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蒼い背中  作者: kagedo
EP.5 精鋭選抜試験編
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-集いし者ら-




* * *




 漏れる欠伸を噛み殺しながら、紅葉は澪と共に廊下を歩いていた。


 昨晩の静けさが嘘のように、塔の内部は騒がしさを増している。寝泊まりしていた部屋の前を行き交う軍靴の音が目覚まし代わりになっていたぐらいだ。


 自分と澪は《全軍円卓会議》の議場となる部屋の室内警備を任されている。外周や廊下の警備もある中で、薄々ながら大役を任されたのだとは感じていた。


「たしか会議には全種族のトップが集まってくるんだろ。さすがに緊張しない?」

「おれは普段通りにするだけだ」

「澪ってマジで動じないよな」

「まだ要員の交代は間に合うけど」

「いや、ちゃんとやるし! 粗相もしないってば」


 同僚からチクリと刺されて不貞腐れていた時、背後にふと気配を感じる。現れたのは緑褐色の軍服をまとった一団だ。彼らは《アルーフライガー》に所属する兵だろう。


 部族により異なる風貌を持つ獣人たちは、通常の戦闘時には好きな格好をしている。だが、こうした正式な場では整った面も見せているらしい。


 すると、先頭にいた獣人がけしかけてきた。


「邪魔なトカゲだな! もっと端を歩け」

「なんだよ、十分に空いてるだろ」

「俺たちは《公爵》様の配下だぞ。文句あんのか?」

「先に歩いてたのはオレたちで、」

「紅葉、やめておけ」


 割って入った澪に強く肩を引かれ、紅葉は渋々道を譲った。横を通り過ぎた兵は、比較的体格の良い自分よりも一回りは大きい。鍛え上げられた第六部隊の精鋭たちにも負けない厳つさだ。


 だが、その後ろから軍事施設には似つかわしくない景色が現れる。


「あ〜ん、ヴァルフォード様ぁ! 離れるのが寂しいですぅ」

「ねぇねえ、いつ戻ってくるのぉ?」

「会議なんて行かないで、ワタシたちと一緒にいてぇ」


 露骨な猫撫で声がした方を見ると、複数の美女が道いっぱいに広がって歩いてきた。素肌が透けて見えそうな際どい衣装に、思わず視線が釘付けになる。そして、列の中央には彼女たちを侍らせている獣人がいた。


 ――最初に目を惹いたのは、軍服の上に羽織っている外套だ。引きずるほどに長い裾へふんだんにあしらわれた無数の宝石は、ギラギラと悪目立ちしている。


 そして、派手な紫に染め上げたそれを着こなす相手は、時平と遜色ない筋骨隆々の長身を持っていた。


 その身体の上にあるのは刃を思わせる銀髪と、濃鼠色をした三角の耳だ。暗がりでも煌々と輝く琥珀の双眸と、残忍な笑みを描く口元から覗く鋭い牙は、まさに狡猾な狼を彷彿とさせる。


「はあ、オレ様だってこんな辛気臭せェ場所にいるなら、オマエらに酒でも注いでもらって遊びたいもんだ。けど、貴族の務めだって言われちゃあ仕方ねェ……後で可愛がってやるから待ってろよ」

「はーい、いい子にしてまぁす」


 腕を絡めていた女の一人に、髭を蓄えた大男が鼻先を寄せる。彼女は恍惚とした顔で彼からの口付けをねだっていた。


 視覚から得た情報の処理が追いつく前に、軍服を着た兵と派手好きな大男が会議室の中へ消えていく。見送りに来た美女たちを見つめていると、振り向いた猫耳の一人がウィンクをしてきた。


「なぁに? ジロジロ見て。もしかして遊んでくれるのー?」

「ひょわっ」


 ごろごろと喉を鳴らしながら近づいてきた彼女は、紅葉の頬を滑らかな毛並みの尾ですり、と撫でる。今にもはち切れそうな胸元の留め紐や、くびれた腰の切れ込みからちらりと健康的な質感の肌が覗き、つい息を呑む。


