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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
78/162

-昔話の続き-




* * *




 各軍の長たちが議場を去った後。紅葉は椅子を抱えながら一人で廊下を歩いていた。澪は別の部屋に呼ばれたようで、今は近くに姿が見えない。


 会議が始まる前までは、体のいい雑用係として呼ばれたのだとばかり思っていたのだが。スマイリーはどういうつもりで自分をあの場に引き出したのか――


「なあ、少しいいか」


 呼びかけと共に肩を叩かれた。振り返った先、覚えのある顔に紅葉は息を呑んだ。


「アンタ、ノーバディの長じゃ」

「案ずるな。尋ねたいことがあっただけだ」


 残念ながらまだ厄介は続いていた。できるなら今すぐにでも上官を呼び出したい。そんな自分の気も知らず、左半分に刀傷の走る顔の青年――犀臥は、するりと正面へ回った。


「お前は飆と会ったのだろう。どうだった? 彼はとても強かったか」

「急になんだよ」

「俺はどうしても知りたい。今の彼が一人でどこまで逃げ切れるのかを」


 灰の混じる砂岩色の双眸が、純粋な好奇の輝きを添えてこちらを見据える。


 思えば、会議の場で自分の話に最も興味を示していたのは彼だった。


 問いの意図を邪推するなら、あの鬼神を討伐するためのやり方でも考えているのだろうか。ただ、その語り口からは負の気配をあまり感じられない。


「そっちからしたらアイツは裏切り者だろ。捕まえるつもりなんじゃないのか?」


 違和感を拭えないまま、紅葉は尋ねた。すると、微笑んだ彼がやけにゆっくりとした口調で告げる。


「――飆は、俺の友だった」


 返された事実に瞬きを繰り返していると、相手が淡々と胸の内を語る。


「俺は彼が軍から逃げてくれて本当に良かったと思っている。そうでなければ、俺は残心からずっと苦しんでいた」

「じゃあ、アンタは飆が逃げ出そうとしていたのを知っていたのか」

「彼が俺との争いを避けたがっていたことには気付いていた。もし彼が軍に残っていたら、俺はこの座にいなかったかもしれない。順当に行けば、基準に適合した者の中では彼が一番優秀だったからな」


 自分が精鋭を目指しているように、二人は過去に互いの強さを競う環境にいたらしい。彼らは兵の中でも選ばれた存在だったのだろう。


「……アンタたちは、軍の長になるために争いを?」

「強い者が頂点に立つのは《組織》の道理だ。だから、長になるためには強さの優劣をつける必要があった。権力を奪うため、人族は歴史の上でも血を流し続けている。時には同胞さえ手にかけることもあるだろう――生憎、彼はそれを望まなかったようだが」


 飆は自ら軍を去った。一方の犀臥はその場に残った。だが、不意に飆の言っていた『欲しくもなかった力』という言葉が脳裏をよぎる。


 自らが追われる立場になりながらも、飆は目の前にいる友との争いを拒んだのだろうか。ただ、犀臥も彼の判断を受け入れているように見える。


 ならば、あの鬼神が激しい恨みを抱えた理由は何だったのだろうか。


「アイツは……強かったよ。ぜんぜん歯が立たなかった。オレもきっと、見逃されただけ」


 疑問を抱きながらも告げた答えに、犀臥は何度も小さく頷いた。


「そうか、彼は当分捕まる気はないようだな。それを聞いて安心した。俺が会いに行くまで、どうか無事に逃げ延びてほしい」


 過去を懐かしむような瞳が閉ざされる。からからと笑う相手の口元が、見る間に歪な弧を描いた。天を仰いだ声音は、どこか愉悦に似た震えを見せる。


「ああ、そうさ。勝手に野垂れ死んでもらっては困るんだよ――彼を殺すのは、俺でなくてはならないのだから!」


 突如、秘めた狂気が空気を伝って急速に拡散する。淀んだ光を放つ瞳を見て、やっと思い出した。


 過去に対峙した鬼神はこう言っていた――『軍に残った者は、自分以外全て気を違えてしまった』と。


 彼が言っていた『欲しくもなかった力』は、自身に宛てられたものだけではなかった。彼らを狂わせた異質な“凶器”。それを与えた者に対する飆の憎しみはひどく深い。


 その感情を保つために復讐へ身を投じ、躊躇いもなく多くの命を蹂躙するほどに。


「……ッ!」


 目の前にいた相手は“おかしかった”。椅子を投げ捨て、紅葉は堪らずその場から駆け出した。廊下に反響した笑い声だけがいつまでも後ろから追いかけてくる。そこに居続けたら自分まで呑まれてしまう。


