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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
82/167

-右腕探し-




* * *




「――ふむ、これはとても興味深い視点だ。ああ、こちらも発想が面白い!」


 卓上へ広げた用紙をめくるたびに、聖が声を弾ませる。夕食後に執務室へ戻って選抜試験の採点を進めている間、彼はずっとこの調子だ。


「論文の内容に目を通していただくのは構いませんが、採点もしてください。夜通しやるおつもりですか?」

「大丈夫、日を跨ぐまでには終わらせるから……あっ、ほら、ここを見たまえ! とても良い意見が書いてある」

「趣旨は理解できるものの、前後の話が矛盾しています。大佐は甘過ぎて、これでは試験の意味がありません」

「君が少し厳し過ぎるんじゃないか? そもそも、彼らの考えにバツをつけること自体がナンセンスだよ」


 一つ読むたびに、聖はあれこれと隊員の作品を褒めちぎっている。遅々として進まない筆に、牙雲は思わず溜息をついた。


 聖からは実技の採点だけでなく、筆記の方にも手を貸すと言われていた。無下にするのも憚られたので頼んでみたものの、これでは全員が花丸になってしまいそうだ。


「お言葉ですが、部隊にはそれぞれ相応しい人物像があります。第五部隊は様々な範囲の任務に関わるため、物事を平均的にこなせる能力が必要です。精鋭ともなれば、一定水準以上の知識、戦闘技能、対人技能がなければ務まらないでしょう」

「まあ、君自身がとても優秀だったから、隊員に対する要求が高くなるのも仕方ないか」


 そう言って肩をすくめる上官に、牙雲は握っていたペンを置いた。


「技能以外にも、隊員が部隊を率いる者として相応しい気質かをこの論文で見ています。第五部隊の信条は『《組織》に対し、常に誠実であること』です。だからこそ、自身も理想を語るだけではなく、隊員の模範となる正しい振る舞いを義務としています」

「……一ついいかな、牙雲少佐? 世の中には正解がなかったり、数値で測れない物事の方がずっと多い。能力を知ること自体は悪くないが、試験の答えだけで全てが分かるとは限らないよ」


 怪訝な顔を向ければ、黒革で覆われた上官の手から数枚の解答用紙が渡される。ひと通り自分が赤を入れて、聖へ二次採点を頼んだものだ。


「私も遠征の時に彼らの様子を観察していた。ただ、その内容を書いた者は、論文の中身と言動の不一致と思われる点が見受けられる。君の前では模範的な隊員なのだろうが、気を抜いている時にこそ本質が見えやすい。そこは見極めが必要だ」


 中央区画の監視塔へ赴いた期間中、聖は預かった隊員たちのことを細かな部分まで観察していたらしい。傍から見れば呑気な態度を見せながら、彼は自分が見落としていた所を洗い出してくれていた。


「……大佐のおっしゃる通りです。先は不躾なことを口にしてしまい、申し訳ございませんでした」

「おやおや、そう委縮しないでくれ。私は経験からの気付きを伝えているだけだ。君は理想を理想で終わらせなかったからこそ、今の地位にいる。目標に向かって実直に努力できることは、君が何より誇るべき点だろう」


 首を垂れた自分の前に、柔和な笑みが返される。聖は他人の良い点に気付き、すぐに肯定してくれる。同時に、その鋭い洞察力は裏表となる弱さも見抜いていた。


「ただ、君は素直な性格だからね。表に見えている面だけで、判断してしまうこともあるだろう。察しは良い方だから、見誤ることは少ないが――人の目は抜け漏れを起こすものだ。

 すぐには必要でなくとも、たまに誰かを頼った方がいい。せっかくの機会だし、自分の右腕を見つけるのはどうだい?」 


 聖の部隊で精鋭を経験した当時から、彼には世話になっている。抱え込みがちな自分の気質も理解していたのだろう。


 しかし、頼るというのはどうにも苦手だ。親身になってくれる聖に対しても、いつか軍を抜ける立場からして、内心では引け目がある。同期とは犬猿の仲だし、部下に弱音を吐くのはもってのほかだ。


 ただ、もし自分の腹心を選ぶならば。ある程度の強さを持ち、賢く、技量があることを前提に、信頼できる者を横に置きたい。


「分かりました。今後は将来性を見込み、自分の後を任せても良い者を育成します」

「そうだな。では、採点の続きをやろうか」

「はい。今自分が見ている論文は時間がかかりそうなので、先に実技の採点をお願いできますか。結果はあちらの机に置きました」

「了解。立ち上がるついでに、お茶でも淹れて来るよ」


 自分が遠慮を口にするよりも早く、聖は傍らにある空の茶器を拾っていた。本当にこの人には敵わない。


 大佐ともなれば、強さだけでなく、直属以外にも大勢の隊員を統制する立場だ。自分もここで手一杯になっていては、先は望めないだろう。昔から聖は自分に期待してくれている。せめてそれには応えなければ。


 鼻歌交じりに替えの茶を淹れているその背中に、牙雲は小さく頷いた。




* * *




 ――あれから数時間。各試験の採点を終えた二人は、並んだ成績表の前で腕を組んでいた。


「ふむ、結果から見ると、枠の一つはここに長くいる隊員で決まりだな。筆記も実技も、日常の態度も申し分ない。後は残ったひと枠だが」

「その枠に対しては現在、二人の候補を検討しています」


 牙雲は該当する隊員の経歴表を引き抜いた。彼らはそれぞれの試験で好成績だった者たちだ――一部は最低基準ギリギリの項目もあるが。


 すると、その並びを見た聖が嬉々とした声を上げた。


「おや、またこの二人かい? あの戦いは余程君の琴線に触れたようだね」

「そういうわけではありませんが……結果的に、あの長期戦で加点がつきやすかったのは事実です」


 並べた名前は紅葉と澪のものだった。聖が論文で弾いた者を除き、贔屓目なしに上から順に点数をつけた結果だ。


「単純な数値の比較だけで見ると、澪隊員の方が優秀に見えるな。知識分野の正解率は最も優秀だった隊員に引けを取らない。対する紅葉隊員は――彼らしいと言えば、彼らしい点だが」


 聖はニヤニヤしながら二人の試験解答と経歴表を見比べている。


「知識分野は後からでも改善が見込めます。そこは足切りの点数を超えるかだけを見て、後は論文と実技を重視したいと考えていました」

「試験の前に、君からその評価基準の案は聞いていたからね。それでいいよ。問題は、彼らがなかなか差をつけにくい要素を持っていることだね」


 聖の指摘通り、自分が決めかねていた理由は、彼らが異なる美点と欠点を持っているからだった。


「まずは澪の方ですが、既存の隊員と比較して全ての能力が高く、この部隊の精鋭としても十分でしょう。しかし、ここへ来たばかりというのが引っかかっています」

「後は論文の回答だが、理路整然と書かれていたものの、この年代の隊員らしくないのが少し気になるな」

「そうですか? 視座が高いのは悪くないと思うのですが」

「だが、この問題に君は同じような答えを返すかい?」


 書き綴られた用紙を持ち上げながら、牙雲はしばらく押し黙った。


 ――部隊長として作戦を遂行するため、敵陣で隊員に危害が加わる可能性がある行動の選択を迫られた時に、どのような判断をすべきか。自身の意見を解答用紙に収まる範囲で述べよ。


 論文として彼らに課した最後の問い。それは部隊を率いる素質を測ると同時に、今の自分自身が最も答えを知りたいものでもあった。

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