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蒼い背中  作者: kagedo
EP.1 上官との邂逅編
8/151

-伸びた髪-

「ど、どうも。この度は大変なご迷惑を、」

「ふん、思ってもない顔だな。他の隊員の前であれだけヘラヘラして。俺がお前を案じていた時間を返せ」

「あ、オレのこと心配してくれてたんスね! ちゃんと縫ってもらったから傷も塞がってきたし、思ったよりピンピンしてます」

「あれだけの敵に囲まれて生きて帰って来られるなんて、相当な幸運だぞ。せいぜい拾った命を大事にしろ」

「何言ってるんスか、少佐が守ってくれたくせに。そうそう、最後の戦いの時とか死ぬほどシビれましたよ。途中から何が起きてるのか全然わかんなかったっスけどね!」

「……それは死ぬほどというよりも、死にかけだろ」

「まあ、細かいことは置いておいて。とにかく少佐が身体張ってくれたおかげで、オレは生きてるんで。助けてもらってありがとうございました!」


 白い入院着の彼がぺこ、と頭を下げる。こうも素直な反応を返されると、小言を言う気が殺がれてしまう。


「別に。同じ立場であれば、ドラーグドの誰もが俺と一緒の行動を取ったはずだ。礼には及ばん」

「少佐のそーいう飾らないとこ、カッコ良過ぎて思わず惚れちゃいそう。治ったらデート……じゃなくて、稽古でもつけてくれます?」

「どうせ何かにつけてサボるだろ。お断りだ」

「またまたぁ、ツレないこと言って。あれだけ熱いコト叫ばれてオチない隊員とかいないでしょ」

「あの場にいたのがお前でなくとも、きっと俺は同じ言葉をかけた。特別扱いするつもりはない」

「ホントに? それにしては散々オレのことバカだって言ってた覚えがあるんスけど」

「……お、お前については事実だろ!」

「あれー、けどさっき誰にでもオレと同じこと言うって――いててッ! ちょっと、急に耳引っ張るのやめてくださいよ!」

「上官に対する不敬の罰だ。減らず口ばかり叩くお前が悪い」

「それパワハラだってばーっ!」


 紅葉は涙目で点滴針が刺さる腕をパタパタと振っている。それがなければ、返ってくる言葉の呑気さに怪我人であることを忘れてしまいそうだ。


「少しは反省したか」

「した! しました! 少佐の言う通り!」


 相変わらず調子ばかり良い奴だ。生意気な態度を改めようとする気配がまったく見えない。とはいえ、暴れて針が抜けても困るからこれぐらいで許してやろう。手を放せば、紅葉は少し赤くなった耳の先を気にしていた。


「はあ、痛かった。今はお腹の傷よりこっちの方が堪えましたよ」

「噓ばかりだな。大して力など入れていないぞ」

「言ってみただけですって。でも、敵にブッ刺されたあの時は、ホントに痛過ぎて死のうかなって思って。けど、少佐に死ぬなって怒られたから、死ねませんでした」


 小さく笑って脇腹へ手を当てている相手を見て思う。治療の知識もなしに裂けた傷口を焼き閉じるなど、考えつかない芸当だ。だが、彼はそうまでして生き残ることを選んだ。


 これまでコイツは聞き分けのない馬鹿だと思っていた。ただ、蓋を開ければただの馬鹿だったらしい。そして、その馬鹿に助けられた不甲斐ない自分もきっと同じだ。


「最後に辛い方を選んだのは自分だろ。俺のせいにするな」

「はは、そうっスね。だってここで死んだら、オレが少佐の背中を預かるって約束も守れませんし」

「……そんな話、したか?」

「ええっ、してたっスよ! それでオレじーんと来たのに!」

「何をまかり間違って俺はそんなことを言ったのか。とても危なっかしくて任せられたものではない」


 ――本当に余計なことばかり記憶しているヤツだ。今更ながら檄を口にしたこちらの方が恥ずかしくなって、つい覚えていないふりをする。紅葉はそんな自分の態度にむくれていた。