 階段をいくつも駆け下りて、人の気配を探した。心拍数が上がっている。どこか、あの声が届かない場所を探さなければ――




* * *




「――紅葉隊員?」


 脇目も振らずに廊下を走っていた時。辿り着いた通路の奥からやってきたのは聖の姿だった。彼は驚いた様子で足早に紅葉の元へ向かう。


「顔が真っ青じゃないか。一体どうしたんだい」

「直接的な危害じゃないんですが、ちょっとヤバい目に遭って」

「……私と一緒に来なさい」


 事情を察した聖に促され、紅葉は近くの個室へ身を寄せた。廊下で犀臥に声をかけられたことを伝えると、上官はしばらく額を押さえていた。


「会議の時も含め、君を庇えずにすまなかった。このようなことになるのなら、牙雲少佐の話を聞くべきだったな」


 出発の直前、牙雲は紅葉たちの同行を取り下げるように訴えていたらしい。彼は虫の知らせを感じていたのだろうか。


「実は、君たちの同行についてはスマイリーの方から打診されていてね。最初は《組織》が落ち着かないうちは、将校たちを動かせないという意図があるのだと思っていたが。まさか、君を矢面に立たせるために呼びつけたとは」

「けど、スマイリーさんは考えもなしに、オレをあの場に出したわけじゃないと思います。オレにも必要なことだけを伝えるように言ってきたぐらいですし」


 聖はそれに小さく頷いた。


「当然、彼も君のことをあえて危険に晒したいとは思っていないだろう。それでもやり方が性急過ぎる。ただ、輝月がそれを許可したということは、のっぴきならない事情があったのだろう」

「あんまり人に言っちゃダメだって言われてたんスけど……多分、それって楼玄さんに関わることだと思います」


 口にされた人物の名に、上官は自分の耳元をしばらく見つめていた。赤い瞳の奥では過去のいくつもの光景が流れていたのだろう。


「そうか、合点がいった。紅葉隊員、君とここでした話は秘密にする。だが、最大限に気を付けたまえ。壁に耳あり扉に目ありとも――」

「……そうだなァ。あとは“空気に匂いあり”もつけておいた方がイイぜ」


 突然、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開いた。遠慮もなしに中へ入ってきたのはヴァルフォードだ。人目を惹く大柄な体躯を持ちながらも、彼はまったくその気配を悟らせない。


「はあ、こそこそと盗み聞きか。あまり褒められたものではないな」

「テメェに用があって追ってきたら、結果的に聞こえただけだ。とはいえ、内輪の話ならオレ様が聞いても分かる中身じゃなかっただろ」

「この人しっかり聞いてるっス……」

「それで、私に用事とは? 部下を下げた方が良ければそうするが」

「ああ、コイツが例の襲撃で生き残ったってヤツか。近くで見るとえらく抜けた面だなァ」


 琥珀の瞳が自分を品定めしている。つい身をすくめた自分を見て、銀狼は鼻で笑っていた。


「まあ、面白い話は広めた方がいい。オレ様の横にいた、ノーバディの黒ずくめを覚えてるか? ありゃあ間違いなく“トカゲ”だぜ」


 なだらかな弧を描く聖の眉がぴくりと動いた。ヴァルフォードいわく、相手は足がつかないように特殊な香をまとっていたが、隣り合った狼の嗅覚までは誤魔化せなかった。いや、あえてその席次にされたのかもしれない。


「ふむ。その話が事実なら、おちおち山奥へ籠っていられなくなったようだ」

「おっ? だったら土産話の礼に一戦付き合えよ」

「生憎だが、その土産話のせいで構う暇がなくなってしまった」

「んだよ、どいつもコイツもノリが悪りぃなァ……なら、テメェの代わりに中央区画で暴れてる“例の女”でも引っ張って来いよ。オレ様が楽しませてやるぜ。あの鎧を剥がして歯ァ立てたら、どんな顔して啼くだろうなァ?」

「悪いことは言わないから、彼女はやめておいた方がいい。きっとお前の歯が先に折れるぞ」

「ふーん? ホントかどうか、侍らせてみてェもんだ」

「だったら私が口説き終えてからにしてくれ。かれこれ二十年かかっているが、未だに落ちないんだ」

「くくッ、そりゃあますますイイ女だぜ!」


 ――人はそれを『フラれた』というのだが。


 なおも可能性を信じ切った目をした聖の横で、ヴァルフォードがげらげらと貴族らしからぬ下品な笑い声を上げていた。


「……ああ、女と言えば。女王陛下も帰り際にこんな話をしてたな。『自然の法則を捻じ曲げた力を持つ者が、あの室内に三人いた』と。そういうヤツはどんな味がするのか興味がある。一匹ぐらい試してもバチは当たらねェだろ」

「まったく、お前の口の軽さも大概だ」

「ばァか、面白そうな内輪揉めだからわざと拗らせてんだよ。地理上じゃお前らにちょっかいを出しにくいし、骨と鱗ばっかりで“実入り”も悪い。ロクな戦ができねェなら、オレ様は高みの見物をさせてもらうぜ。お前も吹っ飛ばされんのは片腕ぐらいに留めておけよ?」

「ご親切にどうも。忠告痛み入るよ」


 外套の切れ込みから覗かせた立派な毛並みの尾を一振りして、ヴァルフォードはその場を去った。


「人の目がありそうな場所まで送ろうか。それと、君がおしゃべりでないことを祈るよ」

「……ハイ、もちろん澪にも少佐にも黙ってます」

「色々と心配をかけてしまっているが、そこは私が何とかしよう。本部にいる限りはまず安全だろうから、普段通りを保ってくれ」


 聖の重い溜息を聞きながら、紅葉は彼の蒼い背中を追いかけた。

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