚くことかい? 君や時平少佐も引き抜きで私の部隊に来た一人じゃないか」

「それはそうですが」

「実は、訳あって精鋭の枠が一つ空いていてね。配置転換が終わった直後で、補填先に困っていたんだ。私が拾えば、紅葉隊員はチャンスを無駄にせず、君も選定に悩まなくて済む」


 三方良しの名案だ、とばかりに聖は一人で大きく頷いていた。だが、自分にしてみれば寝耳に水だ。精鋭にするのは憚られるが、彼を部隊から追い出したい訳ではない。


「でしたら一番優秀な者を選んでください。大佐へ余り物を渡すようなことは、」

「せっかく部隊を挙げて大々的な試験を行ったのに、部外者の私が君から最も優秀な隊員を掠め取っていくだなんて。それだと私がひどい上官だと言われてしまうだろう?」


 もっともらしい返答に唇を噛む。聖の真の目的は、紅葉を配下へ引き入れることらしい。


 その事情は察していた。自分がうっかり聞いてしまった、彼とスマイリーとの会話が原因だろう。脅威に晒されている紅葉の身を強く案じていた聖は、責任を取ろうとしていたのだ。


 それに、聖から引き立てられた隊員は将来を有望視されているという噂もあった。真偽は定かではないが、自分や時平も彼の下で経験を積んで少佐になっている。自分が目をかけたように、この上官も紅葉に可能性を見出したのかもしれない。


 ――紅葉にとっては、自分の下よりも彼に預ける方がいいのだろうか。


「大佐、今の件については考える時間をいただけませんか。実は、紅葉の出した解答にはまだ審議の必要な点があります。そこで判断が変わるようであれば、また相談させてください」

「ああ、彼はこの短時間で精査しきれない“超大作”を仕上げていたからね。人事に関する判断は腰を据えてやった方がいい。数日後に私から声をかけよう」

「承知しました」


 苦し紛れの答えだったが、聖はすんなり納得したようだった。


 もう夜も更けてきた。夜間の巡回が始まる前に、自分たちも部屋へ戻らなければならない。広げていた書類を掻き集めると、牙雲は綴りにしたそれを机の奥へしまい込んだ。

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