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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
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-長たちの談笑-

「――よォ、森の引きこもり共。最近、テメェらの家が狭くなってきてるって話じゃねぇか?」


 口火を切ったのは、暇を持て余した狼の獣人――『ヴァルフォード』だ。


 一方で《新緑の女帝》――『アンネリーゼ』は、紅茶を啜りながら我関せずといった顔でいる。それに乗じた相手が嘲るような琥珀の視線を向けた。


「女王陛下の城が手狭じゃ惨めだからな、オレ様の屋敷の隅なら貸してやってもいいぜ」

「……それなら礼として敷地の害獣駆除でもしてやろう。狩ったところで、狼の肉など獣臭くて食えたものではないが」


 ヴァルフォードへ皮肉を返したのは、彼女の横にいた近衛兵の男だった。短く整えたロマンスグレーの髪が彼の精悍な顔立ちと、濃い肌によく映えている。だが、深く刻まれた皺のせいもあって、今はひどく厳めしい顔だ。


「おお、怖い怖い。護衛の騎士様は案外血の気が多いもんだ――そういや、そちらの女王陛下は千年もののハイエルフだって噂だろ? せっかく集まったんだ、一口齧ってみるのも面白い。噛み跡から腐って蛆でも湧いてきやがるんじゃないかってなァ!」

「無礼者ッ! 今にその汚い口を塞いでやる!」


 いきり立った近衛兵が腰の鞘から武器を引き抜いた。黒鋼の銃口が円卓を挟んだ銀狼の額へ向けられる。金の眦を決した彼の周囲には、凝縮した魔力の爆ぜる音が響いていた。だが、一連の行動は主に一蹴される。


「武器を下ろしなさい、カイザー。ここでの戦闘行為は禁じられています」

「ちっ。どうせ獣の脳味噌だ、撃ったところでブチ撒けるほどの中身もあるまい」


 悪態をつきながら近衛兵が武器を収める。それと入れ違いにアンネリーゼが席を立った。


「申し訳ございません、《骨喰公》。配下の非礼をお詫びしますので、どうかご容赦を」


 首を垂れた彼女は獣人の扱いをよく分かっていた。挑発に乗れば、ここを出た時に難癖をつけられる。小火のうちに消火するのが一番だろう。


 すると、沈黙を貫いていた白髪の獣人が、アンネリーゼへ同調するように口を開いた。


「ヴァルフォード、お前も無粋過ぎるぞ。貴族なら場を弁えろ」

「ああ? 平民上がりの“仔猫”が偉そうな口を利きやがって。その貴族様の私兵がなけりゃあ、一人前の戦もできねぇくせに」

「お前たちがそうして他種族に喧嘩を売ってきたせいで、貴族が民から全面的な支持を得られなくなったんだ。我が身を振り返った方がいい」

「言ってくれるなァ、ビアンカ。連合軍としての協定がなけりゃ、テメェから剥いだ毛皮をこの場で襟巻きにしてやったところだ」


 “仔猫”と呼ばれた白虎の彼は、腕組みをしたまま冴えた空色の瞳を伏せた。その間柄を見る限り、獣人軍はどうやら一枚岩ではなさそうだ。


 再び静寂が覆った円卓の上で、ヴァルフォードが聞こえよがしに大きな溜息をつく。


「ったく、こんな挨拶代わりの冗談も吐けねェってなら、家で捕虜(どれい)でもいたぶってた方がマシだぜ」

「――退屈そうじゃないか、ヴァルフォード。良ければどこかで私と一戦、いや、一杯交えるのはどうだい?」


 議場へ響いた誘いに、狼の耳がぴくりと反応する。聞き覚えのある穏やかな声音は聖のものだ。紅葉たちの前を通り過ぎると、彼は円卓の一席に着いた。


「久しいなァ、聖。山奥に引っ込んでから随分と老けたんじゃねェか?」

「老兵がいつまでも前で指図するわけにはいかないだろう。余程のことがなければ若い衆に任せているよ。そういうお前の戦好きは、青二才の頃から変わらないようだが」


 それを聞いたヴァルフォードは、牙を覗かせながら狡猾な笑みを彼に向けた。


「オレ様は《子爵》から数年で成り上がって、ずっとこの地位を維持している。そうして手柄を挙げるには敵の首だけじゃ足りねェ――隙がありゃあ無能な上を食い殺してきたし、今は暇がありゃあ面倒な下を間引いてる。生涯現役ってのも骨が折れるもんだ」

「お前に楯突いた者は全て“腹の中”ということか……さて、昔話はこのぐらいにしておこう。そろそろ開催時刻になる」


 懐中時計を確認した聖が、赤い瞳を扉の方へ向ける。だが、彼の横にある議長席と、ノーバディの席はまだ空のままだ。


 すると、定刻まであと数分といったところで入口が騒がしくなる。入ってきたのは二つの蒼い軍服だった。一人はスマイリーで、もう一人は見かけたことのない人物だ。


「あれが『輝月(カガツキ)』大総統か。ちょっと変わった感じの人だな」


 丁寧に整えられた彼の髪は柔らかな月明かりを彷彿とさせる。眼鏡の奥で鎮座するのは、神秘的な光を孕む紫水晶だった。ただ、堂々たる他種族の長たちと比べ、常に俯いた姿勢でいるのは気がかりだ。


 ――その横顔は、たとえるなら“人形”だろうか。無機質な彫刻と思しき面の中で、彼は眉一つすら動かさない。隣にいる同僚も反応は薄い方だが、やってきた輝月はそれに輪をかけて感情の乏しい顔だ。


 現にいながらも、彼の存在は霞がかかったかのように不鮮明だった。今に朧へ溶けてしまいそうな、どこか一抹の儚さを覚える。


 質量を感じさせない佇まいで、彼は無言のまま議長席に腰掛けた。すると、控えていたスマイリーが声をかける。


「輝月サン。今日は議題についての資料をここに用意をしておいたから。あと、ボクは司会だから別で席を置いていて……えっ? いや、そういうわけじゃないけど……ああ、うん。わかった、じゃあそうしようか」


 輝月は座したまま微動だにしていない。おかげで自分にはスマイリーが一方的に話を続けているだけにしか見えなかった。それでも互いの間で合図が交わされたようで、癖毛の彼が椅子を引っ張ってくる。円卓へ席を構えた彼に輝月は瞬きを一つだけ返した。


「残るは人間たちだな。スマイリー、ノーバディ側からの報せは?」

「うーん、今朝の時点でも通達へ反応がなかったんだよねぇ。とはいえ、さすがに人族全体の掟を無視しないとは思うけど」


 もう定刻が迫っている。懐中時計を手にしていた聖が、背もたれへ預けていた身体を起こす。その横でスマイリーが糸目をすっと見開いた。


 視線を追いかけると、黒いローブをまとう人影が会議場へ足を踏み入れている。


「――待たせて申し訳ない。初めて訪れる場所で、到着が遅くなった」


 定刻の鐘がじりりと鳴る中で、黒衣の一人が声を上げた。

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