「あたしと一緒にどぉ?」

「はっ、ハイッ、もちろん喜んで! お望みとあらば今すぐ行きま……いってぇ! ちょっ、なにすんだよ!?」

「今は任務中だ」


 見境もなく誘いに乗ろうとすれば、勢いよく耳を引っ張られた。怯んでいる隙に澪が真顔で獣人を牽制する。


「おれたちは会場警備中の者です。互いの不要な接触を避けるため、以後そうした行動は慎むように忠告します」

「もう、あなたお堅いのねぇ――二人して乗ってくれたら、その鱗を爪研ぎにでもしてあげようと思ったんだけど」


 獣の瞳孔が急速に野性の色を宿す。それでも澪はたじろがない。すると、彼女は紅の塗られた長い爪をぺろりと舐め、他の女たちと共にその場を去っていった。


「紅葉。さっきは爪研ぎにされるところだった」

「いやぁ、せっかくだしあんな美女とにゃんにゃんしながらオレの背中をいくらでも爪研ぎにしてもらって、」

「……やっぱり牙雲少佐に報告しておく」

「いや冗談だから! 勘弁してくれよ」

「どうしようかな」

「もう大人しくします! この通り!」

「わかった。今回は見逃す」

「澪くんは優しいなぁ。じゃあ早速会場に入って警備を、」

「あ、精霊族の近衛兵」

「どこどこ? ――ちょっとそこのキレイなお姉さーん! オレが会場までエスコートしましょうか!?」

「……ダメだ、反省してない」




* * *




 澪に羽交い締めにされながら辿り着いた会場内には、既に多くの兵が集まっていた。干渉が起きないよう、各種族の持ち場は室内の四辺に並ぶようにして分けられている。


 壁際にいた紅葉が室内を見渡すと、中央には今回の集いの名を冠する広い円卓が設けられていた。今、席に着いているのは四人だ。


 一人は廊下で見かけた『ヴァルフォード』という大男で、左隣にいるもう一人は白髪の若い獣人だった。さらにその横には白緑(びゃくろく)の長い髪を持つ精霊族の女性が腰掛けている。そして、彼女の隣には、白い軍服から褐色の肌を覗かせる壮年の騎士がいた。


「――《女王》。今回の召集については、いかがお考えでしょうか」

「主催者から話を聞くまでは憶測で物を語れません。ただ、中央区画付近で、我らの兵が悪戯に害されているのは事実です。必要に応じ、しかるべき措置を行うことにしましょう」


 《女王》と呼ばれた彼女こそが、精霊族軍の長だ。女神と見まごう容姿もさることながら、満ちた魔力の輝きを法衣へまとわせた姿は、気高さと威圧を同時に放っている。


 細い指先が華奢な輪郭に沿い、さらさらとした髪にかかった。長い睫毛に映える翠の瞳が見ているのは、戦に隠れた大きな憂いだろうか。


 本物の高貴とはまさに彼女のことを指すに違いない。優雅な所作で法衣を手繰り寄せた様をうっとりした目で眺めていると、澪が小声で呟く。


「あれが『アンネリーゼ・ルルティナ・エトワール』か」

「え、名前長っ! なんて呼べばいいんだよ、“アンネちゃん”とか?」


 冗談めかして言えば、じろりと睨まれる。こんな不躾な話が精霊族の耳に入ったら、銀矢で針山にされかねない。


「彼女の二つ名は《新緑の女帝》だそうだ。同様に、あの獣人たちも名前が試験範囲になっている」

「げ、マジかよ……あっちのデカい獣人は、なんか感じ悪いから覚えてるけど。《公爵》とか呼ばれてたよな?」

「取り巻きがあの男を『ヴァルフォード』だと言っていた。捕らえた捕虜を骨まで食らうことから、彼は《骨喰公》と呼ばれているらしい。食ってきた兵の数は、あの裾を見ればわかる」


 彼に言われて外套の装飾へ目を凝らしたことを、紅葉はひどく後悔した。


 ――床へ広がった裾を彩っていたのは宝石ではない。磨かれた竜の鱗だ。外套の布地は剝がされた人間の背中の皮を染色した物で、施された細かな刺繍は精霊族の髪を撚糸にしている。あれは彼が力を顕示するためのコレクションの一つだろう。


「ちなみに爵位は、彼らの軍における階級のこと。《公爵》は獣人の中で一番の権力者だ」

「じゃあ、その隣の獣人は?」


 口元を覆いながら尋ねた時。不意に円卓の方から張り詰めた空気が漂ってきた。

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