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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
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-全軍円卓会議-

 黒い頭巾を取り去った姿に一同が息を吞む。白磁の仮面で覆われているはずの顔が、完全に晒されていた。鶯色の乱れた髪を掻き上げると、彼は周囲を一瞥する。


「――俺は軍事秘密結社『ノーバディ』を統括する『犀臥(サイガ)』だ。よろしく頼む」


 ノーバディの若き長は、周囲の反応に臆することなく席へ着いた。見た目は自分より一回りほど年上だろうか。ただ、歴戦を潜り抜けた長たちにも引けを取らない、落ち着き払った雰囲気を持っていた。


 顔の左半分、縦に大きく走った刀傷は戦にも出ている証拠だろうか。しかし、彼の到着が長たちの興味をさらったのを見る限り、その顔を見かけた者はいないのだろう。


 すると、名乗り終えた青年は、後ろにいたもう一人の黒衣へ視線が注がれていたことに気付いたらしい。


「この者は俺に付き添ってくれた案内役でな。俺一人でも良いと思ったが、足並みを揃えるために同席させてもいいだろうか」

「……議長として同席を許可する」


 辛うじて耳に入るかどうかの囁きに、初めて輝月が言葉を発したのが分かった。会釈をした黒衣が最後の一席を埋める。


 正面を向いた顔は白磁の面に覆われていた。だが、他の兵とは違って模様が描かれている。人のような顔の造形に、獣の牙、そして、竜の鱗を彷彿とさせるまだらな線。背格好は犀臥よりも大きいが、獣人の精鋭兵までではない。目算では聖や自分と同じくらいだろうか。


 全ての役者が揃った。それまで目を閉じていた輝月が、議長席ですっと顔を上げる。


「定刻より2分遅れとなるが――これから《全軍円卓会議》を開始する」


 開会宣言を受け、進行役のスマイリーがその場で立ち上がった。


「冒頭となりますが、まずは集まっていただいた関係者にドラーグドの代表として感謝の意を表します。本日この場で議論したいのは、中央区画近隣における人族の無差別襲撃事件、およびその解決についてです」


 スマイリーは資料を片手に説明を続ける。


「この事件は一か月以上前から各軍で発生が報告されており、現在も特定地域で被害が継続しています。一連の事件では軍事関係者、民間人、そして種族を問わず、あらゆる人族が殺されています。それについて、ドラーグドが独自に調査した結果をこの場で共有したく。


 ――ただし、情報提供については、各種族の軍事機関にも解決の協力を仰ぐためという前提があります。まずは本件の解決について、異論はありませんか?」


 その問いに、アンネリーゼとヴァルフォードが揃って頷く。


「精霊族の長としても、無為に我が子らを殺されるのは望みません」

「オレ様以上に好き勝手しやがる輩がいるのは不愉快だ。羽虫はさっさと潰すに限る」

「俺も構わない。必要があれば協力しよう」


 拍子抜けするほどあっさりとした承諾だった。ノーバディ側の反応を見て、スマイリーはわずかに眉根を寄せる。だが、彼はすぐに元の笑みを刻んだ。


「では、本件の解決に向けた協力に全軍が合意したということで。ボクたちが得た情報を開示し、その上で方法を議論します」


 円卓の上に詳細の書かれた資料が配られた。座した関係者がそこかしこで紙を捲る音が響く。


「この事件は『飆』という名の人間が引き起こしたものです。彼は単独で部隊一つを全滅させる力を有していました。そして、ボクたちは、彼がノーバディに所属していた脱走兵だという情報を得ています」


 円卓の長たちの瞳が再び犀臥に注がれる。しかし、次の瞬間には別の場所に視線が移った。


「どうしてボクたちがこの話を掴めたかというと――その襲撃を受け、生き残った兵がそこにいるからです」


 集中砲火とはこのことだろうか。無視をしようにも刺さる眼差しが痛い。これ以上は後ずされないのを理解しながらも、紅葉は壁に減り込みそうなほど背中を押し付けていた。


 冷や汗と鱗が同時に両頬へ滲んでくる。助けを求めて視線を彷徨わせると、聖が不意に柔らかな表情を曇らせた。


「とんだサプライズだね、スマイリー。彼は部下からの預かり物なのだが」

「ゴメンね、聖サン。説明は後でするよ……紅葉クン、こちらへ。キミに当時の証言を頼みたい」


 助け舟はなかったことにされたらしい。澪が群青の双眸をわずかに見張りながら、自分の背中を肘で小突く。


「いや、予行練習もナシとか、冗談キツいって」


 乾いた笑いを漏らした紅葉は、手招きをする彼の元へとぎこちなく近づいた。


「ええと、オレ、何をどこまで話したら?」

「キミがあの場で見聞きしたこと全てだ。ボクに直接言ってくれた話も含めて、必要なことを伝えてほしい」


 スマイリーから先を促される。本当はあまり思い出したくない、それでいて、決して忘れることのできない当時の記憶。


「まだ整理がついてないことも、たくさんありますけど」


 ぽつりと呟いた一言から、紅葉は調査に赴いたあの日の記憶を吐き出した。


 ――飆を追い立てるノーバディの兵が存在していたこと。突然の襲撃を受けた自分たちもひどく傷ついたこと。飆が復讐のために、惨劇を引き起こしていること。彼が強さと引き換えに全てを奪われていたこと。そして。