「だーかーらー、オレもちゃーんと強くなって、そういうこと言われないようにしますんで!」

「寝言は寝てから言え。お前のやってくれた無茶のせいで、こちらもとばっちりを食らった。左腕が全治一か月。肋骨のヒビが三週間といったところか」

「えっ、そんなに大ケガだったんスね? じゃあさっきの隊員さん呼んでここで見てもらいましょうよ」

「お前の下心に俺まで巻き込むんじゃない」

「あ、バレちゃいました?」

「まったく、性懲りもなく同じことを。そんなにここが良いなら隊章を返せ」

「……やっぱり本気なんスか」

「何が」

「鞍替えの件ですよ」


 コイツはそれが許されると思っているのだろうか。救護部隊で勤めるにしても手先は器用に見えないし、やることは大雑把で薬も取り違えそうだ。傍目から見て一切の適性が見当たらない。


「する訳がないだろ。お前の面倒を押し付けられた方が気の毒だ」

「へへ、なら良かった。ホントに異動だったらどうしようって、ちょっと心配しちゃいました。やっぱ少佐がオレのこと好きだからっスよね?」


 片目を瞑ってそんなことを言われても頷けるものか。上にも下にもからかわれるなんて、今日は散々だ。だが、大佐に宣言してしまった手前、彼をどこにも放り出す訳にはいかない。


「事情はともあれ、お前は俺の部下だ。たとえ引き抜きの話があっても勝手は許さん」

「ハイハイ。オレも将来有望株ですからねぇ。引く手あまたなんでその時はご相談しまーす」

「たった一回の戦で勝ったというだけだろ。その根拠のない自信はどこから来る?」


 ああ、話すのも疲れてきた。精神を落ち着けようと深く呼吸をすれば、肋骨がきりきりと痛む。つい俯くと、片手で結べなくなった髪が輪郭に落ちてきて鬱陶しい。


「お前といると血圧が上がりそうだ。もう執務室へ帰る」

「執務室って、今から仕事っスか!?」

「余計なことをしてくれた誰かのせいで、やることが溜まっているからな。後はそのうち髪を整えてもらわなければ」

「……切っちゃうんだ。もったいないな」

「は?」

「今の方が似合ってそうだなーって。もうちょっと伸ばしてみません?」

「なぜ俺の髪型にまでお前が口を出す」

「だってオレ馬鹿なんでー。同じ格好ばっかりで、後ろ姿が区別しづらいんですよ。でも髪伸ばしてくれたら、牙雲少佐だってすぐに分かるじゃないですか。それに今の長さの方が見慣れちゃったし」


 だから切って欲しくないな、なんて。本当に困ったものだ。


「……気が向いたら考えてやる」

「今度来る時は前もって連絡してくださいよ」

「わかっている。養生しろよ」

「自分もケガ人じゃないっスか。休みのお手本も見せてくださいね、しょーさ」

「それはお前の方が上手そうだ」


 乗せられた軽口だけを残し、手を振る彼に見送られながら牙雲は病室を後にした。受付の壁にかけられた時計を見れば、思ったより長居してしまったらしい。夜までに全て片付くだろうか。


 ――いや、今日は取り掛かるのを止めておこう。大佐からの命令もある手前、きっと休みも仕事のうちだ。


「まったく、おかげで変な癖がうつったな」


 自分自身へついた言い訳に、笑う相手の面影が脳裏を過ぎていった。石畳の階段に乗せていた靴先を下ろすと、牙雲は自分の部屋に向かって歩き出す。


 肩まで伸びた銀の髪と共に、その蒼い背中は廊下の角へと消えていった。






fin.

EP.1の読了、ありがとうございました。

お気に召していただけましたたら、ご評価、ご感想などいただけると励みになります。

EP.2も引き続きお楽しみください。

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