「アイツは、ノーバディにいた『誰か』に、強い恨みがあると言っていました」


 言いながら、つい黒環の耳飾りへ触れる。直前でスマイリーと交わした約束を思い出し、紅葉は本能的に楼玄の話題を避けた。


 それにも関わらず、どこからか強い圧を受けている。正面を向き、左を向き、右を向き――


「……ふむ。あの彼が見ず知らずの者へそこまで多くを語るとはな」


 身じろいだ犀臥がぼそりと呟いた。紅葉が答えあぐねていると、付き添いの兵が何かを耳打ちする。小声で交わされた話がひと段落ついたところで、今度はスマイリーが口を開いた。


「生き残った者の証言を聞くに、飆は本来ならノーバディ自身が始末すべき罪人でした。それを捨て置いたままだというのは、どのような理由でしょう」

「その話には語弊がある。少なくとも我々は飆の動きを捕捉しようと追跡していた。彼が捕まらないのは、数人単位の兵では手に余るからさ」

「では、早々にこの召集をかけるべきだったのでは?」

「ただの脱走兵の始末ごときで全軍の争いを止めるなんてできないだろう」


 犀臥は追及を取り合わなかった。ただ、小さな溜息の後にこう付け加える。


「とはいえ、ここ数日で出した兵がことごとく潰されている。おかげで消息が掴みにくくなってしまった」

「つまり、自分たちの不始末が手に負えなくなったから、あなたたちはこの場に現れたということですね」

「勝手に呼びつけたのはそっちだろう? 俺は質問に答えただけだ」


 スマイリーは再び彼を問い詰めようとした。だが、それ以上は不毛だと判断した輝月が手で遮る。彼は糸目をさらに細めていたが、最終的には議長の判断に従った。


「紅葉クン、協力ありがとう。戻っていいよ」


 促された紅葉は壁際まで逃げ帰った。まだ心臓が落ち着かない。今になって手の震えが現れる。


 呼吸を楽にしようとして、紅葉はふと顔を上げた。その時にやっと気付く――あの白磁の面が、確かに自分を見ていた。立ち眩みがして、ふらふらと壁に身体を預ける。横にいた澪がわずかに眉根を寄せた。


 会議は不自然なほどに滞りなく先に進んでいた。今は飆の処遇について、各軍からの意見が交わされている。紅葉はどこか意識の外でその流れを耳にしていた。


「……それでは、各軍の被害に対する報復措置として、犯人を発見次第、討伐する流れで問題ないでしょうか。ドラーグドはこの案を支持します」

「いいんじゃねェか」

「異論ありません」

「我々もそれで構わない。ただ、一つ相談がある」


 スマイリーの問いに頷いた関係者の間で、犀臥がふと声を上げた。


「どこかが彼を生け捕った場合には、我々に身柄を渡してもらいたい。意外にも話好きだったのを初めて知ったからな」


 飆の襲撃はノーバディが引き起こした不始末だ。しかし、実際には別の思惑がある。仮に飆が生きていた場合、彼がどこまで機密を漏らしたのかの尋問が必要だということだろう。


「議長の判断は?」


 輝月はしばらく黙していた。思索を続ける卓上の指先がわずかに動いている。そして。


「ひどいなぁ、輝月サン。ボクがそれ言うの?」


 無言の命令にスマイリーが珍しく苦い表情を見せた。それを横目にした犀臥が暗い色の瞳を細める。


「議長殿はなんと言った?」

「――『人の形を留めておく以上は、保証しない』と」


 刹那の沈黙。返された解に人の子が高らかに嗤う。


「……はははッ! 貴殿らに大変不躾な頼みをしてしまったことを詫びよう。話せる口を残すためには、我らも抜かっていられないな」


 肌で感じ取ったのは、この場に芽生えた一掴みの狂気だった。若き長に対して輝月は釘を刺したのだ。獲物の生殺与奪を握るのは――《闘争》の勝者だけだ、と。


「それでは、本日この場をもって、全軍は飆の討伐を最優先事項にすると共に、本件の解決まで中央区画内の停戦協定を結ぶこととします。合意書に代表者の署名を」


 ペン先で紙を引っ掻く音が響く。程なくして長たちが名を書き連ねたそれをスマイリーが引き取った。最後に輝月が自身の名を記す。


「合意書の締結が完了しました――これにて全軍円卓会議を閉会します。全員、解散!」


 たった一時間、立っていただけなのに。号令がかかった途端、紅葉は壁伝いにへたり込んだ。


「紅葉、まだ仕事がある。片付けだ」


 監視役の相棒は、視線一つもくれないままだった。しばらくして伸ばされた手を掴むと、紅葉は慌ただしく動く蒼い群れの中に向かった。

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